帰途③
指名
アーサーがなんとか落ち着き、夕飯開始、いただきます。
せっかくのグリズリーのワイン煮込み、ちょっと冷えたけど、美味しい。パクパク。
「アルフさん、総隊長との話何でした?」
予想は着くけど、一応聞く。
「残党狩りに参加してくれとさ。まあ、断った」
アルフさんがグリズリーのワイン煮込みを一口。
「リツからアーサーを預かっておるし、ルナはまだ未成年だしな。ミュートに置いておけんからな。まあ、食えないお人だったよ。儂が礼をしただけで、ドワーフだと分かったし」
あ、ドワーフの騎士の礼をしたんだね。
「根掘り葉掘り聞かれたよ」
アルフさん、疲れた顔で言う。
「まあ、指名依頼なんて、儂のランクじゃ、まだ、受けられんしな」
「まだDランクでしたね」
アーサーが思い出すように言う。確かに、Dランクでしたね。指名依頼はCランクからのはずだけど。
「今回の件で、ランク上がりませんか?」
アルフさんの動きが止まる。
「そう、思うか?」
「はい。思います。その総隊長さんが、ランクを上げるように動いたら、指名依頼来ません?」
「やっぱりそう思うか?」
ため息をつく、アルフさん。
「あの、どういうことです?」
アーサーが聞く。
「指名依頼っていうのは、ランクがCにならないと受けられないのよ。だから、今日は断れたの。だけど、もし今回の件でアルフさんが評価されたら、ランクが上がると、指名依頼を総隊長はアルフさんに指名依頼できるわけ」
なるほどと、アーサー。
「だが、儂は騎士隊の依頼には、あまりいい思い出がないからなあ」
「国で、駆り出されたって言ってたことですか?」
「ああ、それにあまり、離れられんだろう? 鉱山の採掘には、儂が行かんと入山できんし」
「もし、Cランクになったら、お断り出来ないんですか?」
「儂は今、ソロだからな。辺境伯からの依頼なら、断れんが、大丈夫だ、依頼は来んよ」
え、なんで?
「『ハーベの光』を推薦しておいた」
「わーお」
押し付けたね。
「で、見送ってきた」
「「わーお」」
「で、その帰りにミュートの鍛治師ギルドマスターに捕まってなあ」
アルフさんは深いため息。何か合ったんだろうね。
それで、いろいろ遅くなったのね。
「『ハーベの光』には、今度なんか礼をせんとな」
「そうなんですね。でも良かった。アルフさん、騎士隊にずっと取られそうで」
アーサーがほっとした顔で言う。
「お礼って、指名料、割引するんですか?」
アーサーの言葉に、アルフさんが噴き出す。
あ、武器の製作のね。
「あはは、そうだな、そうするかな」
でも、良かった、しばらくは大丈夫みたいだね。マルコフさん達『ハーベの光』なら、かなり優秀だもんね。ゴブリンの巣の殲滅戦で見た連携プレー凄かったし。マルコフさんは恐らくアルフさん並みに強いだろうし。
ほっとして、私はグリズリーのワイン煮込みを食べた。
数時間前。
「総隊長、お連れしました」
ビルツの案内で、領主館に案内されたアルフレッド。
あまり飾りつけのない、応接間には、白髪が混じりだした黒髪の壮年の男がいた。後ろ手に組み、ガラス窓の向こうを見ている。
後ろ姿だけでも、存在感がある。
「ご苦労、下がれ」
「はっ」
ビルツは礼をして、下がる。
「さて、アルフレッド殿だな? 私はこのミュートの騎士とまとめているフルリオだ。今回の協力、感謝する」
振り返った男の顔は、彫りが深く、ぎょろりとした目だ。
(かなりの武人のようだな)
ワイバックとの最前線の城塞都市を守る、騎士の総隊長だ。弱いわけない。
アルフレッドは胸に拳をあて、膝をつく。もう片手は握ったまま、床につける。
「ほう、懐かしい、ドワーフの騎士の礼か。そなたはマダルバカラ出身か?」
ばれた。人族の礼をしらないから、咄嗟に癖でしたが。隠してもしょうがない。
「はい、そうです」
「そう畏まるな。今回の件で礼をしたいだけだ。しかし、君は優秀なようだな。特に槍と土魔法に関しては素晴らしいようだ。しかし、ドワーフにしては、背丈があるな」
フルリオはゆっくり、膝をつく、アルフレッドを見る。
「人族とのハーフですので」
「なるほど、ビルツからの報告では、硬い岩盤を砕く魔法のスキル、そして、槍さばきは圧巻だったと」
アルフレッドは更に深く頭を下げる。
「鍛治もできるようだな」
「はい、本職は鍛治師です」
「鍛治師にしておくには、勿体ない腕だ。ビルツの話だと、Dランクらしいな。どうだ、ランクを上げるように口添えして、我らの指名依頼を受けぬか?」
「光栄なことですが、お断りします」
迷いなく、アルフレッドの返事をする。
その答えに表情を変えず、フルリオは続ける。
「理由を聞いても?」
「儂には、連れがおります。彼らを置いてはいけません」
一つ、息つく。
「奴隷のアーサーは、今、トウラで世話になっている人から預かっております。もう一人はまだ、未成年。この二人をおいてはいけません」
「そうか、それは仕方ない」
思ったよりあっさり引いてくれた。
これからの事を思い、鉱山に向かい、装備の原材料を確保しなくてはならない。鉱山への入山資格はアルフレッドにしかない。これから冬に入る。寒さが本格的になる前になんとか鉱山に向かいたい。それまでに、時間はあまりない。
アーサーの闇魔法で支配された盗賊の話から、襲撃に向かった先に到着するには、まだ、時間的余裕がある。向こうは人目を避けての移動、ミュートから魔法馬を飛ばせば、十分に間に合う。こちらには捕らえた生き残りの盗賊に、奴隷魔法をかけて情報は十分手に入るため、生かして捕らえる必要はない。今回のようにアーサーを連れていく必要もない。
枷に関しても、副ギルドマスターなら、外せる。
内心、ほっとする。
「魔鉄とミスリルの鎧を切り裂く槍を持つ奴隷に、盗賊を容赦なく切り裂く未成年か。ずいぶんな連れだな」
息を飲むアルフレッド。
「君が最後に倒した、あのハルバートを持つ盗賊。あれはな、冒険者くずれ、冒険者ギルドカードを所持していた」
フルリオは、ゆっくり続ける。アルフレッドの反応を見ながら。
「元Aランク。まあ、ランクと本人の強さは比例しない。君のように。本当に鍛治師なのか?」
「鍛治師です」
迷いなく答えるアルフレッドに、フルリオはふむ、と頷く。
「そうか、しかし、困った、今は人員不足。冒険者ギルドもな。適当な人物はいないものか?」
わざとらしい言い方のフルリオに、アルフレッドが少し考える。
ルナとアーサーの顔が浮かぶ。
(二人は駆り出される事はない。リツの許しがなければアーサーは大丈夫だ。ルナは未成年、一応今の保護者は儂だ。儂が頷かなればいいだけだ。だか、こんな言われ方をするとなあ)
次に浮かんだのは、強面の剣士。
「今、トウラのBランク冒険者パーティー『ハーベの光』が、ミュートにいるはずです。実力は十分かと」
「ほう、ならば、その『ハーベの光』とやらに依頼しよう。きっと可憐な女性なのだろう」
アルフレッドは返事をしない。
フルリオは部屋の入口に控えていた騎士に指示を出す。
それから根掘り葉掘り聞かれる。
マダルバカラからなぜこんな所に? なぜ、冒険者との二足のわらじに? 奴隷に持たせている槍はどうして作った? 二人の戦闘スキルは君によるものか? ミュートは発展途上だが、いい町だ。君は独り者か? エトセトラ。エトセトラ。
最後に武器製作の話が出たが、予算を提示すると、一瞬固まる。
「アーサーに持たせている槍と同じものは難しいですが、これが付与なしの最低予算です。指名料をいただきます」
「妻と相談させてくれ」
フルリオは即答する。
『ハーベの光』が騎士隊と共に出発する際に、アルフレッドは立ち会う。
「すまんな、マルコフさん。マルコフさん以外に浮かばんで。押し付けるようになってしまって申し訳ない」
「いや、構わない。指名依頼なんて名誉なことだ」
「今度、何か礼をする」
「あ、ホリィさんの好きなタイプを、あでっ」
「気にしないでくれ。これでやっと恩返しできると思っている」
フルリオが無言でアルフレッドの背中を見る。何か言いたいのか分かる。ガチムチの男4人が来たときに、何度も瞬いて、アルフレッドに視線を寄越したが、スルー。
騎士隊と『ハーベの光』を見送る。
そして、やっと、アルフレッドは解放された。
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