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出会い②

 春風亭。4人部屋、朝夕付きで5000Gなり。うん、良心的だ。綺麗に掃除してあるし、別料金になるが宿専用の井戸もある。久しぶりに体が拭ける。

 早速ベッドにダイブしているマリ先輩。本当にこの人伯爵令嬢なんだろうか? めっちゃはしゃいでいるけど。私はマリ先輩の向かい合うベッドに荷物を置き、腰に下げていた剣をベルトごと外す。

「ねえローズ。ローズは隣のベッドね」

「はい、お嬢様。まずケープを脱ぎましょう」

 おや? さっきまでマリ様だったのに。疑問の視線を感じたのか、ローズさんが説明してくれた。今回の旅の間は人前ではお嬢様とは呼ばないようにしようとマリ先輩に言われ、考えた結果同意したと。

 でもまあよく動く。ケープを脱がしてハンガーにかけブラシをかける。私の外套までブラシをかけようとしたので丁重にお断りした。ローズさんはマリ先輩のメイドだしね。自分のことは自分でしないとね。ローズさんはてきぱきと動いて、まさに優秀なメイドさんだ。それ以外にも鞄から櫛やタオル、可愛いピンクのパジャマ、ティーセットを取り出す。

「どっから出しましたそれ」

 部屋備え付けのテーブルに並ぶのは、白磁のティーセット。陶器だよ陶器。馬車で移動したら割れるよ。パリンと割れるよ。てか、物理的にそんな鞄に入らないよね。

 一つの可能性を口に出す。

「あ、その鞄、マジックバック?」

「はい、そうです」

 ティーセットを取り出した茶色の鞄。小さな子供のリュック位の大きさだ。マジックバックは所謂魔道具だ。たくさん物が入る。基本的には生き物は入らない。冒険者や商人、遠征する騎士隊には一つは欲しいアイテムだ。入る量と、物によっては時間遅延や停止があるがそんな効果があれば価格は跳ね上がる。多分マリ先輩のご両親が持たせたんだろう。流石お金持ち。

「時間停止?」

「そうだよ。よく気がついたね」

 ベッドからマリ先輩が起き上がって驚いたように声を上げる。いや、なんとなく聞いただけなんだけどね。時間停止かあ、あのマジックバック、容量は分からないけど多分最低200万Gはするなあ。うん、流石お金持ち。

「誰にもバレないようにしないとな。私誰にも言わないから」

 盗られたら大変だしね。

「よろしくお願いします。もし何か言われましたら、私にはスキルでアイテムボックスあるので、そちらでお応えしていただければ」

「ローズさん、アイテムボックスあるの?」

「はい、容量はこのマジックバック程でもありませんが」

 てきぱきお茶の準備をしながらローズさんは答える。アイテムボックスとな、レアスキルだね。ニ千人に一人か二人位しか持っていない。女神様から授かる生まれつきのスキルで、魔法と違って成長はしない。ずっと同じ容量のままだ。

「ローズさんも気をつけないとね」

 優秀なメイドで美人で、レアスキル持ち。マリ先輩もそうだが、彼女も誘拐の恐れがある。私がしっかり守らないと。

「ありがとうございますルナ様。あと私はメイドでございます。呼び捨てにしてください」

 密か決意中にそう言われ、答えに詰まる。

 呼び捨て、うーん無理かな。現在の年齢より年上だし、今の私は貧乏貴族だったが家を出た時点で平民だ。しかも身分証もない。

「うーん、これ癖になってるから気にしないで」

「しかし」

「これは私のワガママってことで、ね」

 ローズさんは少し考えるように沈黙すると、畏まりましたと答えてくれた。

「夕食までまだお時間ありますので、お茶の準備ができました」

 カップに香りの紅茶を注ぎ、茶菓子の載った皿も並ぶ。流石お金持ち(三回目)マジックバックに入って入るのもお上品だな。

 勧められまま、椅子に座る。対面にはマリ先輩が素早い動きで着席した。ローズさんにも着席するようにマリ先輩が促すが、ローズさんは首を振って拒否。

「約束したじゃない。旅の間は一緒に食べようって」

 そう言われローズさんもマリ先輩の隣におずおず着席する。普通はメイドが主人と同じテーブルを囲むことはあり得ないのだが。よほどマリ先輩はローズさんに心を許しているのか、これが地なのか。多分後者だな、マリ先輩の場合。気さくと言うかなんと言うか、本当に伯爵令嬢かねこの人。

「あ、ルナちゃん。このパウンドケーキ私が焼いたのよ」

「本当に伯爵令嬢なんですか?」

 本日三回目。口に出てしまった。ローズさんは諦めているような顔をしている。普通貴族の令嬢が料理はしない。特にマリ先輩のような高位貴族でお金持ちは。料理する前に覚えることや身に付けなくてはいけないものが多いため、作る暇がないはずだ。ないはず、なのだが。

「あははよく言われる」

 あっけらかんに笑うマリ先輩。まあ、笑顔が可愛いから、これ以上は言うまい。

 ん。待てよ。

「まさか、学園で頂いたクッキーって、あれも?」

 何度かマリ先輩が持ってきた、美味しいクッキー。一度弟と妹の分までもらった。二人に渡すと、あっという間になくなった。本当に美味しかった。お礼の手紙を二人が書いたのでマリ先輩に渡すと、手紙を抱き締めて喜んでいた。可愛いかったな、マリ先輩。

「まあ、いっか。マリ先輩の手作りなんて、ここにジェイムズ様が居ないのが幸いですね。いただきます」

 マリ先輩大好きなジェイムズ様なら食べずに飾りそうだ。絶対に他の人が口に入れようものなら、どうなることか。うん止めよう。ややオレンジ色のパウンドケーキに添えられたフォークを入れる。あ、柔らかい。まず一口。

「ん~美味しい。オレンジの香りがする。すごく美味しい」

 お世話抜きに美味しい。そして甘い。優しい甘さがオレンジの香りと共に口の中に広がる。こういった砂糖を使った茶菓子は高級な嗜好品。前世ではほとんど口にしたことはなかったが、今でも砂糖が手に入りやすくなってはいるが高級品には代わりない。きっと専門店(買ったことはない)より美味しいかも。紅茶も一口。ああ、香りがいい、渋さもない、パウンドケーキに合う。

「パウンドケーキも紅茶も美味しい。こんなに美味しいの初めて、エリックとジェシカにも食べさせた、い」

 美味しいから思わず出た自分の言葉、自分で詰まる。家に残した可愛い、今の自分の弟と妹。いかん、いかん、私はワガママで家出したのだ。もう会えないと覚悟していたのに。いかん、二人の笑顔を思い出してしまう。

「今度一緒に作りましょう。大丈夫、分量と焼き時間を間違えなければ簡単よ。沢山作って、今度持って帰りましょう。マジックバックあるから傷まないから大丈夫よ」

 私の表情を見てマリ先輩は明るく声をかける。気を使わせてしまったようだ。こんなに美味しいパウンドケーキと紅茶を頂いているのに。

「ありがとうございますマリ先輩。今度教えてくださいね」

「ええ、もちろん」

 私が笑顔を見せるとマリ先輩もほっとした表情になる。

「ねえねえ、明日からどうする? 私達三人でパーティ組むんでしょう?」

「ああ、そうですね。まず冒険者のギルドに登録からですが」

 その私の言葉にマリ先輩は「キター」と両手を天に突き上げた。本当にこの人伯爵、いや今日もう止めよう。隣のローズさんが無表情にテーブルを軽く叩いて、マリ先輩に着席を促す。なんだろう、ローズさんがマリ先輩を従えているように見えるのは気のせいか?

「冒険者登録は大丈夫ですか?」

「全然オッケー」

 ウキウキワクワク、そんな表情でマリ先輩は何度頷いた。隣のローズさんも頷く。

「お二人は問題ないでしょう。ただ大きな問題があります」

「え? 何かあるの?」

「私が未成年だからです」


 各国共通なのは流通硬貨の単位と成人年齢。私は実はまだ14才、成人は15なのだ。成人しなければ基本的にはどこのギルドでも登録できない。それぞれのギルドでは条件を満たした後見人がいれば出来ないことはないが、生憎そんな知り合いはいない。

「え、ルナちゃんまだ未成年なの?」

「そうです」

「じゃあここまでどうやって来たの? 徒歩じゃないでしょう」

「まあ、色々と」

 そう馬車には未成年は一人では乗れない。親が馬車のチケットを買えば乗れるが。私の場合は、下心満載で近づいてきた輩を、ちょっとねじ伏せて、いえいえ丁寧にお願いしてチケットを代理購入した。ちゃんと代金を支払おうとすると、何故か「ごめんなさい、もうしません」とお金を受け取らず、去っていくのだ。いい人だ。お金も浮いたし。

「お嬢様、今は今後のことを」

 私の真っ黒な笑みに何か勘づいたローズさんが、話を戻す。

「ああ、そうね。どうしようか?」

 うーん、と腕組みするかマリ先輩。

「まず、マリ先輩とローズさんだけで登録してはどうです? パーティは確か三人以上で一人は最低Fランクだったはずだから、私が成人した時にどちらかがFランクになっていたらすぐにパーティ組めますよ」

「ルナちゃん頭いい、そうしましょう。ローズは大丈夫?」

「はい、お嬢様。問題ありませんが、はじめは薬草採取などからなのですぐにランクは上がらないかと」

 少なくとも一つランクを上げるにはある程度の依頼をこなさなくてはいけない。一番下のランクはHで最高はSSS。ランクで受けられる依頼も異なる。当然下位ランクは常時依頼の薬草採取や町の雑用。ある程度の数を定期的にこなしてギルドの認定してもらってランクアップ。平均的にHからGに上がるには約3か月から4か月。真面目に依頼をこなせばだが。

「ちなみにルナちゃん。誕生日はいつ?」

「バートル」

「まだ先だね」

 ちなみに一年は十ヶ月、それぞれその月に守護天使がいる。私が生まれたのは一年が始まって二番目の月。季節は冬。今は4番目ハーベの月で春が落ち着いて腰かけると言われる。後数日でリリィになる。

「うーん、よしまずランクよりも冒険者に慣れないとね。とにかく明日ギルドに行ってみましょう。依頼内容確認して、それから頑張ってランクを上げないとね」

「はい、お嬢様」

「ギルドってどこにあるかしら?」

「場所は確認済みです」

 流石優秀ですメイドさん。必要な情報は把握済みでした。

「じゃあ明日冒険者ギルドだね」

 嬉しそうなマリ先輩。よほど楽しみにしていたんだなあ。

 それからいろいろ話をして、宿の食堂で夕食を摂った。ライ麦のパンと野菜と兎肉の入ったスープ。うん、ハーブが入っていて肉の臭みを消していて美味しい。何より安心したのは酒場の様に騒ぎがないことだった。良かった、マリ先輩は可愛いし、ローズさんは美人だから酔っ払いに絡まれることもない。穏やかに夕食を終えた後、マリ先輩がお風呂(湯を張った大桶)に入っているときに、気になっていたことをローズさんにこっそり聞いてみた。ジェイムズ様のことだ。てっきり婚約してるものと思っていたけど、婚約者候補でしかなかったと聞いて驚いたのは今日の昼。

「もともとお嬢様は候補でも、他の候補者のご令嬢に比べたら弱い立場でした。筆頭は大公次子でご長女様がいらしたのですが、クレイハート家の急成長と財力が押し上げたのです」

 ああ魔道具関係ね。すごいらしい。しかも砂糖産業に最近成功し、更なる財源を得てうっはうっはだと。さっきごちそうになったパウンドケーキにも、クレイハートが手掛けた砂糖を使っていたと。うん、美味しかったもん。

「クレイハート家の財力もそうですが、何より当人であるジェイムズ様がお嬢様にご執着されてました。お嬢様自身はジェイムズのことはお嫌いではないようでしたが、何か不安があるのか事あるごとに、婚約者候補から外れたいと旦那様にお願いしていました。ジェイムズ様と一緒になったらクレイハートは没落するなんて仰って、もともとこの婚約者候補から外れる事は奥様も同意されたのですが、ここからが問題でして」

 一息つくローズさん。

「やはり財力が、クレイハート家が財力を惜しむ宰相様とジェイムズ様が首を縦に振らなかったのです。その頃から大公様からの圧力がかかったり、どうしようもない状況でした。大公様のご令嬢はジェイムズ様に入れ込んでいましたから。そんなある日お嬢様がこんなことを「じゃあ私がいなくなればいいね」と、旦那様も奥様もそれは驚かれてましたが。よくよくお嬢様の話を聞くと、病気療養してるとでも言って別荘に籠る振りをすればいいと。その間に世界を見て回りたいと」

 うん、多分マリ先輩の性格ならじっと籠るのは無理そうだ。まあ、親としては反対するな、可愛い娘を魔物やそれ以上に恐ろしい悪意が溢れる世界に出すのは。

「旦那様も奥様も別荘に籠るのは賛成しても、世界を回るのには大反対でした。しかしお嬢様は熱心に説得して漸く納得されました。ただし条件をつけて。戦闘スキルとアイテムボックスを持つ私をつける事と、一年以内に一度戻ることです」

「その一年以内に婚約者候補から外れる事ができる?」

「ええ、詳しくはお聞きしてませんが。そして最後にもう一つの条件が、ルナ様です」

 え? 私?

「ルナ様についてもらうそれが最大の条件でした」

 え? 何で私? マリ先輩のご両親とはお会いしたことないし、うちの両親も接点ないはず。だってうちは貴族の爵位はあるが、平民に毛が生えた程度だし。何故?

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