出発準備①
「ルナちゃん、お鍋お願いね」
「はい」
私はリツさんの代わりにコンロの前に立つ。
4つあるコンロはフル回転だ。
2つは米、1つはケチャップ、1つはコンソメスープだ。私は焦がさないように、灰汁を取る。
只今、リツ邸の台所は朝から晩までフル回転している。
リツさんがナリミヤ氏と連絡を取り、一緒にダンジョンアタックをすることになった。
フィーラ・クライエはエルフの国オーディスにある。聞いた話によると、Eランクのパーティーは入れない。エルフは縄張り意識が高く、自国にあるダンジョンに入るには最低限のランクが必要。これでも以前より、かなり譲渡していると。つい100年前までは、よその国の冒険者は入国すら出来なかったから。なんでも今の国王になってかららしい。エルフだけで、国を維持するのは限界があるし、有事の際に備えておきたいと。エルフは優秀な魔法使いや、魔法剣士がいるが、どうしてもパワー職が圧倒的に少ない。その点を補うためにまず国交を開いたのはマダルバカラ。当初はいろいろあったらしいが、今では友好国で、マダルバカラからは金属製品、オーディスからは質のいいポーションや香辛料等が取り引きされ、騎士団の一時交換なんかもされている。
で、そのオーディスのダンジョン。
私達のランクではまず無理。少なくともCランクパーティーから、入る資格がある。無理だ。Cランクに指定されているにも、ダンジョンとしては難易度が高いらしい。ナリミヤ氏も生命の雫は潜った経験があるが、フィーラ・クライエはないと。
どうするかと言うと、ナリミヤ氏の大陸最高ランク、SSランクの称号を振りかざせばオッケーとな。私達はナリミヤ氏の補助パーティーとして同行することに。
移動手段と戦闘は任せて、と、ナリミヤ氏。
いいのかな?
ナリミヤ氏曰く、たとえコーヒーやカカオを見つけても、処理をするにはリツさんの知識を借りなくてはならないし、SSランクとはいえさすがに1人で潜るのは、体裁悪いと。それに情報元のアーサーのおばあさんの手帳は、こちらにある。
多分、戦闘、出番ないよね。
マリベールの様子からして、ずいぶんコーヒーに執着していたしね。
まあ、こちらとしてもありがたい。特に戦闘面は。
リツさんはナリミヤ氏に食事はこちらにお任せくださいって言うと、携帯電話からも『いいのかい、サイトウ君』って弾んだ声が聞こえた。
移動、ダンジョンに潜る期間は20日を予定され、私達はせっせと料理だ。
20日でどうやって移動するのかなって野暮な事を考えた。いましたね、爆走するスレイプニルが。多分、1週間とかからずオーディスに着くよね。
私はせっせと灰汁を取る。
リツさんの指示で、業務用オーブンもフル回転。マリ先輩とローズさんはパンやオーブン料理にフル回転。アーサーも発酵でフル回転。サーシャは魚を捌いてフル回転。アーシャとミーシャ、ホリィさんは野菜の下拵えにフル回転。アルフさんは工房で鍋やバットをフル回転で作っている。
………指名料がいる鍛治師が鍋作っている。
私はせっせと灰汁を取る。
ナリミヤ氏と合流するのは、10日後だ。
長期間家を開けるため、リツさんはホリィ一家のために作りおき料理も作っている。アーサーは畑が心配な様子で、ホリィさんにいろいろ頼んでいる。リツさんの為の家庭菜園だ。さまざまなトマトやズッキーニ、サヤエンドウ、パプリカ、茄子、とうもろこし等、さまざまな野菜達が成長している。アーサーが丹精込めて世話しているからね。トレントの堆肥も使って世話しているのが、もうしばらくしたら収穫だ。時々、アンナ達ちびっこもお手伝いしている。家庭菜園の一角は、ちびっこ達が、管理をしていて、アーサーは助言だけしているとな。
出来たらどうするのかな? と聞いたら、一番大きいのは、リツ様に上げるの、とな。かわいい。リツさん聞いてましたよ、影で。ぷるぷる涙を流してた。その日はちびっこ人気ナンバー2メニュー、ハンバーグになりました。ナンバー1はカレーですがな。
次々に出来上がる料理を、アルフさんが作った鍋やバットに移し、リツさんのアイテムボックスへ。
私はコンソメスープ、ケチャップをリツさんにチェックしてもらい、次に取りかかる。昨日から仕込んでいた、四本腕の熊のワイン煮込みだ。火加減を調整し、私はワイン煮込みを見ながら、カボチャのスープ作りに取りかかる。この次は、とうもろこしのスープだ。
さあ、頑張るぞ。
「だいぶ出来たわね」
リツさんがそう言ったのは、1週間後だった。
料理のリストを見ながら頷いている。
まだ、作るの?
「明日と明後日は孤児院の炊き出しだから、今日は炊き出しの準備ね」
炊き出し準備を始める前に、冒険者ギルドからお呼びがかかる。
メーデンの件だ。
アルフさんは鍛治師ギルドのために欠席。
シェラさんが、フレナさん『紅の波』と応接間に待機している。定住しているCランクパーティーが戻って来たため、昨日帰って来たと。
「揃ったね。まず、報酬は」
トロール 200000
コボルト 5体で3000。
アーチャー 1000
アサシン 2500
ソルジャー 3000
リーダー 4500
キャプテン 7500
「数はコボルトが358体、アーチャーが33体、ソルジャーが35体、アサシンが19体、リーダーが11体、キャプテンが3体。取り分は?」
「私達はトロールとキャプテンの報酬は辞退します。残りのコボルトの2割いたたければ」
その様に、リツさんとフレナさんとで決まった。リツさんはもう少し渡すつもりだったが、フレナさんが断固拒否。
「そうかい。分かったわ。メーデンの街からも報酬出てるからね。各パーティーに10万だよ。コボルトの取り分は『紅の波』は376000、『ラピスラズリ・リリィ』は1598500だよ。窓口で受け取っておくれ。さて、後はランクだね。ララ、Eランクだよ。ルミナス、アーサー、ローズはもう少しだからね、もう少しでアップだから、頑張ってちょうだい。本当はルミナスをアップしたいんだけど、本当に後少しだからね。サリナも頑張ってちょうだい、あんたももう少しだからね」
別にDでいいんですが。
報酬をリツさんが受け取っている最中に、エレがランクを聞いてきた。
「ねえルナちゃん成人したばかりよね? ランクいくつなの?」
「私ですか? Dですよ」
噴き出すエレ。
「わ、私とランク同じなの?」
「はい、運良く」
「運ってねぇ」
ちなみに『紅の波』はリーダーのフレナさんがBランク、キャリーがCランク、サリナ、エレがDランクとな。サリナあたりがランク上がればパーティーランクも上がりそうだけど。うん、でも、バランス悪くなさそう。
「うちはちょっとレベルのバランス悪くて」
「どうせアルフが飛び抜けて高いんでしょ?」
「はい」
「エレ、行くよ」
私と話し込んでいたエレに、フレナさんが声をかける。
「じゃあねルナちゃん」
「はい」
最後にアーサーがフレナさんにお礼を言ってる。自分の生まれた街だからね。
「さ、みんな、帰りましょう」
リツさんの号令で、私達は屋敷に戻った。