装備準備⑤
昇格
工房では、リツさん達が型紙を立ち上げていた。人数分だね。アルフさんの等身大トルソー、大きいなあ。
せっせと型紙が出来上がる。
邪魔しちゃいけない。私はお茶を出して工房を出る。
なんだか、悶々と考えたが、分かるわけない。私は残念な脳筋なのだ。ぼーっとしていると、うつらうつらし始めた。
「騎士昇格おめでとう」
「ふん………」
「なんだ? 不満そうだな」
私は座って得物の剣を研ぐ彼に声をかけるが、不満そうだ。
「騎士見習いから、やっと解放されるんだぞ。お前、嫌だ嫌だって言ってたじゃないか?」
「そうだけどさ、お前はどうなるんだよ? まだ、騎士補佐のままじゃないか。お前の方が強いのに……」
ぶつぶつ。
「私の方が経歴ながいからな。一応」
「不公平だ。なんで、俺が騎士になるんだよ。お前が先だろ」
剣を磨きながら、ぶつぶつ。
「そりゃ私は孤児、お前は貴族の息子だからだ」
「それが、おかしいんだよッ」
「何を怒ってる?」
私はいらいら始めた彼に、眉を寄せる。
私は騎士補佐を始めて7年目、二十歳になったばかり。彼はいくつだったかな? 思い出せない。
「私は孤児だぞ、騎士にはなれないだろ」
当時、騎士位を得るには身分が必要だった。少くとも、ある程度の保証人。私には、ない。
だから、私は騎士にはなれない。
「ずっと誰よりも貢献してるのに、十分強いのに、他のバカ連中より、ずっとずっと強いのに。おかしいじゃないかッ」
いらいら。彼は続ける。
最近のいらいらの原因だ。
爵位だけが取り柄のバカ達が、バカ騒ぎしているのに、よくいらいらしている。
私は何度も見ていて、慣れたもので、完全にスルーしていた。だけど、根が真面目な彼には我慢ならないようだ。
「なら、お前、偉くなって、私を騎士にしろ」
ほらと、私は彼に差し出す。
「なんだ?」
「魔力回復ポーション、私からの祝い」
「………何だよ、色気ないなあ」
肩を落とす彼。
「何を期待していた?」
再びぶつぶつ。
「ありがたくもらっておけよ」
「……分かった。なあ、俺さ、偉くなったら、お前を騎士にしてやるよ」
「期待してる」
私はぽんと肩を叩く。
「おーい、予備の矢はどこにある」
誰かが私を呼ぶ。
「はーい、今行きます。じゃあな、とにかくおめでとう」
私が声の主に向かって走る。
「あのさッ」
走り出した私に、彼は声を張り上げる。
立ち止まり、振り返る。
「あのさッ、俺さ」
「ルナちゃん、ご飯よー」
マリ先輩の声。
いかん、寝てた。
久しぶりに前世の記憶。くらくらする。
ああ、彼の声、懐かしい。懐かしい。懐かしい。
最後に何を聞いたっけ? ダメだ思い出せない。
「ルナちゃん?」
「あ、はーい」
いけない、ぼーっとしてた。くらくらする頭を振る。
息を吸って、落ち着いてから台所に向かう。
「すみません、何も手伝いしてない」
「いいのよ」
リツさんが優しく笑う。
「大丈夫? 顔色悪いわよ」
「はい、大丈夫です」
いい匂いだ。
今日はロールキャベツとシーフードサラダだ。
「アルフさんは?」
私が聞くと、リツさんが首を振る。
「まだよ。遅くなるかもしれないから。先に頂きましょう」
はい、いただきます。
なんだろう、美味しいはずなのに、美味しいはずなのに。
いかん、いかん、食べないと。
もぐもぐ。
食べていると、アルフさんが帰って来た。
「あ、お帰りなさいアルフさん」
リツさんの声に、ごくん、喉に詰まりそう。
ローズさんがさっと配膳に入る。
あれ? アルフさんの顔が見れない。なんでだろう?
「アルフさん。鍛治師ギルドどうなりましたか?」
リツさんが聞く。
「ああ、ランクな。上がったが、Cランクだ。すぐにBは流石に無理だとさ」
「そうですか」
「だが、鉱山の入山と採掘許可もらったぞ」
マリ先輩が弾んだ声を上げる。
「やったッ」
「但し、条件があるとさ」
リツさんが、アルフさん用の大きめのお皿にロールキャベツを並べる。ローズさんがシーフードサラダを出し、お茶を出す。
私の隣に座るアルフさん。定位置だ。
「条件?」
マリ先輩が聞く。
「今ギルドが抱えているミュート関連の仕事を終わらせることだ。後、精錬したインゴットをいくらか鍛治師ギルドに回して欲しいと」
アルフさん一人なら一年かかる仕事量。それを終わらせる、か。
「ミュートの仕事ですか。あの鎧一式ですか?」
リツさんは椅子に座って聞く。
「他にもあるぞ。冒険者からの依頼もある。とにかく納品まで済んだら、鍛治師ギルドの魔法馬も貸してくれるとさ」
魔法馬。魔物だけど、カラーシープと同様人にかわれることが多い。普通の馬より早く走れるし、スタミナも馬力も倍以上だ。それまで、貸してくれるなんて、太っ腹だ。
「私達、鍛治師ギルドに通う回数増やせますかね?」
リツさんが聞く。
「明日、来る日だろう? 副ギルドマスターと相談してくれ」
「分かりました」
私は黙って話を聞く。
鍛治師ギルドに関しては、役に立たないからね。もぐもぐ。
アルフさんが食事を始める。
「ほう、細かい肉が入っているのか」
「ロールキャベツです」
マリ先輩が説明。
「ここにおると、本当にいろんなものが食えるな」
アルフさんが感心する。
しばらく、リツさんとマリ先輩の弾んだ会話が進む。内容は鉱山だ。
「いい鉱石取れるかしら?」
うふふと笑うマリ先輩。リツさんも楽しそう。お花、飛んでます。
「あ、そうだアルフさん」
「ん?」
マリ先輩がシーフードサラダのエビを食べてるアルフさんに聞く。
「アルフさん、帰国命令とか来たらどうするんですか?」
ドキリ
「ああ、ルナに聞いたか。帰らんぞ」
あっさり答えるアルフさん。
「儂も覚悟して国を出たからな。もう、帰らん覚悟はしておる。兄貴達に何かあれば、帰るかもしれんが。一時帰国だな。それに罪を犯して国を出たわけではない。応える義理もないんだ」
「そうなんですか、良かった」
マリ先輩がほっとした表情だ。
あ、本当に帰らないんだ。
「まあ、向こうに儂がアダマンタイトを使えると知るには、かなり時間がかかるだろうな。年単位で」
え、年単位?
「どうしてですか?」
思わず、私が聞く。あ、アルフさんの顔、彼と全然違う。そうだよね、他人だものね。
「わざわざ、急いで報告する義務ないからな。ギルドマスターも副ギルドマスターも、その内、思い出した頃にするだろうし」
そうか、トウラの鍛治師ギルドは、アルフさんを手放す気がないってことか。
あ、アルフさん、しばらくはここにいるんだ。
安心、うん、安心。貴重な戦力だし、うん、安心。良かった。良かった。
なら、私が出ていくのが先かな。それなら、まだ、いいかな?
気の持ちようだけど、なんだか、そっちがいいかな。
うん、そっちがいい。
もぐもぐ、ロールキャベツ、あ、美味しい。シーフードサラダ、酸味があって美味しい。
うん、美味しい。
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