アーサーの里帰り⑤
「ピィピィ」
「メエ~」
ショウとノゾミが鳴く。
分かってるよ、お腹へったんだよね。
カラサさん特製のハーブパンに、リツさんとマリ先輩特製ブラックオークのローストや色とりどりの野菜を使ったサラダに、シーフードグラタンが並ぶが、白熊町長が帰って来ない。冷めてしまうと、一旦リツさんのアイテムボックスに。ぐう~。
ミーシャがアーシャに小さくお腹空いたと呟くが、アーシャはしっ、とたしなめる。
私もお腹へったんだよね。
やっとこさ帰って来た白熊町長さんは、硬い表情だ。
「すまない、遅くなってしまって」
「あなた、何かあったの?」
「ちょっとな。すみませんが、貴女方にご相談があるのですが」
白熊町長さんはリツさんに話を持ちかける。
「何でしょう?」
「トウラでグリフォンを有するパーティーとは貴女方ですか?」
「そうです」
「実は、トロールが目撃されて。あと、コボルトの群れが」
メーデンの街の門が閉まる寸前に駆け込んで冒険者パーティーが、トロールを目撃したと。逃げ帰る途中にコボルトと遭遇し、なんとか逃げ帰って来た。一人重症で、ミッツさんが治療し容態は安定。白熊町長さんは、メーデンの冒険者ギルドで対応を協議してきたと。
メーデンにも定住している冒険者パーティーはある。トウラ程ではないが、Cランクのパーティーも定住しているが、あいにく護衛依頼で不在。残るのは、Eランクが三つ、Fランク一つと、まだパーティーも組めない数人のソロだけ。とてもではないが、トロールにEランクは無理だ。トロールは基本的に足は遅いが、とにかくパワーが半端ない。一撃でそこそこの木を薙ぎ倒すのだ。しかも、トロールは頑丈なんだよね。
そこにグリフォンを連れた私達の話が上がった。確かにランクはEだけど、アルフさんはBランクだしね。まともにトロールと対峙できるのはアルフさんか、風魔法で身体強化し、ナリミヤ印の二代目を持つ私くらいだ。後は、距離をおいてならショウが対応できるかな。
「アイリーンなら一撃でなんとかなるがな。コボルトはともかく、今現状、トロールに対抗できるのは、おそらく貴女方だけかと」
魔法職の特権だ。魔法職は年を重ねる毎にスキルを上げて行くため、ベテランの魔法職は高齢な方が多い。アイリーンさんも病に倒れるまで、現役だったと。
「そうですね、アルフさんかルナちゃんくらいしか無理でしょうね」
リツさんが、ちらっと振り返る。
「リーダーの指示に従うぞ」
「私も」
アルフさんと私の返事を聞き、アーサーの方を向く。
「アーサー君、どうする?」
「自分、ですか?」
「そうよ。私はアーサー君の意思を尊重するわ」
リツさんの言葉に、アーサーは迷わない。
「町長さんにはお世話になりましたし、じいちゃん達には可愛がってもらいました。それに、この街はおばあちゃんが愛した街です。だから」
アーサーは息をつく。
「自分はこの街を守りたいです」
「分かったわ。町長さん、私達でよければ」
「助かります」
白熊町長さんは頭を下げる。
「さあ、皆、作戦会議よ」
リツさんの号令で、馬車に移動する。
カラサさんのハーブパンに、ブラックオークのローストにサラダを挟んで腹拵えする。
「どう動くと思います?」
リツさんがアルフさんに尋ねる。
「問題はコボルトだな」
「ですね」
私も同意する。
「どうして?」
ミーシャがモグモグしながら聞く。ショウもノゾミも並んでモグモグ。
「コボルトはズル賢いんだよ、鼻もいいし」
サーシャが答える。
「傷を負ったら、その血を、匂いを辿れるんだよ」
そう。モグモグ。
「コボルトだけなら、ここの冒険者パーティーでもなんとかなるがな」
アルフさんもお茶を一口。
「トロールは分かるか?」
「うん、寝てることが多いけど、絶対に起こすなって」
「そうだ、トロールはな、足は遅いが力はある。ただ、寝起きはとにかく機嫌が悪くて手に負えないんだ。後、頭がちょっと足りないんだ」
そうそう。ずー。
「コボルトはそのズル賢さで、別の魔物を追いたてて、襲うことがある。追いた魔物の後ろからこちらが疲弊している時に襲うんだ。今回は目撃されたトロールだな。ただ、コボルトもトロールを起こすような馬鹿はせん。トロールは夜行性じゃないから、日が上ってから来るだろうな。つまり、時間があるってことだ」
アーサーがテーブルにメーデンの簡易地図を広げる。
「メーデンの街には門が二つあります。ここが正門で、ここが裏門です。裏門は畑に出る人が通りますが、狭いし、門自体はあまり厚くはありません」
「正門は厚かったが、トロールの一撃で壊れるな」
街はぐるっと堀に囲まれている。正門は跳ね橋を上げれば、かなり時間を稼げる。逃げてきた冒険者達は裏門から入って来た。匂いは裏門に続いているはずだ。
「本当に、コボルトがトロールを追いたてて来ますかね?」
マリ先輩が少し不安そうに聞く。
「明日まで様子を見るしかないな。もし、来なければ、トロールとコボルトを討伐だ」
アルフさんがハーブパンを綺麗に平らげる。
「まずは夜間の警備だな。大丈夫だと思うが、サーシャと儂で交代でするぞ。いいかサーシャ?」
「はい、大丈夫です」
暗視があるからね。
「アルフさん、自分も」
アーサーが手を上げる。
「闇魔法スキルが30越えました、進入の魔法が使えます」
進入とは、その名の通り闇を波のように広げて周囲を把握する魔法だ。ダンジョンで使用すれば、罠感知にもなるし、気配を消した敵などの発見することができる。使い方次第で便利な魔法だ。相手の裏をかけるから。
「そうか、ならサーシャと交代で夜警だ」
「はい」
うん、やる気がみなぎってる。
「よし、後はもしトロールが来た場合は儂かルナ、ショウしか対応できんはずだ。絶対に正面からやりあうなよ」
全員が頷く。
正門はEランクのパーティーが警備にあたるらしく、私達は裏門だ。今は暗いからしないが、日が昇れば、ショウが上空で警戒にあたる。トウラにも伝書鳩をすでに飛ばしているから、明日には返事が来るはずだ。
夜警の準備をして、馬車で移動する。
裏門の近くに小さな櫓がある。
まずサーシャが昇るために、矢筒を背負う。それを見ながら、アルフさんが、私の肩をつんつんしてきた。
「ルナ」
「はい?」
ちょっと小声で呼ばれて、少し離れる。
「状況次第だが、アーサーにちょっと花を持たせたいんだが」
「あ、はい、私もそう思ってました」
アーサーはこの街を大切に思っている。つらい思い出もたくさんあるだろうけど、大切なおばあさんの愛した街だ。リツさんに話を振られた時も、迷いはなかった。そうさせるだけの思いがある街だ。
気持ちは分かる。
コードウェルも小さいけど、領地があり、みんな顔見知りで、大切な家族だ。そんなみんなに危険が迫れば、私は黙っていない。アルフさんだってそうだ。仲間意識の高いドワーフだ、アーサーの気持ちが分かるし、アーサーを心配した老人達を安心させたいのだろうし、何より、アーサーの勇姿を見てもらいたいのだろう。
私達のホープ、アーサーを。
「全力で協力しますよ」
「頼もしいがな、ルナ、顔、顔」
久しぶりに『ねえ様こわい、いや』スマイル全開にしてしまった。
読んでいただきありがとうございます