出発準備③
誰の実家
アーサーが私の袖を引く、必死に引く。
わかってるって。
皆、顔面蒼白。
平気そうなのはマリ先輩のみ。
スレイプニルに動じなかったリツさんも、引いている。近づこうとするマリ先輩を気絶寸前のローズさんが、気合いで止めている。
ショウは完全に隠れようと、マリ先輩の後ろで必死だ。
アルフさんもサーシャも顔面蒼白。アーシャも気絶寸前で、サーシャにすがり付き、ミーシャも後ろに隠れている。
「メエメエ~」
あ、ノゾミがあんな近くにっ。
ノゾミは相変わらずかわいい声で鳴いて、戻ってくる。ああ、良かった。良かった。
「あ、みなさん、大丈夫ですからね。松美達は生まれた時から僕が世話をしているから、大丈夫ですからね」
いや、そんな事言っても、あんたねえ。
あの絨毯みたいなグレイキルスパイダーの布の理由が分かったよ。製造元がいましたか、3体も。
あはははは、すごーい。
「とにかく、オーディスに行きましょう。皆さん、魔法陣の上に乗ってください」
ナリミヤ氏が言うので、魔法陣の上に移動。
ショウが嫌がる嫌がる。
私も汗、止まらない。
リツさんを中心に皆で集まる。
スレイプニルもパカパカと移動。グレイキルスパイダーは音もなく着地してナリミヤ氏を囲む。
大丈夫? 次の瞬間、ナリミヤ氏がぐるぐる巻きじゃないよね。
私はそっと片手でアルフさんのマントを握った。だって怖いし。もう片方はマリ先輩、ふらっとグレイキルスパイダーの方に行かないように。だって怖いし。
「じゃあ、行きますね」
ナリミヤ氏は膝をつき、魔法陣に魔力を流した。
ふわっと、景色が変わる。
以前、ワープを経験したが、あの感じはない。
豪邸の地下よりちょっと小さいが、石造りの地下室だ。
「さあ、皆さん、どうぞ」
ナリミヤ氏の誘導で移動する。先にグレイキルスパイダーは地上に。スレイプニルに歩ける廊下を抜けて、地上へ。
「うわあ、きれい」
マリ先輩が弾んだ声をあげる。
地上は、色とりどりの花が咲き乱れ、柔らかい花の香りがする。
「本当ね、とてもきれい」
リツさんも辺りを見渡し声をあげる。
「ここで、花や薬草やハーブを育ててるんだ。養蜂もしてるし、ポーションや香水なんかも作っているんだ」
へえ、夢のような景色だけど、あの3体のグレイキルスパイダーがいるから、あの世の入り口みたいな感じだよ。
「まあ、くれるの? ありがとう」
マリ先輩がしゃがむ。何々?
マリ先輩の足元に、50センチくらいの蜘蛛の魔物が、小さな花を差し出している。嬉そうに受けとるマリ先輩。あれ? 猛毒持ってないよね? あら? チョロチョロ見えるんですけど、蜘蛛が。
「あの子達は松美達の子供だよ。ここの管理を任せているんだ」
へえ、グレイキルスパイダーの子供。
いっぱい、いっぱいいる。
私はアルフさんのマントを握り締める。
「ルナ、ここは、ナリミヤ殿に従おう」
「はい」
花畑を抜けて、スレイプニルの馬車を、ナリミヤ氏が自身のアイテムボックスから出し繋げる。
今日はまずナリミヤ氏の知り合いに挨拶してから、フィーラ・クライエの近くまで移動だ。
「皆さん、乗ってください」
嫌がるショウを乗せる。
「1時間位で着きますから」
「はい」
グレイキルスパイダー達は、糸を出しながら木々の間を飛びならが移動している。爆走する馬車に着いてきているから、すごいスピードなんだよね。
木々が恐ろしいスピードで過ぎていく。マリ先輩とミーシャが窓に張り付く。
本当に1時間で到着。
小綺麗な屋敷だ。
「ちょっと、挨拶だけしてくるから、待ってて」
ナリミヤ氏がヘルメットを取り、馭者台から降りる。グレイキルスパイダーは、木々の間に隠れてる。あんな巨体なのに、分からなくなる。擬態かな?
「ねえ、なんか、ケンカしてるよ」
ミーシャが屋敷に向かって指差す。
「ケンカ? サーシャ君もアーシャちゃんも聞こえる?」
リツさんが聞くと、二人は顔を見合わせる。
「聞こえます。なんか、あいつのせいだって。あいつのせいで、お姉ちゃん、殺されたって」
穏やかなケンカじゃない。
私達は馬車を降りる。ちょうど、ナリミヤ氏が屋敷のドアをノックする。
何度かのノックで、ドアが開く。いや、勢いよく開け放たれる。
そこから飛び出して来たのは、金髪に翠の目。若い少年だ。顔が小さく、華奢な手足、輝くような美しさ。色は違うが、面差しが似ている、あの赤髪エルフに。典型的なエルフだ。
その顔は悔しさや悲しさや、憤りの表情を浮かべている。
「あ、リーフ君」
「ナリミヤさん、あんたのせいだ。あんたのせいだっ」
リーフと呼ばれた少年が叫ぶ。
「あれだけ、あれだけ、慰霊碑に行ってくれって頼んだのにッ、一回だけでも良かったのにッ、あいつのせいだ、あの女のせいだ、あの女の無神経さだッ、オルティナお姉ちゃんは、あいつのせいで殺されたんだッ」
あまりの剣幕に、ナリミヤ氏が後ろにたじろぐ。
「お姉ちゃんは、あの女の無神経さが、殺したんだッ」
「リーフ止めなさいッ」
「ナリミヤ様、お気になさらないでください」
屋敷から出てきたのは中年手前の夫婦。
「リーフ、謝罪しなさいッ」
「そうよ、ナリミヤ氏は悪くないわ」
「いいや、この人がもっとしっかりしてさえくれば、こんな事にはならなかったんだよっ、どうして分からないんだよッ、あの女のせいだ、僕が、こんな目にあってるのもそうだッ。オルティナお姉ちゃんがどれだけ苦労したと思っているだよッ」
「リーフッ、いい加減にしなさい。御姉様だろうッ」
「あんなの、もうお姉ちゃんじゃないッ、冒険者ギルドカードを停止されてるような事したんだ。立派な犯罪者だよッ、あんた達も、いい加減目を覚ませよッ、いつまでも帰って来ないあいつの称号に寄生虫みたいに、みっともないッ」
ばちんッ
中年男性の平手打ちも飛ぶ、だが、少年も負けてない。
ばちんッ
「いい加減、加護に頼るなッ、情けないッ」
中年男性に平手打ちを返し、少年は金髪を翻し庭の方に走り去って行く。
本当になんだなんだ。
加護、赤髪エルフと面差しが似ているエルフの少年、ああ、ここは赤髪エルフの実家か。オルティナとは、赤髪エルフの姉妹なんだろうが、そのオルティナさんが亡くなった。いや、殺された、と少年は叫んでいた。
穏やかじゃない。
「一体、何が?」
呆気に取られたようなナリミヤが、中年夫婦に訪ねる。
「オルティナさんに何かあったんですか? 確か、無事に男の子を出産したって聞きました。違うんですか?」
「ナリミヤさんには、その、お気になさることではないですよ」
中年夫婦が必死に誤魔化そうとする。
リツさんが息をつく。
「ナリミヤ先輩、私、ちょっと離れます」
「あ、うん」
離れようとするリツさんに、中年女性が掴みかかる。当然、私が立ちはだかる。アーサーとアルフさんもだ、ショウも翼を広げて威嚇している。
「あなたねッ? あなたがあなたが現れなければ、レイチェルだって苦しめまずにすんだのよッ、疫病神ッ」
よし、殴ろう。
私は拳を握る。その拳をアルフさんが手を包む込む。
「見苦しいですぞ、ご婦人」
大の大人の男ですら気絶させるアルフさんの威圧に、さすがの中年女性も怯む。
「行きましょう、みんな」
「はい、リツさん」
リーダーリツさんの指示で、私達は移動した。
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