作戦④
なんだろう?
「ドラザールはな、鉱山だけが名物ではない。これはホワイトメープルの蜜だ。儂等からの礼だ。受け取ってくれ」
革袋から出てきたのはガラス瓶に入った、白っぽい密。
「懐かしいな。クリスタムでも見られるとは」
アルフさんが懐かしそうに見ている。なんでもマダルバカラでも名産品らしい。きっとマリ先輩が美味しいお菓子にしてくれる。うふふ、楽しみ。
「ありがとうございます」
リツさんが受け取る。
「それと冒険者ギルドには、闇ギルドの件を報告しておいた。きっとランクアップに役立つはずだ」
これでランクが上がるなあ。きっとアルフさんはC確実だね。ミュートの件もあるし、アーサーも上がるだろうね。
鍛治師達に見送られ、鍛治師ギルドを後にして冒険者ギルドへ。
すぐに応接間に案内される。
「今回の闇ギルドの件、シルバスさんから伺っております」
対応してくれたのは事務方の年配男性、副ギルドマスターのキリクさん。
「拠点はトウラでしたかね?」
「ああ」
こちらはアルフさんが対応。
「闇ギルドの持っていた証明書を確認しました。シェラさんに連絡しましたら、トウラに戻ってから正式にランクの話をするので、戻ったら『すぐに』冒険者ギルドに顔を出してほしいと」
キリクさんが、すぐに、を強調する。
何となく、シェラさんの迫力ある顔が浮かぶ。
「承知した。伺う」
アルフさんも観念したように答える。
それから、もう一泊することになったため、屋敷で待つホリィさんに連絡してもらうように依頼すると、快く受けてくれた。
鍛治師ギルドが、昨日までお世話になったログハウスのコテージを借りてくれたそうだ。キリクさんに見送られ、冒険者ギルドを後にして、山茶花亭に向かう。あのふくよかな女将さんが、分かっているのに案内してくれる。
「何かありましたら、フロントまでお願いします」
「はい、また、お世話になります」
リツさんが鍵を受け取る。
「さあ、今日はお疲れ様。先にお風呂に入る?」
リツさんが聞いてくるので頷く。確かに汗かいてるから、お風呂に入りたい。ローズさんが準備に向かう。リツさんが夕飯の確認、マリ先輩がショウのブラッシングを始める。
さて、私はリツさんのお手伝いでも、と思っていると、アルフさんが私を呼ぶ。
「はい、なんでしょう?」
「ちょっといいか」
「はい」
なんだろう? アルフさんと共にコテージの外に。
「ルナ」
立ち止まり、振り返るアルフさん。
「はい?」
「なぜ、お前は自分を大事にしない?」
「え?」
なんのこと?
首を捻る私。
「ミュートでもそうだが、今回も簡単に囮役を買ったな」
「だって、それが、手っ取り早いというか、なんというか」
私は見た目がっちり子供だから、相手が油断するし、一応女ですから、誰でもいいと思っている下心ある連中にも、多少効果あるかなって思って。モゴモゴ言い訳のように答えると、アルフさんはちょっと辛そうな顔をする。
「ルナ、確かにお前には、戦闘力はある。多少の連中なら撃退できるだろう。だがな、問題はそこじゃないんだ。お前が自分からなんの迷いがなく、危険な役をする事だ。どれだけリツやマリがお前を思っていたか、分からんか? トレントの時も、無茶をして、リツがどれだけ自分の言葉に後悔したか」
う、返す言葉がない。鬘を被って出発した時、リツさんとマリ先輩が最後まで他に方法がないかと考えてたが、私が大丈夫だと押しきったのだ。
「ミュートも今回もたまたま上手く行った。もし、とは思わんのか?
そうなれば、自分がどんな目に合うか」
「そうなる前に自害する覚悟あります」
私が即答すると、アルフさんの表情が固くなる。
「ルナ」
咎めるようなアルフさんの声。
だって本当のことだし。私が囮になって上手くいくなら、安いもんだし。代わりはいくらでもいる、散々言われてきた。前世の事だ。思い出していると、ゴツゴツした手が私の頬を包み込む。
「頼むから、そんなこと言わんでくれ」
アルフさんが、すごく苦しそうな表情で言ってくる。
あ、しまった、私はアルフさんの身内認定されていたんだった。
「お前に何かあれば、みんな、悲しむ、分からんか? 儂もそんなことになれば、相手を生まれたことを後悔させてやる。だがな、何より、儂自身が許せん、お前を守れんかったことに」
「あ、あの、アルフさんが責任を感じることはないですよ」
「ルナ」
「ご、ごめんなさい…」
思わず謝る。
「ルナ、お前を失ったら、儂は立ち直れん。みんなもだ。頼むから、もう少し、自分を大事にしてくれ」
「………ごめんなさい、約束できません」
私はアルフさんの手を、頬からそっと外す。
「私は決めているんです。リツさんやマリ先輩達はこれからも、人の役に立つ功績を残すけど、私はただ、殺すだけしか出来ない。だから、せめて、リツさんやマリ先輩達を守るくらいしないと、生まれ変わった意味がないから。リツさんにも、マリ先輩やローズにも、こんな私でもよくしてくれたから、これくらいして、役に立って死なないと、意味がないんです」
ゴツゴツしたアルフさんの手を握って、私の意思を伝える。
しばらく、アルフさんの赤い目と見つめあう、こればかりは譲れない。先に折れたのはアルフさん。
「なら、儂が、そんなお前を守ろう。そうすれば、後衛のリツ達も守れる。すべての敵からお前を守ろう。ドワーフの盾で、すべてから」
アルフさんが再び、私の頬に触れ、引き寄せられる。
「儂が、ルナ、お前を守ろう」
なんだろう。すごくすごく嬉しい。身内認定されているから、こういってくれているんだよね。私は、手がかかる子供だから。そう、勘違いしそうで、怖い。
アルフさんの顔が近づいて、息が、かかりそう。ああ、この、まま、じっとしていたら。私は目を閉じる。アルフさんの息が、私の口にかかるけど、それだけだ。数秒、鼻先が触れ合う寸前まで近づいていたけど、アルフさんが体を離す。
「ルナ、お前は一人ではない。いいな? みんながおる」
「アルフさんも?」
「当たり前だ。だから、儂を頼れ、いいな?」
「はい」
息がかかるほどの近さで、私はされるがまま、アルフさんだから、されるがままだ。でも、嫌じゃない。むしろ、ずっと触っててほしい、子供特権で。
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