獣人の三兄妹⑦
げんこつ
朝靄の中、アーサーがぼんやり立っている。
「おはようアーサー」
私が声をかけると、振り返るアーサー。
「あ、おはようございますルナさん」
顔色がいい。
「具合は?」
「はい、大丈夫です」
「ねえアーサー、昨日どうして勝手に動いたの?」
「あ、あれは…」
昨日は聞きそびれたが、短い間だがアーサーの性格を考えて、勝手に動くとは思えなかった。
アーサーは言いにくそうに口ごもりなから答える。
「気配感知を使っていたら、声が聞こえてきて。小さな子供の泣き声とか、女の人の悲鳴とか。なんだか、そのままにしちゃいけないって、思って。リツ様なら、助けに行くって思って」
まあ、あの人のことだ。そんな声や悲鳴聞いたら、走って助けに行くだろう。ティラ商会で痙攣を起こしていたアーサーを助けたように。
「そう、分かった。でも、次から単独行動はダメよ、いい?」
「はい」
うん、素直だ。
「アーサー」
アルフさんがやった来た。
ビクッと震えるアーサー。
「昨日は、すみませんでした…」
「アーサー、次はないぞ、次したらげんこつだからな」
アルフさんのげんこつ。首、もげそう。
「お前の後ろには、リツ達がおる。儂らが前線で戦うために、お前がおる。いいな、忘れるな。お前の動きで戦況が変わる」
「はい…」
アーサーの返事を聞き、アルフさんは肩を叩く。
そこでビルツさんがアルフさんを呼ぶ。
私もぽんっと肩を叩く。
「ねえ、怒ってないでしょう」
「はい」
アーサーが安心したように頷く。
「あの……」
小さくおずおずと声をかけてきたのは、背の高い獣人少年だ。後ろに残バラ頭の少女と小柄の少女。
「ああ、昨日の、おケガは大丈夫ですか? あ、援護ありがとうございます」
「ケガは大丈夫だ。光魔法使えるからな」
へぇ、獣人が珍しいな。身体能力が高い反面、魔法能力が低いことが多い。攻撃魔法を使えるのは、かなり珍しい。
「昨日は本当にありがとう。危ない所を助けてくれて」
「いえ、間に合って良かったです」
残バラ頭の獣人少女もはにかむように笑っている。
それから、座って、アーサーと獣人三兄妹は話をしている。
私も並んで座って聞く。
「俺はアレクサンドル、サーシャって呼ばれてる」
残バラ頭の少女はアーシャ、小柄の少女はミーシャ。首には重い金属の枷。
アーシャの残バラ頭はどうやら奴隷狩りの被害にあっている際に、母親が機転を効かせて髪を切った。麻痺性の毒を撒かれて、助からないと直感し、顔立ちの美しい娘を守るために、少年に見せるために髪を切ったそうだ。その母親は獣人には珍しく魔法を使えたため、子供達だけでもなんとか逃がそうと交戦したそうだが、やはり麻痺性の毒に身動き取れなくなり、盗賊に殺されてしまった。父親は村では一番の強さで、村人を逃そうとして、あのハルバートの男に斬殺された。
「何人か逃げ延びたと思うけど、どうなったか分からない」
「そっか」
しんみり。
「なあ、あの背の高い片目の人がお前の主人か? 俺達助けようとして怒られていたよな。ごめんな」
「あ、アルフさんは違うんだ。自分の主人は別の人。怒られた訳じゃないから大丈夫」
「なら、いいけど、ある人相当強そうだな。父さんでも勝てなかったあいつを倒したし」
サーシャが振り返る。視線の先にはアルフさん。
「うん、すごく強いよ。でも、怖い人じゃない。優しい人なんだ」
アーサーは笑顔で話す。
「この革の鎧も、槍も、アルフさんが作ってくれたんだ」
誇らしいように話すアーサー。
「なあ、これさ、気になってたけどコブラの革だよな? よく、こんな硬い革を鎧にしたよな、槍も凄い切れ味だし、お前、奴隷だよな、あ、ごめん」
サーシャ達の村に奴隷がいなかったが、月に一度来る商人が連れた奴隷は、くたびれた服に、足にはぼろ布を巻いてほぼ裸足だったそうだ。まあ、一般的な奴隷はそんなもんだよね。
「いいよ、気にしてない。自分は奴隷なのは本当だし。アルフさんにも、ルナさんにもよくし過ぎるくらい、よくしてもらってる。リツ様に買われて自分は運がいいんだと思う」
「ルナさん?」
「この人」
私がルナです、と手を上げる。
「え、姉さんじゃないの?」
はい、勘違いされました。
「違うんだ。全く関係ない人だよ」
「因みにアーサーの方が年上」
私が言うと、疑いの眼差し。
「お姉ちゃんも強いね」
ミーシャがキラキラする目で見てくる。う、眩しい。
「アーシャお姉ちゃんも綺麗だけど、ルナお姉ちゃんも綺麗」
「そ、そう? あなたのお姉ちゃんの方が綺麗よ」
キラキラが眩しい。
私が身を守っていると、騎士達から呼ばれる。
簡単な朝食を取り、出発。朝食の時、未成年だけに私はマリ先輩のお菓子を配布した。クッキー三枚だけど、喜んでもらった。ミーシャは一枚ずつ、サーシャとアーシャに渡している。寄り添うように食べてた。本当に彼らはこれからどうなるのだろう?
荷馬車に分乗し、出発。
私の後ろにアーサー。
獣人達を気にして昨日より、スピードはゆっくり。
昼過ぎにミュートに無事に到着した。
鍛治師ギルドマスターのバルハさんが出迎えにいてくれた。からくりの枷を見せると眉を深く寄せて首を横に振った。
「ダビデ爺に任せた方がよかろう」
全く悪質なものを、と呟く。
「アルフ、明日トウラに戻るぞ。よかろう?」
バルハさんはヴェルサスさんに聞くと、馬から降りたヴェルサスさんは頷く。
「ええ、構いません。冒険者ギルドには報告し、正式な報酬を支払うように手はずを整えましょう。枷の件でトウラの鍛治師ギルドに正式な依頼をしたいのですが」
「伺おう。アルフ、宿は一昨日の宿を取っとるぞ」
「すまんな、ギルドマスター」
「「ありがとうございます」」
私とアーサーもお礼を言う。
「アーサーお兄ちゃん、ルナお姉ちゃん」
呼ばれて振り返ると、荷台でミーシャが不安そうな顔で見ている。
「また、会える?」
「こら、ミーシャ、困らせるような事聞くな」
サーシャが、ミーシャの肩に手を置く。
「アーサー、ありがとう」
「サーシャさん、これから大変だけど…その…」
「なんとかなるさ、俺は一人じゃないから」
そう言うサーシャの顔には、妹達を守ろうとする、決意が見られた。
アーシャも隣で顔を出す。
「アーサーさん、ありがとう」
「いいんです。気にしないで」
うん、残バラ頭でも、アーシャは綺麗な顔立ちだ。
ミーシャの両側にいる二人を、アーサーは眩しそうに見てる。
ワガママな兄のせいで、奴隷になったアーサーには、そう見えるんだろう。
荷馬車を見送り、私はアーサーの肩を叩く。
「さ、宿に行こう」
アルフさんは何も言わずに待っていてくれた。一昨日泊まった宿に三人揃って向かった。
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