再び出会う⑤
流血表現あります。ご注意ください。
「ねえ様、起きて、お誕生日のケーキ焼けたって」
可愛い妹ジェシカがうたた寝をしていた私を揺り起こす。
「ああ、ジェシカ、ごめん。寝てた」
机に伏して寝ていた私は、起き上がる。母譲りの金髪に青い目。とても可愛い8歳年下の甘えん坊の妹ジェシカ。
「早く、早く」
ジェシカが急かすように、私の手を取る。
「分かった分かった」
ジェシカに手を引かれ、居間に向かうと、エリックがいた。2歳下のエリックはしっかり者、私と同じ黒髪と青い目。
「姉様、準備出来たよ」
すでに両親が直席していた。
エリックが椅子を引いてくれる。私は素直に座る。
隣でジェシカも椅子に座る。
テーブルには果物が沢山載ったケーキ。他にも焼きたてのパンに温かいスープ。
「皆様、メインのスノウダックのソテーですよ」
昔から勤めてくれているメイドのターシャが、ワイン色のソースがかかった、焼きたてのスノウダックを並べる。
「さあ、今日はルミナスの15歳の誕生日だ」
父がワインの入ったグラスを少し掲げる。母もグラスを掲げる。
「誕生日おめでとう、ルミナス」
優しい母の声。
「姉様おめでとうございます」
「ねえ様、おめでとう」
エリックとジェシカからもお祝いの言葉が嬉しい。
「ルミナス、新しいドレスだよ。成人のお披露目用だからね」
「ありがとうございます、お父様」
「私からは髪止めよ、お披露目会につけてね」
「お母様、ありがとうございます」
大小のリボンのかかった箱が渡される。
大きい箱にはピンクのドレス、小さな箱には青い石がはまった銀色の髪止め。
「僕達からは花束です」
そう言って、エリックは白い薔薇の花束を差し出した。
「ターシャとマイクも一緒です」
マイクはターシャの夫。花束の中に二人の名前のカードが入っている。
「ありがとう、ありがとう皆」
花束を抱き締める。嬉しい。嬉しい。
………あれ?
家って、こんなに余裕あったっけ?
スノウダックは冬場は油がのって美味しいらしいが、なかなか捕獲出来ないから高価なはず。食べたことあったっけ?
冬場に薔薇って、温室でもないと手に入らない。家の庭には、畑しかないはず。
新しいドレス? 髪止め? そもそも15歳って?
顔を上げると、そこは居間ではなかった。
孤児院だ、前世で13まで育った孤児院。
「え、え?」
抱き締めていたはずの花束がいつの間にかない。
そして目の前には、赴任したばかりの牧師、育ててくれたシスター、帰るといつも歓迎してくれた子供たち。
「え、なんで?」
後ろで破壊音が響き、振り返ると、ライドエル王国の騎士がドアを蹴破り侵入してきた。
「皆、逃げて」
思わず叫び、飛び込んできた騎士の一人に飛びつくが、何故かすり抜けた。そのまま床に突っ込む。
「キャアアアアッ」
起き上がると、一気に回りが火の海になっている。悲鳴の方に振り向くと、そこは炎に包まれたコードウェル家の居間。
血塗れの両親が倒れている。
「お父様ッお母様ッ」
「ねえ様、怖いよう」
泣き叫ぶジェシカの声。
「ジェシカッ」
部屋の隅に追い詰められたエリックとジェシカ。剣を振りかぶった騎士の足の間から、二人の姿が見えた。
嘘、足、動かない。
すぐ近くにいるのに、足が動いてくれない。
顔をひきつらさせたエリックが、泣きじゃくるジェシカを抱き締め、背中で庇う。
「止めてッ」
剣が、エリックを貫いて、ジェシカの目が大きく開かれ、眼球が上転し光を失う。引き抜かれた剣、崩れ落ちるエリックとジェシカ、噴き出す血。
「あああああぁぁあああぁぁぁぁ」
私、絶叫した。
目が覚めると、白い天井。
息が苦しい。全身汗だくで気持ち悪い。くらくらする。
夢? 夢? なら、最悪の夢だ。
「ルナちゃん大丈夫?」
マリ先輩が心配そうに私の顔を覗き込んでいた。リツさんにローズさんもいる。
私はベッドに寝かされていた。ふかふかのベッド、肌触りのいい布団。
「ルナちゃん、分かる? ひどくうなされていたよ」
答えない私を心配するようにマリ先輩が聞いてくる。私は息を整える。
「分かりますマリ先輩。変な夢を見ただけです」
くらくらが治り起き上がる。
部屋を見渡す。広い部屋だ。私の寝かされているベッドに、ソファー、ロウテーブルにはレースのクロスがかけられ、上にはみずみずし果物の飾られたガラスの器。客間かな?
あれ?
怪我がない。あれだけの傷、そう簡単には治らない、マリ先輩の光魔法レベルでは手に負えないはず。あれ? 折れたはずの歯がある。
「そうだ、リツさん、怪我は? ローズさん怪我は?」
自分の傷が治っているのに戸惑い、ベッドサイドにいるリツさんとローズさんの事まで気が回らなかった。
「治してもらいました」
リツさんはフードを変わらずかぶっているが、しっかり返事をしてくれる。
「私もです」
ローズさんも大丈夫のようだ。
良かった。本当に良かった。
「ルナちゃん、ルナちゃんは体何か変な感じしない?」
「いえ、そんなことは無いです」
あれだけの傷を負ったのに、痛みがないし、傷跡もない。あれ? 昔ドジ踏んで角ウサギに突かれた左手の古傷までない。
「何で、治って?」
「ナリミヤ先輩が治してくれたんです。エクストラヒールって魔法で」
「エクストラヒール?」
光魔法最上位の治癒魔法だ。体の欠損を治癒できる魔法で、国でも僅か数人、小国ならいないこともある。それだけ貴重な存在だ。多分ナリミヤという人物も、あのエルフと同様に高レベルなのだろう。
確か、エクストラヒールってかけてもらうのに、とんでもない高額を要求される。
どうしよう、手持ちの資金じゃ絶対足りないぞ。
そんなことを思っていると、リツさんがわなわな震え出す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私がお誘いしたからこんなことに」
「リツさんのせいではないでしょう? あのエルフたちに明らかに非がありますよ」
私が言うもののリツさんは震えている。自分だってひどい目に会ったのに。ここの家主とリツさんは知り合いで、小屋だか間借りし知り合いなら招き入れてもいいと許可まで得ていたのに。リツさんだけではなく私達まで危害を加えた。あの時、マリ先輩を引き倒すのが遅くなっていたら、どうなっていたか、ぞっとする。
「ごめんなさいルナちゃん、私が飛び出したばかりに」
マリ先輩まで謝ってくる。
「違いますよ、マリ先輩、私の実力が足りなかったのです。私の方こそマリ先輩とローズさんを守りきれず、申し訳ありません」
「何を言ってるの、あんな大怪我してまで守ってくれたじゃない。私は無傷なのよ、ルナちゃんとローズがが守ってくれたから」
「マリ様、私はかすり傷です。マリ様のヒールできれいに治りましたから、大丈夫です」
「でも…」
マリ先輩は泣きそうな顔で言う。
「そう言えば、ここは? どこかの宿ですか?」
治療院にしては豪華だし。
「ナリミヤ先輩の家の客間です」
「え、よく入れてくれたね」
確か家主以外はリツさんを煙たがっていたと聞いた。多分あの理不尽な暴力だって、私達に対するあの対応も、その延長に思える。
なので、家の、しかも客間に入れてくれると思わなかった。
リツさんの話では、赤髪エルフを動揺させたのはやはり家主のナリミヤという男。ナリミヤ氏は真っ先に私の治療をし、リツさんを治療。ローズさんはマリ先輩が泣きながら治療したと。リツさんの意識はすぐにしっかりしたが、私の意識が戻らず、この客間に運ばれた。私、結構血が出過ぎたせいかな? しかし欠けた歯を再生し、あれだけの傷を痕が残らない、古傷まで消し、おそらく失った血まで再生するエクストラヒール。前世でも話しか聞いたことしかない最上位治癒術。話以上の効果だな。
…治癒費請求されたらどうしよう、本当に払えない。
そんなことを思っていたが、リツさんの話は続く。私達を家に入れるのにエルフ達は真っ向から反対。しかし、日頃尻に敷かれているナリミヤ氏は、珍しく激怒したと。意識のない私は顔面蒼白だったらしく、再びエクストラヒールをかけ、顔色が戻ったのを確認。この客間に運び込んでくれたと。
エクストラヒール×2? まずい、絶対払えない。
エルフ達がどうなったか気になるが、それどころではない。
そんなことを思っていると、外、ドアの向こうだから廊下側から男女の争うような声が聞こえた。
「旦那様、あの穢らわしいのを、すぐに追い出してください。私達はもう我慢ができません。この家にはレベッカやミナが暮らして行くんです。空気が穢れます」
「いい加減にしろ、彼女が何をした? 僕のせいでここにいるんだぞ。そんな言葉を君から聞くなんて思わなかったぞ」
「旦那様はあの穢らわしいのに騙されているのです。いい加減目を覚ましてください」
「だから、彼女が君たちに何をしたって言うんだ」
「存在しているからです」
「はぁ?」
「あれはこの世の災いような形をしてます。見ただけでお分かりにならないんですか? 近くにいるだけで、穢らわしい、ゴブリン以下の害虫です。旦那様はお優しいから気がついていないだけです。私達は子供達のため、旦那様のため、あの穢らわしいのを、」
バチンッ
「いい加減にしろッお前の顔をしばらく見たくない。他の皆もだ。僕が、いいというまでダラバの拠点にいろ、今すぐ家から出ていけッ」
「旦那様、何故です」
「聞こえなかったのか? 今すぐ出ていけッ」
おう、むかつく。まあ、ナリミヤ氏だろうなこの声。やってくれたから、ちょっとすっとしたが、ちょっとだけだ。リツさんが顔を覆っているのを見ると、やはりあのエルフは許せない。
リツさんの背中を優しくマリ先輩がさすっている。
エルフはナリミヤ氏に何か言っていたが、遠退いていく。でも、ダラバって北の別大陸だよね? 今から行くの?
しばらくして、控えめにドアがノックされる。
「ナリミヤです。入ってもよろしいですか?」
私達は視線を合わせる。リツさんは涙を脱ぐって小さく頷くのを確認。
私はベッドからおり、リツさんの隣に移動。
「どうぞ」
リツさんの声で、キイッとドアが開く。
そこにはま20代半ば金髪の美しい青年がいた。
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