アーサーの里帰り⑥
「本当に奴隷になってやがる、だっせえ」
夜警は問題なく終了し、朝を迎えてしばらくすると、街の少年達がアーサーを見に来て嗤う。
こいつら馬鹿か? 今の街の状況分かっていないのか?
多分、話にあったアーサーをいじめていた、兄の悪ガキ仲間だろう。アーサーは無表情にちらっと見て、無視する。
「アーサーのくせに生意気だぞっ」
悪ガキ一人が掴みかかるが、捕まるわけない。
ひょい、とよける。
無様に顔から倒れる悪ガキ。
見てないよ、ちょっと、足をひっかけたなんて。
騒ぎ立てる悪ガキ達。うん、うるさい。今の状況分かっていない。
「アーサー、どうした? 知り合いか?」
アルフさんの登場で、黙る悪ガキ達。フル装備のアルフさんは迫力満点ですからね。
「いいえ、他人です」
「そうか。うちのアーサーに何か用か?」
ちょっと大人げない笑みを浮かべたアルフさんに、悪ガキ達は引く。
「あら、何をしているのかしら? こんな非常事態に」
そこに篭を持ったティファラさんがやって来て、悪ガキ達の顔色が一気に悪くなる。
「あの、アーサーが奴隷になってるって……」
「今の状況を分かっているのかしら? 親に言われなかった? 無闇に家を出るなと」
「そ、それは……」
しどろもどろになる悪ガキ達。黙って出てきたな。
無表情のアーサーに、ミーシャが聞いている。
「何が起きてるの?」
「脱落者にティファラおばさんが説教してるんだよ」
アーサーの一言に、悪ガキ一人が再び掴みかかる。捕まるわけない。アーサーは無表情に悪ガキの手首を掴む。
「奴隷のくせにっ」
「ティファラおばさん、ひねっていいですか?」
「ええ、いいわよ」
ギリギリ、とひねあげるアーサー。
「いでででででっ」
ギリギリ。
「いでででででっ、折れる、腕が折れるっ」
「それくらいでいいでしょ、アーサー」
「はい」
解放された悪ガキが凄まじい顔でアーサーを見上げるが、ティファラさんが襟首を掴みたたせる。
「よく考えなさい。今の街の状況を。おとなしく帰らなければ、分かっているわね? 誰も助けないわよ」
その言葉に詰まる悪ガキ。
しぶしぶ帰る途中で、親が血相を変えて探しに来て、ひっぱたかれている。まあ、当然だね。
「さあ、皆さん、朝ごはんを持ってきました。お腹の足しにしてください」
上品に笑うティファラさん。
篭の中にはバケットとジャムが入っていた。アーサーが受けとる。
「じゃあ、私は戻るわね、アーサー、気を付けるのよ」
「ありがとうございます、おばさん」
ティファラさんと入れ違いに、リツさんが白熊町長と戻って来る。
「今、伝書鳩が戻って来たわ。フレナさん達『紅の波』が応援に来てくれるって」
フレナさん達か、最近見てなかった。
白熊町長さんは、アルフさんのフル装備に噴き出しているが、とりあえず息を吸って落ち着こうとしている。
とにかく、昼過ぎまで様子を見ることになった。昼過ぎまでトロールが来なければ探して討伐だ。こちらには、目撃された場所も分かっているし、敵索スキルの高いショウに、斥候のサーシャもいる。アーサーの闇魔法もある。
重症だった冒険者も、ミッツさんの治療で落ち着いているらしい。マリ先輩が治療に行こうとしたが、止めた。いろいろお金が発生するからね。ミドルヒールとなるとそこそこかかる。マルコフさんの場合は私達が補助パーティーとして付いていたから問題はなかった。確認したら、安定したのでと言われたらしい。
ティファラさんのパンと、リツさん特製腸詰め入りポトフで朝食を取り、いろいろ動く。その際にアーサーの言っていた脱落者の意味を、ミーシャが聞いている。あの悪ガキ達は、アーサーの兄と共に騎士学校を受験、授業の厳しさに根を上げて脱落。本当に脱落者だ。
「こんなものか?」
「そうですね」
アルフさんが見渡す。
畑の回りにアースランスを柵のようにして発動し、簡易の囲いを作った。もし、トロールやコボルトに踏み荒らされたら、やっと整えた畑がダメになるからね。土魔法スキルの高いアルフさん、アーサー、マリ先輩で分担して作業。ついでに土製の櫓まで作っている。柵は後で壊せばいいしね。
革の鎧を着た白熊町長さんは、もう何も言わない。
ある程度の作業を終えて、一休憩していると、ショウが高い声で鳴く。
街の櫓には、何人か登り、無責任な観客が塀の上から覗いている。白熊町長さんが怒鳴るが、お構い無し。どうやら賭けをしているようだ。腹立つ。誰がトロールを倒すかで盛り上がっている。
「さあ、来るぞ。町長殿は後衛を頼みます」
「分かった」
ロングソードを持ち、下がる白熊町長さん。
土の櫓にはサーシャが登っている。急拵えの櫓だ、崩れたらまともに着地できるのはサーシャだけだ。
「背の高い男が一番人気だよっ」
元締めらしき女が叫ぶ。
「二番はグリフォン、三番は獣人、大穴は剣士の女の子だよっ」
おい、アーサーは? アーサーがおばあさんの愛した街だから、守りたいからと言って、私達はここに立っているんだよ。
ちょっと、キレそう。
「ならば、私はアーサー君に賭けます」
騒ぐバカ住人に、リツさんの声が響く。
静まり返る中で、リツさんは続ける。
「アーサー君に、先頭のトロールを倒すに、1000万」
桁ッ、桁が違うよ、おかしいよリツさんッ。
騒然となるバカ住人達。
当のアーサーは、驚いた顔をしている。
「ルナ」
「はい」
アルフさんが、私に向かって笑う。珍しく黒い笑顔。
分かっていますよ、と、『ねえ様きらい、いや』スマイルで答える。
白熊町長さんが、リツさんに何か話しているが、リツさんは笑顔で首を振る。
「負けるわけありません。アーサー君は、アルフさんとルナちゃんが鍛え上げた、私達のホープですからね」
その言葉に、アーサーの顔が引き締まる。
「はい、リツ様」
アーサーは薙刀を握り締める。私も二代目を抜刀。アルフさんは十文字槍と盾を構える。白熊町長さんは、仕込みから出てきた武器に、再び噴き出しているが、落ち着こうと深呼吸している。
「来ましたッ」
櫓の上でサーシャが叫ぶ。
【風魔法 身体強化 発動】
【風魔法 武器強化 発動】
【火魔法 武器強化 発動】
アーサーの支援魔法もバッチリ。
地面を揺らしながら、視線の先の森から出てきたのは、トロールだ。アルフさんの約二倍の背丈、見上げるようにデカイ。小さい目を細めて、口らか涎を垂らして、木々を薙ぎ倒し、構える私達をぼうっと見る。
その後ろから、獣の吠える声。コボルトだ。
トロールは嫌がるように首を振って、こちらに向かって来る。地面を揺らしながら。
私は二代目を握る手に力が入る。
デカイトロールの後ろから出てきたのは、コボルトではなかった。
少しサイズが小さいな、みな、アルフさんよりデカイ、トロールが五体続くように私達に向かって来た。
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