プレゼント②
〆
夕方。早めにアルフさんが帰宅。きっとダビデさんが、気を使ってくれたんだね。
「ただいま、どうしたルナ? ずいぶんかわいいじゃないか」
「自分でも、おかしいと思います」
出迎えた私に、アルフさんは驚いたような顔。
分かってますよ、着られています、ワンピースに。私は無心で返事をする。
「お前は難儀だな」
アルフさんは苦笑い。
空のお弁当を受けとる。
「お帰りなさいアルフさん、丁度準備できたんですよ」
リツさんが、台所から顔を出す。
「いい匂いだな」
アルフさんの後ろについて、台所に入る。確かにいい匂い。
ダイニングテーブルの上に、簡易コンロに昨日アルフさんが作った丸い鍋。中にはフォーアームベアーの薄切り肉、キャベツ、玉ねぎ、ニンジン、キノコ類、そして白い塊トウフ。全体的に黒っぽいタレで、煮込まれている。いい匂い。
着席する。
「では、遅ればせながらアルフさん、お誕生日おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
リツさんが、乾杯の挨拶。
「おめでとうございます、アルフさん」
「ありがとうルナ」
いただきます。
「まずね、卵を割ってね、新鮮だし、浄化かけているから大丈夫よ」
マリ先輩が説明してくれる。魔法の使い方が、何もいいません。
卵割って、混ぜてと。
まずリツさんが、肉や野菜、トウフをよそってくれる。
はい、いただきます。
卵に絡めて、ぱくり。
「うわあ、甘辛い、美味しいですね。卵絡めると、食べやすくなってる」
「確かにそうだな、野菜も絡めると旨いなあ」
アルフさんも絶賛。
ショウはお肉をメインに、ノゾミを野菜メインに、食べている。草食だと思っていたが、なんとノゾミは肉を食べるのだ。ごくごく少量で、私の親指サイズくらいしか食べれない。腸詰一本くらいだ。
白い塊、トウフは、柔らかいなあ。ぱくり、あ、あんまり、味はない? いや、少し甘め、黒っぽいタレと卵と合う。
「これがトウフですか?」
「そうだけど、ちょっと納得できない出来なのよ」
リツさんが首を傾げて答える。
「そうなんですか?」
「なんだか、崩れそうでしょう? もうちょっと固くないといろいろ出来ないのよ」
確かに柔らかいけど。
「いろんな種類があるのよ、トウフにも」
「今度、いろいろ試してみましょう」
「ねぎが欲しいわ」
「白菜もね。あれば、キムチとかいけないかしら?」
「いいわね、キムチ鍋、豚キムチ、チーズタッカルビ、石焼ビビンバ」
リツさんとマリ先輩が美味しい作戦会議開始。なんだろう、よだれが出そうな名前がでてきたぞ。チーズしかわからないけど、リツさんの言うものはなんでも美味しい。よし、私は原材料確保だな。
「さ、ルミナス様、アルフレッド様、新しいお肉でございます」
ローズさんが、お肉をよそってくれた。
「ありがとうございます」
きりっ
あっさりなお肉で、いくらでも入りそう。
〆にご飯を入れて、一煮たちさせて、卵を回しかける。
「うう、美味しい、味が全部染み込んでいて、美味しい」
私は感動する。美味しい。
「本当に旨いな」
アルフさんも美味しそうに食べている。
すき焼き完売しました。
ホリィさんとアーサーが手分けして片づけてくれた。ローズさんがお茶の準備をしている。食後に出てきたのはドライフルーツのパウンドケーキだ。なんだか、シロップみたいのかかってる。
「ドラザールで頂いたホワイトメープル入りです。アルフさんが懐かしがっていたから、私なりに作ってみました」
マリ先輩が、アルフさんの前に出す。
「ああ、ホワイトメープルの香りがする。懐かしいな、ありがとうマリ」
「いいえ、どうぞ召し上がってください」
アルフさんが一口。
「旨い、懐かしい。手間をかけたな」
「いいえ、結局私たちも食べるんですから」
はい、いただきます。ぱくり。
あ、甘さが上品で、なんだろう香りが抜けていく。うわあ、美味しいな。ローズさんのお茶も合う。
ぱくぱく。あ、なくなった。
「マダルバカラではどうやって食べていたんですか? やっぱりパウンドケーキですか?」
マリ先輩が、お茶を飲んでいるアルフさんに聞いてくる。
「クッキーに混ぜたり、お茶に混ぜたりだな。各家庭でいろいろあるが、お袋はこれくらいの小さなパンケーキを焼いてホワイトメープルを挟んでくれていたぞ」
「どら焼きですねッ 小豆、小豆があるんですかッ」
アルフさんの説明に、テーブルに手を付き立ち上がったマリ先輩が目を見開く。あまりの迫力に、のけぞるアルフさん。ローズさんが無言でテーブルを叩き、マリ先輩はすうっと着席。
「あずき?」
「赤茶色の小さな豆です。私たちがいた国のお菓子の材料の代表みたいなものですね」
リツさんが説明してくれる。
「さあ、儂は見たことないな。どんな感じで食べるんだ?」
「煮込んでペーストみたいにして、アルフさんがいったようにちいさなパンケーキに挟んだり、もち米の皮で包んだりします。色は、そうですね、赤から黒っぽいかな」
「すまん、心当たりがない」
「小豆」
小さくマリ先輩が呟き肩を落とす。
そんなマリ先輩の膝にすがりつくノゾミ、寄り添うショウ。
「そういえば、副ギルドマスターが豆好きだから、知っとるかもしれん、聞いておこう」
「お願いします、アルフさんッ」
立ち直り早い。マリ先輩が飛び上がる。再び、ローズさんがテーブルを叩いた。
「話とはなんだルナ?」
お誕生会の後に、私はこっそりアルフさんに声をかけた。例のあれだ、本当に喜ばれるのだろうか? ダビデさんのお墨付きがあるけど、心配だ。でも、呼び出して、わざわざ来てくれたんだ、やるしかあるまい。ええい、腹を括るぞ。
「あの、あのですね、あの、遅くなりましたがお誕生日、おめでとうございます」
私はしりすぼみになる声で呟く。なんだろう、気合入れたのに、恥ずかしい。私はアルフさんにとって、手のかかる子供だ。そう、私にとって、小さいころのエリックやジェシカだ。
「ん?」
アルフさんは屈んで顔を覗き込んでくる。あ、位置的にいいんじゃないか?
「あの、アルフさん」
「なんだルナ?」
「ちょっと、じっとしていてください」
「ん?」
ええい、ままよ、経済的よ、私は一歩進んで、ちゅ、とする。
くわあああああぁぁぁぁぁぁ、やっぱり恥ずかしいッ、エリック、あの時無理にキスを強要してごめんね。こんな気持ちだったんだね。本当にごめん。
「お誕生日、おめでとうございます。あの、ダビデさんが、こうすれば、アルフさんが喜ぶって」
恥ずかし過ぎて、言い訳をする。
「あの、アルフさん?」
言い訳しても、固まったままのアルフさん。やっぱり駄目だったんだ、ドワーフはこういった接触は、未成年特権でも駄目なんだよ。ほっほっほっと笑うダビデさんを恨みがましく思うと。
「あの、アルフさん、アルフさん、ふぎっ」
あまりにも固まって動かないアルフさんが、急に動いて、ぎゅうと抱きしめてくる。
心の中で「ぎゃー」と叫ぶ私。でも、叫べない、時間が時間だ、アンナ達は就寝しているか、準備中のはずだ。ルドルフがぐずると大変だ。
「ありがとうルナ、最高の贈り物だ」
「え、あんなのがですか?」
アルフさんの言葉に少し冷静さを取り戻す。本当にちょっとしただけよ、リツさんやマリ先輩、ローズさんが準備したすき焼きの足元にも及ばないのに。
「なんだ、まだくれるのか?」
「あれだけです。売り切れました」
素早く切り返す私に、アルフさんは噴き出す。
「売り切れか、残念だ。なら、来年も売り出すのか?」
「ら、来年って。私成人してますから、ダメですよ」
未成年特権だよ。
耳元で言わないでほしいな、くすぐったいし。恥ずかしいし。
「ダメか?」
「ダ、ダメです」
いろいろ、ほら、アルフさんの『惚れた女』さんに失礼だしね。今は未成年だかた許される行為だが、来年はダメだ、私は成人しているから。
て、いうか、耳元で囁くように言わないでって。耳、弱いんだって、くすぐったいし、なんか、熱いし。私はたぶん、真っ赤になっていると。アルフさんはようやく体を離してくれる。ごつごつした両手で小さな私の手を包み込む。正面から、向き合うような形だが、私は恥ずかしさのあまり視線を外す。
「ルナ」
「はい」
「お前が成人を迎える時」
「はい」
アルフさんが放った呪文は、次の瞬間、私の記憶を奪った。
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