サーシャ③
仲間?
「エビッ、エビくださいッ」
「ひーっ」
リツが人で溢れるマルシェの中を突き進む。アーサーは人波に揉まれて、もみくちゃになる。毎回毎回、凄い人波。
「アーサー君、次行くわよッ」
「は、はい……」
何故かフルスロットルのリツに、必死についていくアーサー。マリにはローズとショウが着いているが、グリフォンのショウですら臆さない主婦に、ピィピィ鳴いている。多分、たすけてーって言っているとアーサーは思う。
前回は吹雪いて中止になったため、リツはこれでもかと買い物をしている。
他の買い物客も同じだ。
「イカがあったわ、行くわよッ、イカリングッ」
なにかの魔法の呪文を唱えるリツ。
「お供しま、わーっ」
人波に飲まれるアーサー。
「リ、リツ様ーっ」
わちゃわちゃ。わちゃわちゃ。
結局、ついて回るだけで、精一杯。
いつも、しっかりねと、ルナとアルフが見送ってくれる。
(こうなるって分かっているんだ、あの二人)
温かい眼差しの二人を恨みがましく思う。
「アーサー君、大丈夫?」
イカを購入したリツが、心配そうに聞いてくる。
「は、はい、大丈夫です………」
優しいリツに、アーサーは嬉しいが、次の瞬間、リツの目が獲物を狙うような目になる。
「青魚よッ、アンナちゃん達の栄養の為にッ」
「リ、リツ様、待って、わーっ」
もみくちゃわちゃわちゃ。
見失った。
(しまった、リツ様)
頭から血の気が引く。
必死に人混みを探すが、いない、わからない、どうしよう。
アーサーはオロオロするしかない。
(どうしよう……)
リツの銀髪を探すがわからない。
(あ、あれだ)
視界の端に銀髪の髪。慌てて駆け寄ると、違う。
「サ、サーシャさん?」
そこにいたのは、ミュートで奴隷狩りの被害に合った獣人少年だ。誰かと言い争っている。相手は二人、獣人のようだが。
「ふざけるなっ、金を返せ、俺達の大事な金なんだぞッ」
「そんな証拠がどこにある」
二人の獣人がバカにしたように言う。
「ミーシャがお前達を家に入れたら、押し入れに押し込められた。その間に盗ったんだッ」
サーシャは叫ぶ。
「俺達に挨拶来たなんて嘘だ、ミーシャが一人の時を狙いやがってッ」
掴みかかるサーシャを、獣人は二人がかりで蹴り倒す。
「サーシャさんッ」
アーサーが倒れたサーシャに駆け寄る。土で汚れたサーシャの肩に手をかける。
「アーサー?」
「大丈夫ですか?」
少しやつれたサーシャの顔に驚きの表情を浮かべている。
騒ぎに聞き付けた警備兵がやって来た。
「なんの騒ぎだ」
「こいつが、俺達が金盗ったんだと言いがかりをつけてきて」
「言いがかりじゃないッ」
叫ぶサーシャ。
「ふん、子供の言うことなんて信じられるか。それとも、俺達が盗った所を実際見たのか?」
ぐっ、と詰まるサーシャ。
「お前達が帰った後に金が根こそぎなくなったんだぞ、ミーシャを押し入れに閉じ込めておいてッ、お前達じゃなければ誰なんだよッ、仲間だと思っていたのに、同じ村の仲間だと思っていたのにッ」
サーシャは叫ぶが、獣人二人は鼻で笑う。
「お前は親が誰だか分からないじゃないか。リイシャさんが、連れてきたどこの誰が生んだか分からない、赤の他人でよそ者だ」
アーサーの手に伝わるほど、サーシャの体が震える。
「お前は、父親がわりのナットさんにも見限られて、狩りを教えてもらってなかった。ナットさんだって、内心お前の存在がうざかったんだよ、目障りだったんだよ」
「黙れえぇぇぇぇッ」
サーシャが咆哮のような叫びを上げる。
「だ、ダメですサーシャさんッ」
咄嗟にアーサーがサーシャの体に腕を巻き付ける。サーシャの手がベルトに差したナイフにかかる寸前で、アーサーが押さえつける。もし、ナイフなんて抜いたら罪に問われるのはサーシャだ。
「離せッ、アーサーッ」
「ダメですサーシャさんッ」
激しく抵抗するサーシャは、アーサーを巻き込み倒れる。必死にもがき、起き上がろうとするサーシャ。
警備兵が、念のために獣人をチェックするが、持っていたのは大した額でなかった。
「ふん、お前はよそ者なんだよ。言い様だ。あ、アーシャなら俺達が引き取ってやってもいいんだぞ」
「誰がお前らなんかに妹を渡せるかッ」
「ふん」
「おい、行こうぜ。馬車が出る」
二人の獣人が地面に転がるサーシャをバカにしたように笑う。
ギラギラと睨み付けるサーシャを、必死にアーサーはしがみつき押さえ込む。
「なんだお前?」
獣人の声に、アーサーは視線を上げる。
「リ、リツ様」
獣人の前に立ち塞がるのは、厳しい顔のリツだ。初めて見た。気が付いたアーサーに視線で、そのままと言っている。
「因果応報」
「は?」
「私の国に伝わる言葉よ。自分の犯した業は、いずれ己の身に降りかかる。覚えておきなさい」
「なんだと?」
獣人は立ち塞がるリツに手を出そうとしたが、地響きを立て、空から急降下した白い塊に引く。ショウだ。回りから悲鳴が上がり、野次馬の人混みが割れる。
リツの後ろに空から着地し、ゆっくり翼を広げる。威嚇だ。
獣人二人は狼狽え、逃げるように去っていく。
「ショウ、守ってくれたのね、ありがとう」
「ピィ」
優しくリツがショウを撫でると、獅子の尻尾が左右に揺れる。
「ここで、待っててね」
「ピィ」
リツの言う通りに臥せるショウ。
(賢いな)
(やだ、かわいい)
囁く声が聞こえる。
リツは地面に転がるアーサーとサーシャの元に膝をつく。
ショウの登場に呆然としているサーシャに、リツは優しく笑いかける。
「アーサー君、起こして上げて」
「あ、はい。すみませんサーシャさん、痛かったですよね」
土まみれのアーサーが、サーシャを座らせる。
サーシャが頭を抱える。
「サーシャさん?」
顔色が悪く、痩せ、沈黙するサーシャの肩をアーサーがさする。
「明日、家賃払わないと追い出されるのに、アーシャとミーシャを守らないといけないのに……」
呟くサーシャの声は震えいる。見守っている警備兵も気の毒そうに見ている。
しばらくして、サーシャが顔を上げる。思い詰めた顔で。
「アーサーのご主人様ですか?」
「そうです」
「あの、俺を買って貰えないでしょうか?」
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