作戦①
チンピラ
「どういうことですか?」
マリ先輩が狼狽えた声を出す。
その声に反応したのか、ショウとノゾミが顔を上げる。
シルバスさんの話だと、ハララナイ子爵連中がたむろしていた場所を、暗闇でも見える鍛治師が襲撃。基本的にドワーフは強靭な肉体を持つ。特に鍛治を毎日しているドワーフは、常に筋力が自然と鍛えられた、優れた戦士なのだ。特に今回はかつての仲間の遺児を襲ったことで、元々ハララナイ子爵にいい感情を持っていなかった鍛治師の怒りが爆発したと。魔力金属を扱えるために、身体強化する魔法も使えるドワーフが、自慢の武器を掲げて四方八方から雪崩れ込んだと。先頭はもちろんシルバスさん。
…………きっと壮観だったろうなあ。
たむろしていた小屋は木っ端微塵、10人の浮浪者以上、盗賊以下みたいな連中、チンピラを縛り上げた。連中はハララナイ子爵の汚れ仕事を請け負っていたが、使い捨ての位置にいた。主に、恐喝らしい。弱い立場のものには暴力を振るうこともあるらしく、捕らえたくても尻尾を掴ませないし、ハララナイ子爵は横槍をいれるしで、ドラザールの人達は歯痒い思いをしていた。
まず、小さな灯りを真っ先に消して、叩きのめしたと。その際に連中の1人が叫んだ。
「ふざけんなッ、俺らの仕事は取られて、まだ、何もしていねぇッ」
シルバスさんは、叫んだ男を頭を掴み、骨を軋ませた。
「どういうことだ?」
頭を潰される恐怖から、男は全部吐いたと。
ハララナイ子爵夫人は最近別の連中を雇い入れていた。縛り上げた連中は捨てられる寸前だったらしい。いわゆる闇ギルドの連中だったと。
「俺達は口封じされる」
「お前らはチンピラだからな。で、その闇ギルドの連中は何を狙っている?」
「グ、グリフォンだ。大人しいグリフォンを奪えって。俺達は周りにいる連中、特に男らは俺達に始末させようとしていた。あのガタイのいいやつは、短期間でランクを上げたって聞いた。勝てるわけはい、捨てゴマにされる」
チンピラ程度が、アルフさんに束になっても勝てるわけない。
「何故グリフォンだ」
「高く売れるからだ。上位の魔物は高額だから。テイマーの女は捕まえて、残りは好きにして、性奴隷で売るって。みんな上玉みたいだから」
シルバスさんは男をぶん殴ったと。
その闇ギルドの連中がどこにいるか、チンピラには分からないが、私達がドラザールを出た辺りで襲う予定だったと。今日、私達がドラザールを出ることも、調べれば分かるはずだ。鍛治師ギルドに馬車を預けているし。
アルフさんとアーサー、ローズさんから、何かめらめら出てきてる。
「どうする? 闇ギルドの連中はどこに潜んでおるか分からん。冒険者ギルドに言って、護衛を雇うか? 口添えするぞ」
襲われる前提だね。
「その闇ギルド、人数は?」
「23人」
向こうのレベルにもよるけど。
狙いはマリ先輩とショウ。マリ先輩の狙われる要素が増えていく。
「どうする皆?」
リツさんが、マリ先輩の手を握って振り返る。
「殲滅だな」
「はい、そうですね」
「そうです全滅です」
アルフさんの言葉に、アーサーとローズさんが危険な同意。まあ、私も同意見だけど。
チンピラの連中の話では、闇ギルド連中で一番強いのは、元Dランクの冒険者らしい。うん、勝てそうな気がする。
しかし、マリ先輩やリツさんを危険に晒せない。
だけど、いつかは襲ってくるし、冒険者達を雇うのも手だけど、警戒されるし。うーん。
「あ、そうだ。どうせ、襲われるなら、襲わせましょう。私にちょっと考えあります」
ガラガラガラガラ。
魔法馬に引かれた馬車が、守りに挟まれた街道を進む。
馭者台には茶色のマントの片目の大男と、灰色かかった緑のマントを黒髪の女。グリフォンが低空飛行で馬車の後ろつき、幌から茶色のマントに茶色の髪の女が顔を出す。
闇ギルドの男、元Dランクが、後ろの仲間に合図を送る。
すでに配置に着いている。ハララナイ子爵夫人に前から雇われていたチンピラは、昨日、鍛治師ドワーフ達に叩きのまされたらしい。まあ、どうせ、捨てゴマにするつもりだったから、別に構わない。もしかしたら、警戒されて冒険者でも雇われたら、グリフォンを捕らえにくくなる。だが、どうやらしゃべっていないようだ、口を閉ざしたのだろう。最後に雇い主のハララナイ子爵に義理立てしたと都合よく考える。
「テイマーは殺すな。馭者台の男を先に殺せ」
弓を持った男三人が構える。グリフォンがすうっと、上昇する。
ギリギリ、と弓を引き絞るが、放たれることはなかった。元Dランクが振り返ると、空気を切り裂き、グリフォンが急降下。
「ぎゃぁぁぁぁぁッ」
弓を持った男の一人がグリフォンの鉤ヅメで顔面を切り裂かれる。怯んだ近くの二人の弓兵に、グリフォンが鋭い鳴き声を上げると肘から上が切り飛ばされる。
(大人しいグリフォンじゃなかったのかッ)
身構えるが、白い翼を広げ、グリフォンは再び上昇。
(まずい、まずい。テイマーの女を押さえなければ)
「やれッ。テイマーを捕まえろッ。他は殺せッ」
悲鳴を上げる三人を構っている暇はない。
問題は短期間でランクを上げた大男。総鉄製の槍を持っていたから、かなり強者なのだろう。この大男さえなんとかすれば、後はまだ子供と言ってもいいような女達と男が一人だけ。なんとでもなる。そう踏んでいた。
だが、テイマーと思われる茶色の髪の女が、もう一人の男、槍を持った黒髪の少年と幌から出てくる。
「男は殺せッ」
数人が斧や剣を構えて襲いかかる。
黒い刃の大きな槍の先から、石の礫が連続して放たれ、次々に倒れていく。命までは、奪われていないが、動きを止めるには十分だ。
テイマーの女は黒髪の後ろに隠れるようにしている。
礫から逃れた男達が、黒髪に接近するが、黒い刃は一閃され、血が噴き出す。まだ、少年と言ってもいいような黒髪が、一切の迷いも躊躇いもなく、槍を振り回す。ただ、振り回すだけではない、確実に狙い定めて切り裂いていく。
片目の大男は馭者台から下り、こちらも躊躇いなく槍を突きだし、石の礫を放つ。次々に絶命していく仲間達。魔法馬を挟むように降り立つのはグリフォンだ。鋭い声を上げると、怯み、後ずさる。馭者台にいた黒髪の女は幌の中に入る。避難したんだろう。
瞬く間に数が半数以下になる。
(なんなんだ、あの男はッ、あのガキはッ)
大男が突き出した槍は、簡単に人の体を突き破る。人の体をだ。
(くそッ、強化系の魔法かッ)
元Dランクが歯噛みをする。
身体強化や武器強化は、誰でも使える。理論上は。
魔力をひたすら体にながし続け、魔力感知を覚醒させ、それからも魔力を流して流してやっと手に入れる。それまでが、時間がかかり、地味で、根気がいる。強化系の有用性を理解しているものは、それを当たり前にように、こなしと、耐えて、努力して獲得する。元Dランクは早々と挫折し、結局、レベルもランクも上がらなくなり、闇ギルドに流れた。腕っぷしだけあればなんとかなる方に、逃げた。
視界の隅で、茶色のマントが、動く。
テイマーの女の茶髪が揺れて、森に向かっていたのが、見えた。
その先には、伏せているはずの仲間がいるはず。
テイマーの女はドラザールで武器を携帯していなかった。テイマーは、戦闘は従魔任せ指示を出すため、戦闘力は大したことないはず。大方、戦闘に恐れをなして逃げ出したのだろう。
(あのテイマーさえ、押さえれば。グリフォンを操れる。人質にして、馬車を奪えばなんとかなるッ)
元Dランクはそう考え、武器を取り、茶髪の逃げた方向に向かった。
木々の間を抜けて、茶髪が走る。途中で飛びかかる男を、身軽に避けて、走る。そして、少し開けた場所で立ち止まる。
残党が、テイマーが囲む。元Dランクも追い付く。静かに佇む茶髪。焦ることなく、フードを被ったまま、ゆっくり周囲を確認。
無傷の残党は8人。うち二人が剣を構える。
「殺すなよ」
「分かっている」
そんな事を話ながら、距離を詰める。
茶髪の口元は変わらない。表情一つ変えない。
(様子がおかしい)
そう感じた時にはすでに遅し。茶髪が恐ろしいスピードで、駆け抜ける。茶色のマントの下に、黒みがかった光るもの。
(剣だ、なぜだ、テイマーのはず)
フードが風に揺れて、頭が現れる。スピードで、あり得ないことに、茶色の髪がずれる。
ぱさっ
茶色の髪が地面に落ち、現れたのは黒い髪。
青い目、やっと幼さが抜けたような顔の美しい少女。
(違う。はめられた)
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