装備準備④
リミット?
しばらく、アルフさんの肩にしがみついていた。
でも、いつまでも泣いていたら、アルフさん、迷惑だよね。
私はごしごし目を拭く。
「よせ、目が赤くなるぞ」
私の手を、アルフさんが止める。
「ちょっと待っとれ」
そう言ってアルフさんは、応接間を出る。
情けない。私、こんなんじゃなかったはずなのに。誰にも、迷惑かけないようにって思って生きようって思って、いたのに。なんでだろう。本当に、なんでだろう。リツさんやマリ先輩に甘え、ローズさんの手を煩わせて、アルフさんに迷惑かけて。私、こんなんじゃなかった。自分でできることは自分でしてきたつもりだ、他の人から言わせたら足りないばかりだろうけど、それでも、手を借りずに生きようって決めていたのに。情けない、情けない。今の自分が、情けない。
私の方がここにいていいのかな? マリ先輩達が、ライドエルに戻ったら、あの屋敷には戻れないよね。そうだよね。マリ先輩達を守って、送り届けるまでが、リミットだ。その頃にはアーサーだって、一人前の冒険者になっているはず。アルフさんと、一緒にいられるリミット。
それは、そう遠くない未来。
自分の中で、無理矢理理解させる。それまでは、私、アルフの保護下にある子供でいいよね。
そんなことを思っていると、アルフさんが、冷たく冷やしたタオルを持って来る。
「ほら、こいつを目に当てろ」
小さく返事をして、冷やしたタオルを目に当てる。冷たくて気持ちいい。
「少し、落ち着いたか?」
「はい。すみません、お手数かけました」
「構わんさ」
アルフさんの声、優しい。
いけない、お弁当。本来の目的だ。
私はタオルを外し、マジックバックからお弁当と水筒をテーブルに出す。
「お弁当です。私、帰ります。お騒がせしました」
「ルナ、もう少しここにおれ、な」
引き留められ、仕方なく椅子に座る。タオルを目に当てる。
多分、目、腫れているかな? このまま帰ったらマリ先輩達が心配するよね。あの人達優しいから。
しばらく当てて、タオルを外す。もういいかな?
ちらっとアルフさんを見ると、変わらず優しい顔。
「だいぶ引いたな。もう大丈夫だ」
「はい」
顔を覗き込まれる。恥ずかしい。
あ、お弁当、まだ食べてない。私のいるからだ。せっかくの出来立てなのに。
「アルフさん、お弁当」
「ん? ああいただこう」
私は水筒からお茶をカップに淹れる。
「すみません、私のせいですよね、すみません」
「気にするな、お、相変わらず豪華な弁当だな」
私の握ったおにぎり、あんまり見たいでくださいね。ちょっと形がまちまちですから。
次々に平らげるアルフさん。なんか、私もお腹減って来た。
「あの、アルフさん。私そろそろ失礼します。あんまり遅いとマリ先輩達が心配するから」
「あ、そうだな」
アルフさんは食べるのを中断して見送ろうとしたが、私が断った。代わりにおじいちゃんドワーフダビデさんが出てくる。
「お嬢さん、はい、豆だよ。持ってお帰り」
三回目の豆です。なんか、孫におこずかいを上げているみたいなんだろうね。ありがたくいただきます。
ダビデさんに見送られ、私は鍛治師ギルドを出た。
帰り着くと、まだ台所に籠っている。
リツさんとマリ先輩の料理魂に火が着いたのかな。
コンロ、オーブンフル稼働だ。
「あ、お帰りルナちゃん。リツちゃん、ご飯にしましょう」
マリ先輩が、せっせと揚げてるリツさんに声をかける。
「そうね。食べましょう」
作業を中断し、お昼です。
ご飯にキノコのお味噌汁、白身魚はフライにエビフライ、タルタルソース付き。ポテトサラダ。
いただきます。もぐもぐ。
「ねえ、ルナちゃん」
お味噌汁をすすっていると、マリ先輩が聞いてきた。
「はい?」
「何かあったの?」
あ、無表情にしてたのが不味かったのかな? まあ、いずれ分かることかな。
「アルフさん。アダマンタイトを扱えたでしょう?」
「そうね。あんな鋏作ったし」
「もしかしたら、帰国命令来るかもって」
「「帰国命令?」」
マリ先輩とリツさんの声が揃う。
「どういうこと?」
リツさんが不思議そうに聞いてくる。
「アダマンタイトを扱えるのは、ごくわずかなんですよ。だから、国が保護をするんです。かなりの高い地位を約束されます。きっと鍛治師としてとても名誉なことなんです」
「え、じゃあ、アルフさん、帰国するの?」
マリ先輩が身を乗り出す。
「さあ、本人は否定してました。すぐに向こうに知られることはないでしょうけど。アルフさん自身はここが気に入っているから、どこにも行かんって言ってました。ご飯、美味しいからって」
その言葉にほっとする、マリ先輩とリツさん。
ローズさんは変わらず。
マリ先輩とリツさんは安心しているけど、ローズさんにはわかっているんだろうな、帰国命令なんかでたら、いつか帰らなければならないって。私だって、わかっている。いつか、来る、その時が。
………あんまり、アルフさんに迷惑かけないようにしよう。
マリ先輩達がライドエルに帰るのが先か、アルフさんが帰国するのが先かだ。
昼食後、ある程度料理を作って三人は工房へ。早速、グレイキルスパイダーのマント作成に入るみたい。私は役に立たないから、リツさんに言われてカボチャのスープを作る。リツさんのレシピ通り、うん、甘くて美味しい。
途中でアンナとクララがこっそり台所を覗いているのに気付き、火を消して手招きする。
嬉しそうに駆け寄ってくる。
「内緒よ」
こくこく頷く二人。
小さな皿にカボチャのスープを入れて渡す。
「あまーい」
「美味しい」
よし、ちびっこにも好評だ。ああ、ジェシカにも食べさせたい。
もう一度内緒よ、と釘をさして、二人を部屋に返す。
よし、工房に籠っている三人のために、お茶淹れよう。
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