サーシャ⑥
父さん
うん、きれいだ。
アーシャとミーシャが風呂から上がると、青みがかった銀髪が、美しく輝く。アーシャはローズさんの服、ミーシャは私の服を貸した。
うん、風呂で、私は精神打撃を受けた。アーシャはスレンダーかと思ったが、まあ、しっかりありましたよ。ローズさん並みではないけど、マリ先輩やリツさんより大きめ。何がって? 聞かないで。
ミーシャはまだ12だけど、数年もすれば、追い越されるだろう。くう、悔しい。
今は風呂には男性陣が入っている。
居間で、ローズさんがお茶を淹れてくれた。
落ち着こう、ずー。
ミーシャがクッキーを頬張る。
アーシャがポツポツ、ミュートからの話を始める。
まず、枷を外すために、トウラに移動。おじいちゃんドワーフダビデさんが、枷を外してくれた。何本もの針を差し込み、鍵穴は無視し、小さな隙間に細い工具を差し込み二ヶ所同時に動かすと、やっと外れたと。流石、Sランクの鍛治師だね。アルフさん曰く、細工物では右に出るものはいないらしい。
それから、生活をどうするかになり、ミュートに移り住みを希望したが、人数制限があり、アーシャ達は外れた。そのままトウラ辺境伯から支度金をもらい、あの家を借りて生活を始めた。しかし、季節は冬、着の身着のままだったため、服や薪などに想像以上にかかった。
身分証代わりに冒険者ギルドカードを手に入れて、サーシャは朝から晩まで薬草採取に魔の森を探し回った。もともと、薬草採取に関しての経験があったのか、質のいい薬草を採取し、何とか生活出来た。家賃を問題なく払える蓄えが出来た。それをあの二人の獣人が根こそぎ持って行ったのだ。
「兄さんはいつも私達の為に、くたくたになるまで駆け回っていました。いつも、私やミーシャに食べさせて、自分は『腹が減ってないから』と食べなくて、痩せてしまって」
アーシャは紅茶に視線を落とす。
「兄さんはいつも、自分の事は後回し。自分の事を大事にしてほしいのに」
「お姉ちゃん……」
ミーシャがアーシャを見上げる。
「父さんも、兄さんには自由に生きて欲しいって思っていたと思うんです」
アーシャが寂しそうに言う。
「ねえ、アーシャちゃん、あの人達の言葉を信じる訳じゃないけど、お父さんとサーシャ君、うまくいってたの?」
私も気になっていた。
サーシャは狩りには参加しなかったらしいが、獣人は種族的に魔法の適正は低い。サーシャは人族でも貴重な光魔法を使える。アーサーの話だと、攻撃魔法を使えたから、魔力スキルはそこそこあるんだろう。なら、光魔法の回復要員として駆り出されたはず。
「そうですね、ギクシャクとしていました」
リツさんから、マルシェでのやり取りを聞き、アーシャはため息をつく。
「確かに、兄さんは母が生まれて間もなく村に連れて帰って来たそうです。兄さんを生んだのは、私たちの母さんのお姉さんだそうですが生んで直ぐに死んだそうで、父親は分からないと言ってました。父さんと一緒になったのは、兄さんが父さんになついたそうでそれがきっかけで一緒になったそうです」
それから生まれたのがアーシャとミーシャ。
「当時の村の人達はみんな事情を知っていました。父さんが兄さんが成人するときに話すから黙っていてくれって頼んでいたんですが」
アーシャが言葉に詰まる。
「兄さんに、いい感情を持っていない同年代の人達が言ってしまって。兄さんは、父さんがどうしていいか分からなくなるまで、飲み込みが早くて、狩人としても薬草採取にしても群を抜いてました。父さんは教える事がなくなったんです。兄さんにはそんな自覚のなかったんですが、そんなもんだと思っていたんです。その、そんな兄さんに誰か言ったそうです」
お前はよそ者だ、だから、ナックさんは何も教えなくなったんだ。お前に教えなくないからだ、と。
「まだ、子供だった兄さんには、ショックだったようで。それで父さんと大喧嘩しました。それから兄さんも父さんの関係はギクシャクして。父さんは口下手で、兄さんに教えるものがなくなった、どうしてそうなのか、説明できず、黙ったままでした。私もちゃんと話合えばいいのにって何度も思いました、母さんも父さんに何度も言ってましたが、ずるずる、そのまま。兄さんと父さんの溝は塞がることもなく。兄さんは狩りには出なくなりました」
「でもね、お父さん、いっつも言ってた」
ミーシャが話し出す。
「お父さんが、お兄ちゃんには才能があるって、村の誰にも負けない才能があるって。こんなところで、燻っていてもいいのかって」
「才能?」
リツさんが聞く。
「うん、お兄ちゃんはね、弓は村で一番で、誰にも負けないし、暗い中でも薬草を見つけたりしたの」
夜に薬師の母を村人が尋ねることがあったそうで、どうしても不足していた薬草を探すため、いつもサーシャがたたき起こされた。夜の採取はさすがに危ないからと、父親も同行しようとしたが、サーシャは拒否。それでも必ず必要な薬草を見つけ出してきたと。
へえ、サーシャは狩人として、優秀なのか。もしかしたら、暗視があるのかも。
「兄さんは一度教えたらその倍以上を覚えるって。父さんが何年もかけて覚えた技術も一年もかからず、兄さんは覚えました。解体に弓、短剣、薬草採取、すべて覚えました。もう教えてあげる事がないって。ちゃんと話をすれば、良かったのに。もう、自分を追い越してしまったと。いつか本人が気付くなんて、言ってましたけど」
「今、気がついたんじゃない?」
私の言葉に顔を上げるアーシャとミーシャ。
私は居間のドアを開けると、呆然と立ち尽くすサーシャ。風呂に入って、妹同様に輝く銀髪になったサーシャは、アルフさんとアーサーに挟まれるように立っていた。
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