マリベールへ③
駈け足
「はっはあっ、久しぶりに壁を越えたやつにあったなあっ」
白髪のギルドマスターが嬉しそうに言う。こちらも額に汗。
一呼吸おいて、更に激しい攻防が始まる。アルフさんは時折シールドバッシュで撃退しながら応戦。
うわあ、迫力満点。みんな口開けて見てるよ。
グラウスさんはそれを見てため息。
「あなたが言っていた、隻眼の冒険者ですね。トウラ在住でしたか。短期間でランクが上がったと聞きましたが、さすがにいい動きですね」
「はい、いつも助けてもらってます」
アルフさんは我がパーティーの最高レベルだしね。
「そうですか、さて、そろそろ止めますか」
グラウスさんは、二人が距離をおいた瞬間に、指を鳴らす。
ぱんっ
小さな破裂音と衝撃波が、その二人の間で発生。
すごい、呪文、一言も言ってないのに。魔法の名前すらも言ってないのに発動したよ。
無属性魔法のマナボム、小型版だ。
「さあ、終了ですよ、そこのあなた、うちのバカマスターが失礼しましたね。さて」
グラウスさんが、ギルドマスターの方に振り返る。
「どういうことか説明してもらいましょうか?」
怖っ。
「いや、あのね」
たじたじとギルドマスターが説明。
「トウラの大型新人だしさ、挨拶をね」
大型。確かにアルフさん、背が高いしね。数ヶ月で、ランクがBだしね。でも、何人か失笑してる。
「挨拶? あれは挨拶?」
グラウスさんの迫力が増す。
「久しぶりに壁を越えているしさ、つい」
「つい?」
回りのギャラリーも、怖っ。
「駈け足」
「はいっ」
駈け足で階段を駆け上がるギルドマスター。何だかなあ、かわっないなあ。それを見てグラウスさんは息をつく。
「申し訳ないですね。ご迷惑をお掛けしたした」
「いいや、いい経験になった」
アルフさんが額の汗を拭く。あ、タオルタオル。私はマジックバックからタオルを引っ張り出して、アルフさんに渡す。
「しかし、あなたのような槍の使い手が、今まで噂にならないのは不思議ですね」
「儂は鍛治師だ。そっちがメインでな」
え、みたいな視線が突き刺さる。
「鍛治師、ですか」
「そうだ」
「にわかに信じられませんね」
「本当に鍛治師だ、アーサー、槍を」
ギャラリーの中から、アーサーが出てくる。手には魔鉄の槍。
「儂が作った槍だ」
アーサーから受け取り、グラウスさんに見せる。
「ほう、純度の高い魔鉄ですね。いい腕です。これが最高傑作ですか?」
「いや、まだあるが、見せるといろいろ、な」
アルフさんがやんわりお断り。
「あなたのフル装備を拝見したいですな、確認のために宜しいでしょうか?」
「すまんな、こちらで依頼があればお見せするが、そろそろ帰らんといかん」
「そうですか、それは失礼」
多分、トウラから情報来ているだろうな。シェラさんもアルフさんの鎧知っていたし。
「ルナ、話は済んだか?」
「はい」
「なら、帰ろう。失礼する」
アルフさんは軽くグラウスさんに会釈する。
「グラウスさん、お世話になりました」
私もグラウスさんにご挨拶する。
アルフさんに軽く肩を押されて階段向かう途中で、ギャラリーの中からリツさん、マリ先輩、ローズさんが出てくる。
「コードウェルさん、あなたの活躍、期待していますよ。ふふ、バランスのいいメンバーのようですね」
レベルの差があるけど、バランスいいよ。
タンクのアルフさん、アタッカーの私、バランサーのアーサー、魔法使いリツさんマリ先輩、それを守るローズさん、ここにはいないが、斥候のサーシャ、グリフォンのショウ。アーシャとミーシャは保留。パーティーメンバーは恵まれている。
「ここでも、活躍を期待してますよ」
グラウスさんに見送られ、冒険者ギルドを出る。出る途中で例の少年達。
「姐さん、その兄さんとどういった関係で?」
殴るぞ。
「なんだお前らも模擬戦するか? 手加減せんぞ」
「「「「失礼しました」」」」
さっとギャラリーの中に消えていく少年達。
それを見て、やっと冒険者ギルドを出た。
なんとかナリミヤ氏との約束の時間前に帰って来た。ちょっとギリギリだ。
「お帰りなさい」
「メエメエ~」
ミーシャとノゾミがお出迎え。
「ただいま、急いでお昼の準備しましょう」
「何にするの?」
リツさんとマリ先輩が相談開始。
「すまん、シャワー浴びていいか、汗臭いと失礼だ」
「はい、どうぞ」
アルフさんはバタバタとシャワーに。
「ご飯とお味噌汁と、そうね、生姜焼ね」
「ポテトサラダも添えましょう」
「そうね、千切りキャベツにごまドレッシングかけて。あ、エビフライもつけて、タルタルソースね。後カボチャの煮付けもつけて」
ご馳走だ。
私もいそいそお手伝い。準備が整いかけて、アルフさんがシャワーから出てきて、ナリミヤ氏が来た。
「やあ、サイトウ君、なんだか申し訳ないね。お昼、ご馳走になって」
「いいんですよ、さ、どうぞ」
嬉しそうなナリミヤ氏。ウキウキが、聞こえてきそう。リツさんの案内で、着席する。あ、半泣きだ。
アーサーは後ろに控えるが、ナリミヤ氏が気づいて、リツさんに着席するように伝える。
「僕ね、奴隷って響き嫌いなんだ。気にもしないし、だから、君座りなって」
確か、ナリミヤ氏もリツさん同様に奴隷がいないところに元々いたな。アーサーはおずおずと着席する。
「では、どうぞ」
「ありがとうサイトウ君ッ、いただきますッ」
ナリミヤ氏はアイテムボックスから自前の箸を出してがつがつ。
「ああ、生姜焼だあ、生姜焼だあ。味噌汁。ずー。ああ、美味しい」
相変わらずいい食べっぷり。
「うう、これはごまドレッシング、ああ、美味しい。タルタルソース最高」
ばくばく、ばくばく。
半泣きで、せっかくの美形が台無し。
ミーシャ以外、初めて見るメンバーは、引いている。
「なんで、サイトウ君の料理は美味しいんだろう? 同じ味噌使っても、味が違う」
「そりゃ出汁取ってますからね」
「出汁?」
「出汁ですよ、出汁。それがないと薄いですよ」
「出汁?」
首を傾げる残念金髪美形。
「まさかと思いますけど、インスタントの味噌汁じゃないんですよ。ちゃんと出汁取らないと」
リツさんが呆れる。出汁ってきっとスープのベースとなるものだよね。野菜とか、リツさんは焼いた魚の骨から取ってた。
「出汁?」
まだ、首を傾げる残念金髪美形。
「……ナリミヤ先輩、料理の経験は?」
「あ、リンゴの皮剥けない」
筋金入りだね。
なんでも、ナリミヤ氏は、まったく料理はしないと。掃除などはするが、台所だけは立たないらしい。
結局、ナリミヤ氏はご飯とお味噌汁をおかわりした。
「本当にご馳走になったね」
「いいえ、ドラザールでお世話になりましたし」
食後、ローズさんがお茶を淹れる。本日は緑茶だ。
「緑茶はやっぱりいいね、これくらいしか、再現できなかったよ」
ほわっと緑茶を飲むナリミヤ氏。
「でも、たまにコーヒー飲みたくなるよ、無性に」
「あ、分かります」
ナリミヤ氏の言葉に、マリ先輩が反応。
「私、カフェオレが飲みたいし、チョコレートも恋しくて」
なんか、初めて聞くワードだね。
「コーヒー豆とカカオ、だいぶ探したけど見つからなくてね。南の大陸まで、行ってみたけどね」
ナリミヤ氏は、肩を落とす。なんか、さらっとすごいこと言わなかった?
「コーヒー? チョコレート?」
でも、マリ先輩が恋しなら、きっとおいしいはずだ、聞いてみた。
「コーヒーは豆から作るの、チョコレートは実かな、こんな感じだっけ?」
マリ先輩がこんな感じと手で示すが、わからない。
ナリミヤ氏とリツさんが、紙に書く。
「こんな感じだよね」
「そう、コーヒー豆は確か赤くて、これくらい小さいの。で、カカオはこんな形で」
ふーん。
「そのまま食べれるんですか?」
「加工は必要ね。コーヒーは焙煎しないとダメだし」
「手間がかかりますね」
でも、ナリミヤ氏なら錬金術一発でなんとかしそう。まあ、材料なければ、無理か。
「自分、見たことあるかもしれません」
黙っていたアーサーがポツリ。
次の瞬間、悲鳴が上がる、アーサーの。
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