サーシャ④
いらっしゃい
「サーシャさん?」
アーサーが驚いたような声を上げるが、リツは落ち着いて対応する。
「どうして?」
「明日、家賃払わないと追い出されるんです。こんな寒い中、妹は耐えられない。ミーシャはまだ、12なんです。俺は二人を守らないといけない、育てて貰った恩を返さないと。お願いします。下の妹が成人するまでの額で、俺を買ってください、お願いします、何でもしますから、俺を買ってください」
サーシャは、追い詰められたように言う。
地面に爪を立て、抉る。
「それは、出来ないかな」
リツの言葉に、サーシャの顔に絶望の色が浮かぶ。
「そう、ですよね、急に、すみません……」
肩を落とすサーシャ。
「サーシャ君、自分を売ったお金で妹さんが喜んで受け取るとは思えない」
「それは、そうかもしれないけど……」
「だけどね、サーシャ君、私はあなたに恩がある」
「は?」
リツの言葉に、ちょっと間抜けな返事をするサーシャ。見ていた野次馬達も、興味深く聞いている。
「ミュートの件をアーサー君から聞いています」
「ああ、俺達を助けてくれた」
「違うわ、こちらが助けて貰ったのよ」
サーシャがますます分からない顔をする。
「アーサー君を援護して助けてくれたと。サーシャ君が魔法を撃ち、石を投げて注意をそらし、妹さんが魔法で回復してくれた。私は、私の奴隷アーサーを助けてくれた恩を、主人として返さなくてはならない」
リツは息をつく。
「うちに、いらっしゃい。妹さん達と一緒に」
「え?」
「そうね、半年、家賃なしでどう? 食事もつけるし、半年でその先のことを考えればいいわ。うちに家賃を払っていてもいいし、別の部屋を借りてもいいし、ゆっくり考えればいいわ。ね、うちにいらっしゃい」
サーシャの灰色の目が、ぐらぐらし始める。
「いいんですか? 妹達と、行ってもいいんですか?」
「勿論、いいわよ」
リツが手を伸ばす。サーシャの目からぼろぼろと涙がこぼれ落ちる。
「うちに、いらっしゃい」
「…………はい」
差し出されたリツの手を、サーシャが取ると、見ていた野次馬から拍手が沸いた。
アーシャの話を聞き、私は息をつき、アルフさんの眉間に皺がよる。
「同じ村の仲間から、金を奪うとは」
きっとドワーフ的に許せない行為なんだよね。私も許さないけど。
「明日、家賃を払わないといけなくて、でもそんなすぐに手に入れる手段が浮かばなくて。兄さんが追いかけましたが、戻って来るとは思えなくて」
「それで、あそこに?」
アーシャが頷く。
ため息をつく私。いつの世も変わらない。女がある程度額を手に入れる手段は限られている。学やコネがあれば話が別だが、アーシャも思い詰めての行動だろう。確かにアーシャは儚い感じの美少女だ、きっとかなりの額で買われたろう。
さて、どうするか。
「ねえ、下にもう一人いたよね。あの子は?」
「家に一人でいます」
「心配してるでしょう。押し入れに入れられて、二人ともいなくて一人なら、心配してるわ。一旦帰らない? 付き合うから、ね」
アルフさんも同意してくれる。
私とアルフさん、アーシャであの小柄のミーシャの待つ家に。
下町の小さな家が並ぶ中に、何故かいる。
「何でいるんですか?」
リツ君にアーサー、ショウ。そして青みがかった銀髪の少年。
「ちょっとね。ルナちゃんこそどうして?」
「えっとですね」
簡単に説明する。
「アーシャ、何処に行っていたんだ?」
確かにサーシャという背の高い獣人少年、あれ、痩せてる。
「兄さん、ごめんなさい………」
実は、と説明すると、サーシャの顔色か変わる。
「お前、なんてことを」
「サーシャ君も言えないでしょう。自分を買ってくださいなんて、言ってたじゃない」
リツさんが突っ込む。黙るサーシャ。
「兄さん」
「ごめん」
耳が垂れるサーシャ。あれ、どんな仕組みなんだろう?
「実はね」
リツさんがマルシェで起きたことを話してくれる。
「うちに、しばらく受けることにしたの。それで妹さんを迎えに来たの」
「そうですか」
「さ、行きましょう。下の子は、ミーシャちゃんだったわね。一人で留守番してるんでしょう?」
ぞろぞろとサーシャ達が借りている家に。
ショウが歩くと、回りはびくびくされる。
「リツさん、マリ先輩は?」
「先に帰って貰ったわ、ホリィさんに連絡してもらわないといけないし、お昼の準備もお願いしたから。ショウは念のために着いてきてくれたの」
「そうですか」
間もなく着いたのは小さな家。
小柄な少女が飛び出して来る。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、何処に行ってたの?」
半泣きの少女、ミーシャ。
「ごめんなミーシャ。実はな、今日からあの人の家に行くことになって」
しがみついて来た、ミーシャを優しく撫でるサーシャ。
「お金は? お金は戻って来たの?」
「大丈夫だから、大丈夫」
繰り返すサーシャ。
「ミーシャが、あの人達、家に入れたから?」
「違う、ミーシャのせいじゃないから」
泣き出しそうなミーシャに、繰り返し大丈夫だと、サーシャが言う。
「さ、荷物まとめて、大家さんに挨拶よ」
リツさんが動かない三人に声をかける。
荷物をまとめる三人。大した量じゃない。リツさんがアイテムボックスに入れる。驚く三人。初めて見たみたい。ショウにも二人は驚いていたが、ミーシャはすぐに慣れて撫でている。うわあ、もしかしたら大物かあ? 自分より大きな魔物を撫でてるよ。
大家さんに挨拶を済ませ下町を出る。大家さんが家賃を払わなければ、出てもらうと言ったが、踏み倒しが多いために口癖になってしまったと。大家さんは相談してくれたらと言ったが、自分の口癖で三兄妹を追い詰めたと、細やかだが餞別を渡していた。
「さ、行きましょう」
ミーシャはサーシャとアーシャの手を握りしめる。
リツさんを先頭に屋敷に戻った。
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