帰途⑤
帰る
バルハさんが、城門前で、誰かと言い争っている。
髪からして、女性みたいだけど。何事?
「残念じゃったな、アルフをここのギルドには所属させんぞ。トウラの鍛治師ギルドのものだ」
「うるさい、おだまり、このミュートだって将来有望な街なんだよ。こちとら、向こうの条件全部飲むんだからね」
あ、女性のドワーフだ。ちょっと白髪の混じった髪を縛って、片手に槌を持ってる。ミュートの鍛治師みたい。
「はん、アルフはな、トウラにすでに部屋を手に入れておるんだよ。最高に旨い飯つきのな。しかも、これまた将来楽しみなて」
ガツンッ
アルフさんの槍(柄の部分ね)がバルハさんの頭を直撃。
え、ギルドマスターだよね。
「………ギルドマスター、余計な事、言わんでもらえるかな?」
妙に迫力のあるアルフさん。
バルハさんが、汗を流してすまんすまん、と繰り返す。
「それと、アイランさん、儂はトウラから離れるつもりはない。話は有り難いがな」
アルフさんの言葉に、バルハさんが、へへーん、みたいな顔をして、アルフさんの槍(柄の部分ね)が足の甲を直撃。
「アグッ」
だから、ギルドマスターだよね。なんか、子供みたい。
アイランさん、と呼ばれた女性ドワーフは、ミュートの鍛治師副ギルドマスターで、アルフさんをミュートに勧誘していたみたい。まあ、アダマンタイト扱えるしね。
「く、仕方ないね。で、そのて」
「アイランさん」
アルフさんの迫力ある笑顔が、アイランさんを黙らせる。
なんだろう?
足を擦って、バルハさんが、顔を上げる。
「あ、そうだアルフ、あのからくりの枷は持っとるか?」
「ルナに預けておる」
「そうか、トウラに戻ったらダビデ爺に渡すから無くさんでくれな」
「はい」
マジックバック内だから、大丈夫ですよ。
来た時と同じ、魔法馬の荷馬車が乗り込む。商人ギルドの依頼で、野菜が積み込まれている。開拓農民達が作った野菜だ。やっと出荷できるまでにこぎ着けたようだ。じゃがいもにかぼちゃが、豆に、かぶ等だ。ミュートとトウラの間の道は整備され、驚くほど揺れないから、野菜にもダメージないだろうね。
「あの護衛についたマルコフさん達は、今回の依頼どうなるんですか?」
私が気になっていたことを、バルハさんに聞く。
「ああ。そのことか。事情が事情だからな。冒険者ギルドと相談して、鍛治師ギルドから依頼を途中から断った形にしておいた。アルフに頼まれたからな。そうすれば、彼らの経歴にキズはつかん」
そうなんだ、良かった。鍛治師ギルドの納品の護衛依頼途中で、指名依頼来たからどうなるんだろうって思っていた。ごくたまにこう言った事があるから、それに対しては、ギルドや行政が柔軟に対応していると。
「盗賊の心配も無くなったが、アルフがおるし、嬢ちゃん達もおるしな」
荷馬車に乗り込もうとすると、ビルツさんが、見送りに来てくれた。
「皆さん、お世話になりました。お気をつけてください」
「ビルツ殿、こちらこそ世話になったな」
「また、ミュートに来てください。いつでも歓迎しますよ」
「感謝する」
アーサーがビルツさんの元に。
「あの、ご迷惑をおかけしました」
「いや、君のおかげで、残党狩りが早く終わりそうだし、助かる人もたくさんいる。君のおかげだ」
ぽんと肩を叩く。奴隷に対しても、気さくな人だ。
「アーサー」
アルフさんが呼ぶ。
「呼ばれているよ」
「あ、はい。失礼します」
アーサーが荷台に乗り込む。私は馭者台、アルフさんの隣。
うん、無心で座る。
「さ、トウラに帰るか」
ガラガラ
魔法馬に引かれ、私達を乗せた荷馬車が、出発した。
帰りはなんの問題もなく進む。
トウラの城壁が見えてきた。
ああ、やっと帰って来た。食料足りて良かった。バルハさんが、美味しい美味しいって食べるんだもん。いいけどさ、あ、でもリンゴと洋梨あるから、魔法馬にあげようかな。
なんて思っていると、アルフさんが私の腕を掴んできた。
いきなり、だからびっくり。
「なんです?」
「ルナ、あれ」
珍しく硬い顔のアルフさんの視線の先に、白い翼を広げて飛ぶ物体。あ、ショウだ。ん? ん? んん?
私の口から、自分でも聞いたことがない奇声が上がる。
「おかえりー、ルナちゃーん」
「はよう降りてらっしゃいッ」
呑気に手を振るのは、ショウの背中に乗る、ライドエル王国屈指の財力を持つ、クレイハート伯爵令嬢だった。
絶叫する私。
飛んでるんだよ、空を、鞍もない、不安定なグリフォンの背中に。
アルフさんが頭を抱え、アーサーが口を開けたまま見ている。
ショウがゆっくり旋回して、荷馬車と並走するように、低空飛行して着地。
「おかえり、ルナちゃん」
「おかえり、じゃないでしょッ」
私は止まった馭者台から、飛び降り金切り声を上げる。
「あのね、落ちたらどうするんですかッ、鞍もなし、ショウはまだ子供でしょうがッ」
「え、えと、私くらいなら、飛べるみたいで……」
「飛べるみたいで、飛んじゃダメでしょッ」
「いや、あの、ルナちゃんくらいも大丈夫よ、アルフさんは無理だろうけど…」
「当たり前でしょッ、あんな筋肉ですよッ、浮かぶわけないッ」
後ろで、アルフさんがアーサーにゴニョゴニョ聞いてる。
「儂、そんなに太っておるか?」
「いや、その、あ、仕方ないかと思いますよ。アルフさん、背があるし」
「アーサー、こっち見て返事してくれんか?」
そんな会話にバルハさんが、入ってくる。
「アルフ、気を抜いたら、儂みたいな腹になるぞ」
ぼよん、と出た腹を示すと、アルフさんは自分の腹を確認。ばっきばきに割れた腹筋です。バルハさんが、すごいな、と一言。でも、想像できない、お腹が出たアルフさん。
いや、だめだ。今はこの人だよ。
「そんなに怒らないで…」
マリ先輩がうるうる。後ろに隠れているショウは頭しか隠れてないから、獅子のしっぽを丸めたお尻が出てる。
「ショウなら空飛ぶ馬車が行けるかなって……」
「はああぁぁぁぁ? 空飛ぶ馬車ぁぁぁぁ?」
またとんでもないこと言い出しまよこの人。
空飛ぶ馬車?
マリ先輩が馭者台で笑顔で手綱を握り、馬車の中で、しっちゃかめっちゃかなってる私達の姿が瞼に浮かぶ。
「うん、まだ、先になるだろうけど、せっかくショウは飛べるし……」
私の形相にさすがのマリ先輩も沈黙。
落ち着け、ふー。
「ローズさんは、ショウに乗ってることは、知ってるんですか?」
ぎくうっと、マリ先輩。
「な、内密に………」
「んな訳いかないでしょ、さ、帰りますよ」
「ロ、ローズには、どうかご内密に………」
「ダメです」
バッサリ断る。
「どうか、御慈悲を………」
何を言ってるの。ダメなもんよ、ダメ。
「うわあああぁぁぁん、アルフさん………」
「すまん」
「アーサーくーん………」
「ご、ごめんなさい……」
私の『ねえ様こわい、いや』全開の笑顔で、助けを求められた二人は明後日の方向を向く。
「さ、帰りますよ」
「うわあああぁぁぁんッ」
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