マリベールへ④
羽交い締め
「ぎぁぁぁぁぁぁっ」
アーサーが悲鳴を上げる。
「君ッ、君ッ、どこで見たのッ? どこで見たのッ? どこで見たのッ?」
ナリミヤ氏に押し倒されてアーサーは足をバタバタ。
いかん、見た目が激しくいかん。
サーシャがミーシャの目を覆う。
「落ち着いてくれナリミヤ殿ッ」
アルフさんが引き剥がす。
だが、レベルが向こうは200超え、アルフさんが力一杯引っ張り剥がす。
「は、僕としたことが」
「ひー」
半泣きアーサーが這い出して来て、私の後ろに。
「ダメですよナリミヤ様」
アルフさんに羽交い締めされているナリミヤ氏に、マリ先輩が落ち着いた口調で諭す。あら、なんか気味悪いよ。
すすす、とアーサーの前に。
「アーサー君」
「は、はい」
「どこで見たのかなあぁぁ?」
「ひぃぃぃぃっ」
見たことがない、底が見えない凄みのあるマリ先輩が、逃げられないようにアーサーの両頬固定。
「マリちゃん。ストップストップ」
リツさんが止めに入り、ローズさんが無表情にマリ先輩の肩を掴み、引き剥がす。
「チョコレートッ」
叫ぶマリ先輩。こちらはローズさんが羽交い締め。
うわーん、とアーサーがリツさんの後ろに。
「もう、落ち着いてください」
リツさんが呆れる。
「コーヒーッ」
「チョコレートッ」
叫ぶナリミヤ氏とマリ先輩。目が血走ってます。
「サイトウ君、コーヒー飲みたくないのッ?」
「まだ、そこまで恋しくないです。ローズさんのお茶で満足してます」
「チョコレートッ、ココアッ、ガトーショコラッ、フォンダンショコラッ、コーヒーゼリーッ、カフェオレーッ」
「落ち着いて。マリちゃん」
あきれ返るリツさん。
「でも、確かに欲しくないわけないかな。アーサー君、どこで見たの?」
いつものリツさんが、ぷるぷるしているアーサーに聞く。
「じ、実物じゃないです。おばあちゃんの、おばあちゃんの手記に似たような実の絵を見たことがあっと……」
「じゃあ、君のおばあちゃんに会いに行こうッ」
事情を知らないナリミヤ氏が叫ぶ。アーサーの表情が一気に曇る。
「ちょっと、ナリミヤ先輩。お話しましょうか?」
リツさんが、羽交い締めされたナリミヤ氏を連行する。アルフさんごと移動。
しばらくして、しゅんとしたナリミヤ氏。
「ごめんね」
「いいえ、大丈夫です」
しおらしく謝ってくる。大富豪が。
マリ先輩が床でいじいじしてる。
「あの、リツ様……」
「なあに?」
「リツ様もコーヒーとかチョコレートとか、欲しいですか?」
「まあ、そうね。欲しいかな」
アーサーがちょっと考える。
「あの、おばあちゃんの手記は、町長さんが持っています。頼めば、見せてくれると思います。おばあちゃんと町長さん夫婦は、おばあちゃんのパーティーメンバーで、小さい頃から可愛がってもらいましたから」
「「本当ッ」」
叫ぶナリミヤ氏とマリ先輩が叫ぶ。
さっと、隠れるアーサー。
アルフさんがナリミヤ氏を押さえて、マリ先輩はローズさんが無表情に肩を押さえる。
「じゃあ、今度行って見ましょうね。アーサー君のおばあちゃんのお墓参りに行きましょうね」
「リツ様……」
アーサーが感動してる。
少し落ち着いたナリミヤ氏とマリ先輩は、ソファーに座る。アーサーは隠れたままだ。
ローズさんがお茶を淹れる。香りいいなあ。
「取り乱してしまい、申し訳ない」
ナリミヤ氏が、アルフさんに謝罪している。
「構いませんよ」
少し話を始めたナリミヤ氏とアルフさん。
「え、マダルバカラのエディロールさんのお弟子さん?」
「末の弟子です」
「ああ、あなたがエディさんが言ってた、アルフレッドさんですか、お話しは聞いてますよ」
「そうでしたか」
少し寂しそうなアルフさん。鍛治師の師匠であり、養父の人。アルフさんの大切な人だ。話は進む。ナリミヤ氏はマダルバカラを訪れた時に、アルフさんの師匠、エディロールさんにお世話になったみたい。
「柔軟な考えの人で、色々便宜を図ってくれました。あの時は、本当にお世話になりました」
「そうですか」
「あの、その目は生まれつきですか?」
「いや、ケガが原因で」
「治しましょうか?」
「はあ?」
アルフさんが間抜けな返事をする。
「エクストラヒールですか?」
「ええ、エディさんにはお世話になりましたからね」
遠慮するアルフさん。押し問答の末、結局、リビングでナリミヤ氏とアルフさんが対面するように立つ。
「では、エクストラヒール」
ふわあ、っと光がアルフさんを包み込む。
へえ、あれがエクストラヒールね。私もああだったのね。
だが、すぐに異変が起きた。
「あつい………」
アルフさんが、ポツリ。
「あつい、あつい……」
アルフさんが虚ろな表情で呟く。あれ、大丈夫? アルフさん、大丈夫? 片手で右目を押さえて、長身がぐらつく。
「え、アルフさんッ」
「あついッ」
叫んで崩れ落ちるアルフさん。
「ア、アルフさんッ」
私にも崩れ落ちたアルフさんに手を添える。みんな騒然となる。いつも、穏やかなアルフさんから、想像できない姿だからだ。
赤目を限界まで見開いたアルフさん、息を何度も吸い込む。
エクストラヒールをかけたナリミヤ氏も覗き込む。
「アルフさん、大丈夫ですか?」
息を吸う、アルフさん。私は分厚い肩をさする。凄い汗だ。
「すまん、みっともない姿を見せて」
大きく息を吸って、丸くなった背を伸ばす。
「妙な感じだ、はあ、色々思い出した、頭の中に、声が響いた」
右目を覆っていた手を外す。
「あ、オッドアイ」
マリ先輩が呟く。
アルフさんの右目は澄んだ黄色だ。きれいだ。
「大丈夫ですか? アルフさん」
エクストラヒールを発動した、ナリミヤ氏も聞いている。
「ああ、大丈夫だ、ちょっと妙な感じだ」
首を回すアルフさん。
「しばらく、慣れるまで、時間がかかりそうだ」
ですよね、30年以上隻眼だったしね。
いまだに肩に手を置いた私の手を、アルフさんが取る。
「大丈夫だ、ルナ」
綺麗なオッドアイで、私を見る。
良かった。
アルフさんはソファーに座る。
ローズさんの出したタオルで汗を拭くアルフさん。
隠れていたアーサーも心配そうに見ている。
しばらくしてナリミヤ氏は帰宅。心配そうに、帰っていった。手には醤油を抱えて。
両目になったアルフさんは、やはり感覚が掴めないのか、ドアにぶつかり、家具に足をぶつけてる。
「アルフお兄ちゃん、本当に大丈夫?」
ミーシャまで心配してる。ショウの尻尾を踏みそうになり、ショウは慌てて逃げている。
「こりゃ、いかんな、しばらく慣れるまで時間がかかる」
結局、眼帯をすることに。治ったのに、意味がない。
「そうだ。皆に紹介せんとな」
眼帯をしたアルフさんが、私達の前で、両手を合わせる。
なんだろう?
ごつい指の間から、か細い火が漏れ出す。
皆で注目。
開いた手の上にいたのは、小さな生き物二匹。亀となんだ?
「フェレット、かわいい」
マリ先輩が黄色い悲鳴。
小さなつぶらな瞳の亀とフェレット。亀は茶色一色だが、フェレットは薄く赤い体毛で、耳辺りに小さな炎がある。
「精霊ですね」
「アーサー、よく分かったな」
「おばあちゃんが、闇の精霊と契約してましたから」
本当に優秀なおばあちゃんだね。
ミーシャが興味津々に覗き込む。亀は動かず、フェレットはミーシャに近づいている。小さな鼻をピクピク。か、かわいい。
「こいつらは、子供の頃に契約してな、ちょっと、忘れとった」
ははは、と笑うアルフさん。笑って、次の瞬間、びくりと震える。
「精霊………」
「精霊の涙……」
「貴重な、素材……」
あ、確か、エリクサーの材料でしたね。
錬金術チームが、凄い顔で迫ってきた。
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