鉱山⑥
続、トラブル
「手を出したらどうなるか分かっているんだろうな」
その二が何度も同じようにことを言う。ボキャブラリーが少ない。
「なんだ? お前さんはそんなに偉いのか? こんな子供を森に引きずり込んでおきながら」
アルフさんのこめかみが静かにひきつる。私ももう一発殴りたい。
「叔母様はハララナイ子爵夫人だぞ、ここの鍛治師ギルドにも顔が利く。お前達なんか叔母様が奴隷落ちにしてくれる」
ふーん。
「で、お前の爵位は?」
「は?」
私が聞くと、その二は間抜けな返事。
「爵位だ。子爵か? 男爵か?」
その二の顔が真っ赤に染まる。
「こいつには爵位なんてありませんよ。その叔母様ってのは、もとメイドで後妻に入っただけです。平民ですよ」
軽蔑している若い警備兵が教えてくれる。
その叔母様とらやは迷惑してないんだろうか? 子爵夫人とは言え、元メイドで、子爵当人と血の繋がらない甥の尻拭いをしないといけない。しかも、何度もやってるみたいだし。
迷惑かけてるっと、思わないのかな?
「おい、お前」
「ん? 私?」
考えていると、その二が声をかける。何か?
「お前、奴隷になりたくなかったら、今晩相手をしろ。そうすれば、なかった、ごふッ」
その二が言い終わる前に、アルフさんの槍(柄の部分ね)が鼻を強打。再び鼻血が噴き出す。
二人の警備兵は無言で見ている。ざまあみろみたいな目だ。
その一とその三は、躊躇いのないアルフさんの一撃に、更に青ざめる。
「さて、どうしてくれようか?」
アルフさんがギリギリと槍を握り締める。怒ってますね。私はアルフさんに身内認定されてるからね、怒ってくれて嬉しい。
「君、こっちへ。全く性懲りもないな、こいつら」
年上の警備兵が、私を呼ぶ。あ、そうだ。
「あの、私未成年です。これを」
私はグラウス・バッシュとばかりに、冒険者カードを出す。
出しながら、リツさんとアーサーの姿が見えず、首を回すが、詰所にはいない。どうしたのかな?
二人の警備兵はぶつぶつと相談。
マリ先輩に、リツさんの事を聞くと。
「ナリミヤ様と連絡取ってるわ」
「え? ナリミヤ氏と?」
「また無罪放免されたら、同じ事になるわ。被害者をこれ以上出さないために、ナリミヤ様に相談するって」
確かに。
こそこそ話していると、誰かが駆け込んで来る。
うわあ、趣味悪い。
四十過ぎの化粧の濃いおばさんだ。指輪に、イヤリングに、ネックレスが重そう。しかも、派手なデザインだね。
「あぁ、おばはま、おばはまッ」
鼻血を出しながら、その二が上手く舌が回らないが叫ぶ。
「まあ、マクシミリアン、なんてことなの、なんてひどい事を」
金切り声を上げる叔母様。ハララナイ子爵夫人だっけ? なんか、品がない。
「誰がこんな事を?」
「私です」
「儂だ」
隠れる気なんてない。手を上げる私とアルフさん。
「あなた達、自分が何をしたか分かっているのッ」
眉を吊り上げるハララナイ子爵夫人。
「何って?」
私が馬鹿にしたように言う。
ハララナイ子爵夫人は手にした扇を振り上げるが、アルフさんとショウが素早く間に入る。背丈のあるアルフさんに、グリフォンのショウにさすがに怯んでいる。
「ハララナイ子爵夫人、このもの達は、未成年の少女に対して暴行しています。しかも、こちらの少女には夜の相手をさせようとしていました。彼はそれに、怒ったんです。この子も未成年ですよ」
年上の警備兵が説明。
「ちかふんだ、おばはま、ぼくたひがたすけようとしたんら、こいつらがはんにんなんら」
何を言ってるのこいつ。
「まあ、そうなの。ちょっと、ちゃんと調べたの? 早く縄をほどきなさい。私を誰だと思っているの? ちょっとあなた、よくも助けようとしたマクシミリアンがこんな目にあっているのを、黙っていられるわね。あ、あなたもお金欲しさに狂言言っているのね。なんて恩知らずなの。貧乏人は卑しから嫌いだわ」
バティちゃんの顔が真っ赤に染まる。
「いくら欲しいの? まったく、汚らわしい。そうやって男からお金を巻き上げているのね。きっと孤児ね。それか親が娼婦ね。そうなのね、あなた娼婦なんでしょ」
私、こいつ、殴っていいかな?
「私はこの三人に襲われましたッ。この人とこの人が助けてくれましたッ」
バティちゃんがその一、その二、その三を指し、次に私とアルフさんを指す。
「なんて礼儀知らずな娼婦なの? 私が話していいなんて許可したかしら? 本当に品がないわね。ああ、嫌だわ。さ、マクシミリアン、帰るわよ。そこのあなた、この二人は奴隷にしておいてね。もちろん重犯罪奴隷よ」
まあ、確かに高い地位の貴族には、話しかけるには許可いるけど。これに敬意を払う気ないなあ。アルフさんも呆れ顔。
「何をしているの、縄をほどきなさい」
警備兵の二人に命令するハララナイ子爵夫人。しかし、警備兵二人は嫌悪感を露にし、動かない。その二がニヤニヤ笑いを浮かべる。その一、その三は安心したような顔だ。
動かない警備兵に、しびれを切らせて金切り声を上げるハララナイ子爵夫人。
「早く、縄をッ」
バダンッ
詰所のドアが派手な音を立てて開け放たれる。
振り返ると、鬼のような形相のドワーフ。髪は白髪混じりの茶色で、デカイ、横幅が、腕が太い。手には槌、いや、大型ハンマーを持っている。
鬼ドワーフは息を吸って、怒声を放つ。
「儂らのバティを拐かしたバカどもを出せッ、儂が叩きのめしてやるッ」
手にしたハンマーを振り下ろし、破壊音とともに板張りの床にめり込む。
うわあ、声がすごい。鼓膜がビリビリする。
後ろにはギースさん。
そのあまりの声量に呆気に取られたていたその三が、私とアルフさんを指す。
「この二人が、その子を襲って…」
「そんなわけないじゃろうッ、お前ら、いい加減な事いいおって、今回は逃げられると思うなよッ」
咆哮を上げる鬼ドワーフ。
再びハンマーを振り上げるが、アルフさんが柄を握って止める。
血走った目で鬼ドワーフがアルフさんを見上げるが、アルフさんは静かに答える。
「ギルドマスター、あの子が怖がっとるぞ」
鬼ドワーフがちらりとバティちゃんを見て、大きく息を吸う。
「バティ、怪我はないか? 儂らが来たからな、もう大丈夫だからな」
声量が落ちた声でバティちゃんに話しかける。この人、ここの鍛治師ギルドマスターなのか。
「…………ギルドマスターァァァ」
バティちゃんは泣き出して、走って鬼ドワーフにしがみつく。
よしよし、と頭を撫でる鬼ドワーフ。うん、優しい鬼になった。
「バティや、ギースと外におれ。ちょっと話をするからな。ギース、頼むぞ」
「はい」
ギースさんにバティちゃんを預け、詰所の外に見送る。
見送って、鬼ドワーフからじわじわオーラが溢れてくる。怒りのオーラが。ハンマーを握り締め、言葉を失った三人の男達と、ハララナイ子爵夫人に、ギラギラした目で睨み付ける。汗をダラダラ流している。
「さあ、覚悟は出来ておるだろうな? なんの咎もなく、ここから無事に出られると思うなよ」
「………わ、私を誰だと思っているのッ、ハララナイ子爵夫人よッ。こんな事をして、タダで済むと思っているのッ」
金切り声を上げるハララナイ子爵夫人。うわあ、顔が、汗で化粧が崩れて汚ないなあ。
「うちの商会との契約を打ち切られたいのッ?」
「はんッ、お前の所の商会一つ繋がりがなくても、なんの問題もないわ。ドラザールの鍛治師ギルドを嘗めるなよ」
吐き捨てる鬼ドワーフ。
「おい、お前ら」
その一とその三に、ハンマーの先を突きつける。
「お前らを親はもう来んぞ。意味は分かるな?」
さーっと、絶望の表情を浮かべる二人。見捨てられたな。
その二は、けばい叔母様のおかげで、まだ、なんとか平静を保とうとしている。
「ハララナイ子爵の商会は、あのトウラの鍛治師ギルドと繋がりがあるのよ。あのSランクの鍛治師、ダビデと繋がりがッ」
「黙れ」
アルフさんの鋭い声を上げる。声と同様に、鋭い表情で。
「副ギルドマスターを呼び捨てにするな。あの人はクリスタムでも最高ランクの鍛治師だ。こんな事をする連中の肩を持つと思うなよ」
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