再び出会う④
流血してます。ご注意ください。
鋭い女の声が小屋に響く。
【風魔法 身体強化 発動】
私は思わず魔法を発動。女の声は確かに威圧があった。それもただの威圧ではない。普通の人なら腰を抜かし、気の弱い人なら気絶する程の威圧。私の索敵スキルが警戒音を鳴らす。
明らかに上位レベルだ、それもかなりの。しかも一人ではない。鋭い声の女以外にも、複数の気配は女程ではないが、威圧を隠すことなく感じることができる。
後方で三人が震えている。
どうする? 女の声からして、ただではすまされない。どう逆立ちしても勝てない。
どうする? 三人をどうすれば守れる?
どうする?
手のひらだけではなく、全身から汗が噴き出す。
ドンドンドン
更にドアが激しく叩かれる。
ドアが破られる。そう時間の問題だ。
強ばる私の腕に、歪んだ手がかかる。
「リツさん」
「大丈夫です。この家の人です。説明してきます」
そう言うリツさんの顔色は悪い。
家の人は今日は出掛けているのでは?
そんな疑問が沸き上がるが、リツさんは足を引き摺りながらドアに向かおうとする。私は咄嗟に手を掴む。振り返るリツさんに私は首を横に振る。駄目だ。絶対駄目だ。
リツさんは大丈夫と答えて、ドアに向かう。
「今、開けます」
リツさんが少しだけドアを開ける。
「何でしょうか? 今、お客様が、あッ」
僅に開いたドアから、白い手がリツさんの襟首を掴み、外に引きずり出す。
慌てて追いかける。
ドアの外、すぐにそばに、燃えるような紅蓮の髪の美しいエルフがいた。今まで散々美しいと表現できる人は見てきたが、このエルフは別格だ。色素の薄い髪を持つエルフには珍しい髪だか、それすら感じない程美しい。その顔が嫌悪感を顕にしていても、美しい。引き締まった腰に下げた剣は、上品な鞘に収まっている。
そのエルフはリツさんをゴミの様に、投げ捨てる。その先には、これもタイプの違う美しい女が二人、手には杖やメイスを持っている。
最悪の予感しかしない。
転がされ、なんとか起き上がろうとするリツさんに、容赦なく杖やメイスが振り下ろされる。
「やめろッ」
叫ぶが間に合わない。振り下ろされる杖やメイス。頭を庇い悲鳴を上げるリツさん。
駆けつけようも、強烈な打撃が顔を襲う。エルフが恐ろしい速度で、私の顔を殴ったのだ。
身体強化してるのに、全く効果がない。見えない。動きがわからない。
たった一発で、私は小屋の壁に叩きつけられる。全身に痛みが走る。息が詰まる。
まずい、まずい、まずい。
レベルの差が、なんて、話じゃない。
絶対に敵に回してはいけないやつだ。
前世の騎士補佐時代でも感じたことのない、どうしようもない力の差。
口の中に血の味が広がる。リツさんの悲鳴は止まらない。小さく蹲るリツさんに容赦なく、振るわれる杖やメイス。庇っている歪んだ指が更に変形する。それで、終わる気配はない。
なんとかしないと、リツさんの体が長く持たない。
吐き出す血の中に、歯が混じっている。鼻血も出てる。
「やめさせろ」
無駄だと思ったが、なんとか立ち上がり吐き出す様に言うが、今後は足が私の腹部を襲う。
意識が飛ぶ。まずい、まずい、まずい。
胃の内容物をすべて吐き出す。
「…やめ、させろ…」
まだ、声が出た。なんとか、声が出た。エルフが私を見下すように視線を投げる。リツさん方に向かおうとするエルフの服を、咄嗟に掴む。当然の様に払われ、ガツンと頭に衝撃が走る。弾みで地面に叩きつけられる。
いかん、火花が飛ぶ。
「ルナちゃんッ」
え、マリ先輩の声。
視線だけを動かすと、マリ先輩とローズさん。
なんで、小屋にいない。
「リツちゃんッ、止めさせて止めさせてッ」
マリ先輩が悲鳴を上げる。
まずい、このままだと。マリ先輩のことだ。
「止めて、止めてッ」
立ち上がる前に、マリ先輩が飛び出していく。ローズさんも追いかける。エルフが気付き、白い手が剣に伸びる。
全身激痛の中に魔力を流す。
【風魔法 身体強化 発動】
腰に下げた剣に手をかける。
ローズさんを抜き去り、駆け出したマリ先輩の腕を掴み、後ろに引き倒す。
無表情に振り返ったエルフ、その宝石の様に美しい緑の目に、私の顔が映る。食い縛った歯の間から、鼻から血をに流した私の顔。エルフと私の剣が同時に抜かれる。
私の剣が、エルフの剣と打ち合うが、まるで紙の様に切り裂かれる剣。私の剣が。なんの抵抗もなく、切り裂かれる。真っ二つに切られた剣先が、吹き飛ばされる。
嘘だろ? 安物とはいえ、魔鉄が混じっている剣だぞ。風魔法を纏わせているのに。
バカにしたようにエルフが笑う。
まずいッ
僅に魔力の流れを感じる。風魔法だ。
「下がれッ」
私はマリ先輩とローズさんに叫ぶ。ローズさんがマリ先輩を抱き締めるように、こちらに背中を向ける。
【風魔法 防御 発動】
考えても仕方ない、後ろの二人を守らないと。
盾が無いから効果は期待できないが、そんなのどうでもいい。
『風魔法の防御は受け流すのだよ』
前世で、風魔法を教えてくれたのは、誰だったか。
レベルの差は明らかだ。ありとあらゆるレベルが。
「ウィンド・バッシュッ」
私の無盾の防御魔法。
「ウィンド・スラッシュ」
エルフの風魔法。中級魔法だが、術者のレベルが高ければ、威力は違う。考えなくても、エルフは風魔法と相性がいいはず、上級者のはずだ。
私のスキルレベルでは、受け流せるかどうか。
ズバッ
風の刃が私の腕と足を切り裂く。ローズさんの悲鳴、くそ、防ぎ切れなかった。
「ローズ、ローズッ、ルナちゃんッ、止めて止めて止めてッ」
マリ先輩が泣き叫ぶ。
まずい、傷が深い、立ってられない。左の腕が動かない。意識が痛みで飛びそうだ。まずい。これ以上、動くと、まずい。
リツさんに振るわれる暴力は止む気配がないが、私は力が入らない。短くなった剣で、何ができる?
エルフが美しい顔を傲慢に歪ませ、ゆっくり手にした剣を振りかざす。
「何をしているッ」
突然男の声が響く。
「旦那様」
あからさまにエルフに動揺が走る。リツさんの知り合いの家主か。
リツさんに暴力を振るっていた二人も、驚いたように手にした杖やメイスを取り落とす。
見逃すか。
ありったけの魔力を絞り出す。
短くなった剣を構え、狼狽えるエルフに向かって、剣先を振るう。
踏み込みだ右足が、傷のせいでぐらつく。
目を狙ったが、ずれた。
私の剣は、完全に動揺したエルフ特有の長い左耳半分を切り飛ばした。
そこで、私の意識が完全に途切れた。