帰途 おまけ?
おまけ?
ちょっと長め
ルナが自室に帰った後、早めに就寝した。
アーサーはベッドの中で、もぞもぞと体の向きを変える。
「……あの、アルフさん」
小さく、聞いてみる。
「なんだアーサー? 早く寝ろ」
起きていたアルフレッドは、返事をしてくれる。
「さっき『惚れた女』って言ってましたよね」
「聞いていたか」
「はい、それ、ルナさん、ですよね」
「………まあな」
寝返りを打つアルフレッド。
アーサーも背中を向けるように寝返りを打つ。
「ルナさん、多分、気が付いてないですよ」
「言うなぁ、お前」
「だって」
アルフさんは背は高いし、顔はいいし、強いし、鍛治はできるし。ぐちぐち。
「筋肉すごいし、なんか、悔しい。でも、アルフさんにも、どうにもできないことあるんだなって」
アーサーは息をつく。
「お前、儂をなんだと思っとる?」
「おばあちゃんくらい、なんでも出来る人」
アーサーにとって、死んだおばあちゃんは全てを教えて育ててくれた、たった一人の家族だ。
街で行われていた無料の読み書き教室にも通わせてもらえず、毎日毎日、農作業。溺愛された兄だけは、無料教室以外にも、様々な手習いを通わせもらっていた。おばあちゃんは何度も息子夫婦に注意しても、アーサーだけは、朝から晩まで農作業。とうとう、おばあちゃんが激怒したが、それでも変わらなかった。
埒が明かないと、アーサーの読み書き、計算、そして魔力スキル、全てをおばあちゃんが教えた。アーサーにとって家族であり、学力の先生であり、魔法の師匠。厳しかったが、どんな小さな事でも誉めてくれる優しいおばあちゃん。完璧な人。
アルフレッドは、おばあちゃんとは違うが、いつも穏やかで、丁寧に槍や盾を教えてくれる。決して怒鳴らない。決して否定しない。そして、強い。まだルナにも勝てたことないが、レベルが上がってから、いい勝負ができるようになった、アルフレッドには歯が立たないが。身体強化しても。アルフレッドのアーサーの中での位置は、戦闘系スキルを教えてくれる、頼りになる大人の男性だ。いつまでも追い付けない人だ。だが、ルナに関してだけは、まごまごしているのを見て、妙に親近感が沸いた。
「それは、光栄な事だな。だがな、惚れた女に振り向いてもらえないなら、虚しいぞ」
「なんか、分かりますよ…でも、ルナさん、まだ未成年ですよ」
「言われんでも分かっとる」
アルフレッドさんは深く息をつく。
「お前はどうなんだ? このままなら、リツを横から取られるぞ」
「うぐっ」
アーサーは唸り声を上げる。一番恐れている事だ。ティラ商会でホリィがアルフレッドの事を『旦那様』と呼んだ。頭が真っ白になった、アルフレッドを見て絶対に勝てないと直感。だが、居候と聞いてどれだけほっとしたが、ひやひやしていた。リツは器量がいいし、料理は上手だし、いつ、アルフレッドが好意を持つか。そのアルフレッドの視線の先にルナがいたことに気付くのに、そうは時間はかからなかったが。だが、アルフレッドはいいとしても、いつ誰がリツの魅力に気付くか。
銀色のさらさらの髪、鮮やかな瑠璃色の瞳、可愛らしく整った顔立ち、バランスの取れた肢体。そして、何よりも、深い懐。優しい、優しいリツ。今、冒険者ギルドや鍛治師ギルドに出入りしている。誰かが、目をつけてもおかしくない。
「はは、アーサーも『炉』に火を入れて『鉄』を溶かさんとな」
「炉? 鉄?」
アーサーはアルフレッドの方に体を向ける。
「ドワーフの古い隠語さ。『炉』は自分の心。『鉄』は生涯通して愛し抜くと決めた相手だ。『炉』に火を入れて、『鉄』を己に振り向かせるって意味だ。今時、そんな言葉は使わんがな。まともに顔を見れないなんて、話にならんだろう」
「ううぅぅぅ。リツ様の顔を見ると、心臓がばくばくして、顔が熱くなって、上手く話ができない」
「まあ、頑張れ」
あっさり言うアルフレッド。
「お前が女で、リツが男ならない話ではないがな」
奴隷の女が、購入主に気に入られて、なんて話はないわけではないが。アーサーの場合の事例は聞いたことがない。
ベッドの中でもアーサーはもぞもぞもぞもぞ。
「確率、低い。あ、でも、もしルナさんが他の人の所に行ったらどうするんですか?」
「酷な事聞くな。ルナがそれで幸せなら、儂は身を引くよ」
「え、いいんですか?」
「それでルナが幸せなら、儂はそれでいい」
アルフレッドの返事は変わらない。
「それがドワーフだ。惚れた相手が嫌がることはせん。引き下がる事が相手にとって幸せなら、なおのことだ」
「そう、ですか。アルフさんが、いいならいいですが……」
もしそうなった時、アルフレッドは変わらない穏やかな顔して、祝いの言葉を述べるだろう。腹の奧は分からないけど。
アーサーはきっと耐えられないだろう、リツが誰かと手を取り合うなんて、想像しただけで、腸が煮えるような思いだ。
「アーサー、もう寝ろ」
「はい、お休みなさい」
「ちょっとフルリオッ」
アルフレッドを歯軋りしながら見送った後に、アイランはフルリオの元に乗り込んでいた。
慌てて止める騎士と召し使い達を圧倒し、どかどかと乗り込んだ。元々、古い付き合いのあるフリオルに誘われてトウラからミュートに移住した鍛治師だ。ここの騎士達とも交流があり、ほぼ顔パスなのだ。姉さん気質で、ミュートの騎士達に慕われているため、強く止められなかった。
「なんだ、アイラン、血相変えて」
「分かっているだろうッ、アルフレッドだよッ、なんで引き留められなかったんだいッ」
「本人にその意志がないなら、無理だろう」
フルリオは深く息をつく。
「確かに鍛治師としていい腕だが、何をそんなに欲しがる? 説明してくれ」
昨日、アルフレッドを呼び出す前に、アイランが訪ねてきた。
「なんとかして、ここに引き留めておくれ」
随分切羽詰まったようだったが、肝心の理由を話さない。
結局、引き留めとれられなかった。
「なぜ拘る?」
「………人払いを」
「分かった、下がれ」
入り口に待機している騎士と召し使いに下がるように目で合図する。
「下がらせたぞ」
「フルリオ、あんたを信用しているから話すからね。他言無用だ」
神妙な顔でアイリンは、言葉を出す。
「あのアルフレッドはアダマンタイトを扱える」
「アダマンタイト、をか?」
フルリオが疑わしくアイリンを見るが、嘘を言っているようには思えない。
この金属を扱える鍛治師は極わずか、クリスタムの首都マリベールに僅か二人だけしかいないはず。
「本当だよ」
アイランはトウラからの納品した際に、腐れ縁のバルハが下げていたナイフに気付いた。一見、魔鉄のナイフのようだが、鍛治師としての勘が働いた。
「バルハ、それは。まさか?」
「ああ、これか? いいだろう? うちのトウラの鍛治師ギルドの若手が作ったんだぞ。いいだろう? 見事な作りだろう? 酒は飲めんが、いい男だし、腕っぷしもいい、背も高い」
ほーらほーらとナイフを見せつける。
「背が高い? さっきの片目の男かい。確か、ギルドに所属していない、流れの鍛治師のはずだ。うちでスカウトしても問題はないはずだよ」
納品時に、アルフレッドが付与の作業をしたことで、アイリンは礼ついでに話をして流れの鍛治師であることを聞き出していた。
だが、バルハはニヤニヤッと笑う。
「残念だったな、アルフはトウラに部屋を借りとる。最高の飯付きのな。しかも、将来楽しみな上玉がおるんだよ。健気に鍛治師ギルドにアルフが来る日に弁当を差し入れる、めーんこい娘がな」
その華奢の少女がまさか、盗賊連中をためらいなく切り伏せていたのには、度肝を抜かれたが、伏せておく。
「だったら、その嫁と一緒に」
「更に残念だな、その娘は子供じゃ。アルフはドワーフだからな、今は『炉』に火を入れて『鉄』を溶かそうとしておるんじゃ。邪魔なんぞせんよなぁ? このギルドに引き入れたいのに、邪魔はせんよなぁ?」
そう『炉』に火を入れている者に、年長者は暖かく見守る習慣がある。頑固なドワーフは、昔からある習慣を守らないわけない。バルハは分かって言っている。
「ぐぬぬぬッ」
「アルフがアダマンタイトが扱えるなんて、本国には言わんだろうなぁ? そんな事になったら、アルフはトウラから離れることになる。ここに引き入れたいなら、せんよなあ、そんな事」
ぐふふふふ、と笑うバルハにアイランがギリギリと歯軋りをした。
「あの若さでアダマンタイトだよッ、マダルバカラならいずれ王宮付き鍛治師筆頭にもなれるような才能だよッ、絶対にこのミュートに引き入れるべきだよッ、魔の森、ワイバックの戦力確保の為にッ」
今のミュートの問題だ。
アイランはただ、冒険者や騎士達の生存率を上げるために、良質な武器や防具を作りたいだけだ。アダマンタイトは扱いが難しいが、少量含ませるだけで強度を上げる。そして、少量ならある程度のレベルになれば使いこなせる。その少量を含ませることさえできれば、いいのだが、それができるのは超一流の鍛治師だけ。クリスタムにもいるが、マリベールの鍛治師ギルドが手放さずにいる。
「お、落ち着け、アイラン、落ち着け」
鼻息荒く目を血走らせたアイランが槌を片手に、フルリオに掴みかかる。
「鍛治師として無理なら、冒険者として引き留められないかと思ったのにッ」
「落ち着け、アイラン。はい、息吸って、はい、ふー。はい、ふー」
「ふー。ふー」
アイランを落ち着かせながら、いろいろ合点がいった。ハルバートを持つ元Aランク冒険者の鎧を切り裂いた、奴隷の槍はおそらくアダマンタイトを含ませていたからだと。あの鎧はミスリルと魔鉄の合金の鎧。しかも、ミュートの中隊長クラスが着る鎧より上質だった。おそらく身体強化もし、その影響を受けた鎧を切り裂いた槍。かなりの量のアダマンタイト含ませているはずだ。その奴隷少年のレベルは分からないが、闇魔法スキルが高いからそこそこ高いのだろうが、その冒険者くずれと、レベルの差がかなりあるはず。向こうは元とはいえAランクなのだ。
(奴隷になんて槍を持たせているんだ。ある人から預かっていると言っていたが、どんな人物だ。まさか、ビルツが言っていた未成年にも似たような武器を持たせているのか? 自分は魔鉄の槍なのに?)
フルリオは考えるのをやめる。もうミュートを去ってしまったのだ、確かめようがない。それに騎士隊からの指名依頼を辞退したのだ
、何か事情があるのだろう。
「今回は向こうの都合が悪かったから、諦めよう。いいな、アイラン?」
フルリオが確かめるように言う。
息を整え、アイランが徐々に落ち着く。
「ああ、分かった。でも、諦めないよ」
「今回の事で、ランクも上がるだろう。まだ冒険者になって日が浅いが、実績さえ積めば指名依頼もそのうち出せる。まあ、鍛治師としても武器の製作も受けるようだし。アイラン、これくらいの刃のナイフなら、アダマンタイトを含ませたらいくらになる?」
フルリオは腰に下げていたちょっと小振りなナイフを見せる。
「そうだね。含ませる量にもよるけど、1割くらいで、最低これくらいだね。刃の部分だけだよ。付与なし、指名料なしの額だよ」
アイランが指で額を示す。
「2割になると」
「倍になるよ」
「桁、間違いないか?」
「正当額だよ。なんだい? 武器の新調かい? 仕方ない、トウラの鍛治師ギルドに連絡を」
「妻と相談させてくれ」
今にもギルドに戻ろうとするアイランを、フルリオは止めた。
読んでいただきありがとうございます
明日の更新はお休みさせていただきます
すみません