帰途④
サービス
『惚れた女』
アルフさんの言葉が反芻する。
夕食後、食器を片付け私は部屋に戻る。
パジャマに着替えてベッドに潜り込む。
真っ暗な中で、アルフさんの言葉が、頭の中に、繰り返し甦る。
どんな人なんだろう? きっと素敵な人なんだろうな。きれいな人なんだろうな。私なんか、足元にも及ばないくらいに。
私は寝返りを打つ。
眠れない。
アルフさんの『惚れた女』という人を考える。
マダルバカラの人かも、しれない。可能性はある。それなら、いつか、やっぱり帰るんだね。ドワーフの女性かも。ドワーフの女性は懐が深く、料理や裁縫上手。長命な種族だから、待っていられるよね。
私には、出来ないことばかりだ。
リツさんみたいな包容力があって、料理上手だったら? マリ先輩みたいに明るく、誰にでも優しくて、お菓子やパンがつくれたら? ローズさんみたいに家事が完璧で、美味しいお茶が淹れられて、胸が大きかったら?
………………何を考えているんだろう?
ドワーフは一人の女を愛し抜く。おじいちゃんドワーフダビデさんだって、そう言ってたし。
そうだよ、そうだよね。
私は、アルフさんにとって、子供の位置だ。
そう、保護対象の子供。
いつも、助けてくれるアルフさん。
そうだ、その『惚れた女』って人と上手くいったら、お祝いしないと。どうしよう。アルフさんなら、ある程度のものは手に入るからね。やっぱりお花かな? どうしよう、何にしよう。
あれ?
あれ?
私の目から、止めどなく、涙が溢れる。
なんで、なんで、なんで?
アルフさんが、その人と幸せになる。素敵なことだよね。素敵なことだ。
そうだよ、お祝い、しないと。
私は頭から布団を被る。情けない顔を晒したくない。一人部屋だから、誰かいるわけじゃないけど、私は頭から布団を被る。ぼろぼろと流れる涙、歪んだ口、ぐしゃぐしゃな顔。見られた顔じゃない。
でも、なんで? なんで? 涙が止まらない? なんで? こんなに苦しくなるんだろう? なるんだろう?
自分のことなのに、わからない。
いつも、優しく頭をポンポンしてくれるその手で、しらない『惚れた女』を抱くのだ。そう思うと、何故か、ギリギリギリギリ、胸が締め付けられる。腹の奥底から、どす黒い何かが、溢れそうだ。
いかん、いかん。
息を何度も吸う。
落ち着け落ち着け落ち着け。
明日にはトウラに戻るんだ、何でもないって顔しないと。
何でもないって、顔、しないと。
顔、しないと。
次の日。
早めに起きて、持たされた鏡で顔を見る。
良かった、大丈夫だ。
顔を洗って、アルフさん達の部屋に。
息を吸って、はい、大丈夫。
こんこん
「おはようございます。ルナです」
『はい』
すぐにドアが開き、アーサーが顔を出す。
部屋に入ると、アルフさんがいつもの穏やか顔で迎えてくれる。
「おはよう、ルナ」
「おはようございます、アルフさん」
うん、いい感じで返事ができた。
朝ごはんは、持たされたおにぎり弁当にした。
お茶の準備をしていると、ドアをノックされる。
『宿の者です』
ん? こんな朝早く? バルハさんがもう来たとかかな?
『朝食をお持ちしました』
あれ? 食事はお断りしたのに。
アーサーがドアに向かおうとして、アルフさんが止める。
まあ、昨日のことがあるから、警戒してだね。
「食事は断ったはずだが」
『はい、これはサービスです。昨日ご迷惑をおかけしたことと。女性従業員達からのサービスです』
昨日? あ、あの夜のお姉さん達ね。多分、アルフさんが報酬金もらったと思って来たんだろうけど、バッサリ断られたからね。アーサーまでにも。
アルフさんがドアを開けると、中年の女性と、少女がそれぞれお盆を持っている。
「うちの従業員が失礼をしました。どうぞ、お召し上がりください」
「いやあ、頂くわけには、騒ぎにもなったしなあ」
「どうぞ、受け取ってください。みんな、昨日のお客様の対応に感激しているのです」
何でも、昨夜娼婦をアルフさんとアーサーが、バッサリ断ったことに、宿の女性従業員は感動したと。
「今時いません、あんな風に娼婦を断る人はいません。羨ましいです、その思われている女性が」
ズキリ
「うちのバカ亭主、いえ、失礼。誰かに爪の垢でも飲ませたいくらいです。どうぞ、お召し上がりください。お連れの方の分もありますので、どうぞ」
「なら、頂こう。アーサー」
「はい」
アルフさんがアーサーを呼ぶ。
アルフさんが中年女性から、アーサーは少女からお盆を受けとる。
「感謝する」
「どうぞ、ごゆっくり」
私は痛みが走った胸に、気づかない事にして、おにぎり弁当をマジックバックに戻す。
「せっかくだ、頂こう」
アルフさんとアーサーがお盆をテーブルにのせる。
具沢山のスープ、焼きたてのライ麦パン、大きめのチーズ、リンゴに洋梨。結構豪華よ、サービスにしては。
いただきます。
うん、スープ、普通に美味しい。チーズを薄く切って、切り込みを入れたライ麦パンに挟んで噛むと、麦の香りとチーズの香りがする。
結構な量で、チーズは半分以上残った、リンゴと洋梨も二つずつ残る。残したらあれだし、マジックバックに入れる。
ごちそうさま。
「さ、忘れ物はないか?」
アルフさんが魔鉄の槍を持ち、振り返る。
「はい、大丈夫です」
アーサーも革鎧を着込んでいる。割れた籠手は、自動修復でくっついている。しかし、硬いフォレストダークコブラの革を割るほどの衝撃を受けて、アーサーの腕は無事だ。ハイ・ポーションのおかげもあるが、バートル様の加護も影響しているはず。ありがとうございますバートル様。
「大丈夫です」
私はマジックバックを確認。よし、大丈夫。
「じゃあ、行くか」
「「はい」」
やっと、トウラに帰れる。
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