マリベールへ⑤
チョップ
「ちょっと落ち着け、お前達」
アルフさんが引く。さっと手を閉じる。次に手を開くと亀とフェレットはいない。どこに行ったの?
「一滴、一滴でいいんです」
細いガラスの瓶を握り締めているリツさん。
「勘弁してくれ、小さいから、多分無理だぞ」
「ちょっとでいいんです、ちょっとで」
マリ先輩もアルフさんに迫る。
「この際、鼻水でも構いませんよ」
「真面目に言うな」
ローズさんまで言う。アルフさんが突っ込む。
「でも、どうして今まで思い出せなかったんですか?」
リツさんが聞くと、アルフさんが、ちょっと迷うような顔になる。
「そうさな、仕方ない、話すか」
アルフさんが隻眼になった経緯を説明。皆、呆然と聞いている。
「あの頃の記憶は曖昧でな、こいつらと契約したのは、その直前だった。さっき片目が戻った拍子に思い出した。それと、儂も加護持ちだ」
アルフさんはステータスを開ける。
固有スキルに精霊魔法、加護にハバリー様の名前が。
あ。
思い出した。
確か神界で、言われた。ハバリー様に。
『儂の加護を持つものに、手を差しのべておくれ』
いかん、完全に、綺麗さっぱり忘れてた。うん、黙っておこう。
たまに巨大な猪が夢に出てきた、いつも、ハンバーグとかローストとか思っていたよ、どれくらい食べれるかなんて思っていたよ、すみませんハバリー様。逃げてましたねハバリー様。
「アルフさん、どんどん強くなりますね」
アーサーは羨ましい顔だ。
「こいつらは、まだ、下位の精霊だ、大した力はない。儂の国には、もっと凄い精霊がおるぞ」
再び、手のひらにフェレットと亀。
「こいつは、レリア。こいつはブレスト」
アルフさんが紹介してくれる。フェレットがレリア、亀がブレストね。
再び迫る錬金術チーム。ブレストが甲羅の中に手足を収納。レリアはなぜか、私の服の中。
「きゃあぁぁぁ、くすぐったいッ」
私は脇が弱い、弱いのだ。
「こら、出らんか、レリアッ」
慌てるアルフさん。
のたうち回る私は、たまらずシャツを脱ぎ捨てる。
「ル、ルナァッ?」
「わぁぁぁァッ」
アルフさんと、アーサーが叫び、サーシャはそっぽを向いてくれる。
「ルナちゃん、落ち着いてッ」
「くすぐったいッ」
いかん、我慢できん。
レリアは私の胴体をくるくる周回する。
もう一枚のシャツ、下着に手をかけると、リツさんのチョップが飛ぶ。
「落ち着きなさいッ、男性はあっち行ってッ」
リツさんが叫び、私は身を捩り、男性陣はリビングをローズさんに追い出された。
騒ぎが収まり、アルフさんがレリアを掴んで、すまん、と謝って来た。レリアがじたばたしてる。握りつぶされないよね?
なんか、すみません、あまり見ごたえのない、体で。はい、私もすみません、ちょっと、耐えきれなくてすみません。
次の日。
再び残念金髪美形が来た。
眼帯をしたアルフさんを心配していた。
レリアはアルフさんの髪の中をうろちょろして肩に落ち着いてる、ブレストはショウの頭の上だ。
本日は錬金術の相談、明日帰宅予定だ。
「業務用オーブン?」
「はい、それと馬車、ショウにも牽ける空飛ぶ馬車です」
忘れてないね。
アーサーは別室で隠れて、リツさんから借りた錬金術の資料を読んでいる。
三兄妹は魔力スキルを上げようとし、私はアルフさんと日向ぼっこだ。
うん、無心。
「馬車なら、スウちゃんのお古あげるよ。まだ、ちょっと大きいかとおもうけど、このグリフォンまだ成長するとおもうしね。あと、業務用オーブンだね、パン屋とかにあるやつだね」
「そうです」
難しい話を始める。
うつらうつら。
「ルナ、ルナ」
アルフさんに起こされる。
「あ、はい」
「飯だそうだ」
「あ、はい」
目をごしごし。
「ルナちゃん、ご飯よ」
マリ先輩も声をかけて来た。うん、いい匂いだ。
ダイニングルームには、リツさんとマリ先輩、アーサーが配膳している。
ウキウキナリミヤ氏が、鎮座してる。
私はローズさんのお手伝い。
「今日は飲茶中心です」
「ああッ、肉まん、焼売、餃子、春巻きーッ」
叫ぶ大富豪。
炒飯と卵スープもあります。
「どうぞ、ナリミヤ先輩」
「いただきますッ」
ばくばくばくばくばくばく。
凄い食欲。
レリアが炒飯の一粒食べてる。あれ? 精霊ってご飯食べるの?
「この肉まんの中、角煮が入ってるッ」
「はい、多目に作りましたから、持っていかれます?」
「あ、ありがとうサイトウ君ッ」
「馬車を譲っていただきますしね。あ、完全ではありませんが、カレーもありますよ」
「カレーッ、カレーッ」
叫ぶ大富豪。
「僕がオーブン作るよッ、あ、装備の素材いるッ? ドラゴン系の素材はだいたいあるよッ」
噴き出す私とアルフさん。
そんな、私達をそっちのけで、食後、ナリミヤ氏が庭で材料を自身のアイテムボックスから出して、錬金術発動。
「出来たよッ」
軽ッ。
サーシャ位の高さの四角のオーブンが、一瞬で出来上がる。
錬金術チームはあっけに取られている。
アルフさんは無表情。
「儂、何も見とらん」
もう、何も言いません。
「なあ、錬金術って、こんなに簡単なのか?」
サーシャがアーサーに聞いているが、当然アーサーは首を横に振る。
ドラゴン系の素材は、さすがに辞退してました。
スレイプニルのお古の馬車も、ショウに試しに牽かせて見たが、問題なし。馬車の中は当然のように空間拡張されていた。トイレにシャワールーム、ミニキッチン付き。あははすごーい。
「空を飛ぶには、風竜の素材がいるね。僕、持ってるよ。本当にいいのかい?」
聞こえない、私は何も聞こえない。
「角煮とカレーで、これ以上は頂けません」
リツさんがお断りしてる。
「そうかい? ならいいけど、必要なら言ってね。あ、カレーはこの鍋に、角煮はこれに」
「はい」
リツさんとマリ先輩が手分けして鍋にカレーと角煮を入れる。
ナリミヤ氏はスキップしながら帰って行った。
「イメージが狂うな、凄い御仁なのに」
アルフさんが見送りながら、呟いた。
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