閑話
ローズさん
私はローズ。
クレイハート伯爵家ご長女様、マリーフレア様付きのメイドでございます。
家族は母、クレイハート家の使用人の皆さん、そして伯爵家の皆様。
実の父親? そんなものはおりません。母を商売でできた借金のために奴隷として売るような男でした。母には当時二人の子供がいたそうで、最後まで嫌がったそうですが、夫と姑、舅に泣きつかれ、借金奴隷になりました。母は運よくすぐにクレイハート家、先代ご夫婦の目に止まり、購入されました。購入され数日も経たないうちに母が私を身籠っていたのが分かり、先代は今後の事を母の夫に連絡してくれたそうです。なんて、優しく人情に溢れた方だろうと母は思ったそうです。普通、奴隷が妊娠したら堕胎が基本。しかし、先代は生まれてくる子供の未来を奪えないと、行動してくれたそうです。
だけど、母に帰って来た返事は、そんな優しい先代ご夫婦を怒らせました。
『購入先で手つきでできた子は引き取れない。お前はうちに帰ってこれると思うな。だが、お前が生んだ娘と息子の為に給金を送れ。腹の子は始末して働け。1日も休まず働き金を送れ』
温和なご夫婦は大激怒。
「なんてバカなことを、グロリアは来て数日だぞ。それをお手つきの子? なんとふざけたことをッ、己の借金で妻を奴隷にしておきながら金を送れだ? バカも休み休みにしろッ」
「なんてひどいことを、自分の子供だとわかったいるはずなのに、始末しろですって? なんて罰当たりなことを。命をなんだと思っているの? グロリア、こんな手紙のことは忘れなさい。あなたは何の心配をしなくてもいいのよ。あなたはクレイハート家の使用人、私達の家族も同然。安心して産みなさい。大丈夫よ、皆でサポートするから、何の心配もしなくてもいいのよ」
「そうだ、この家に来た以上、私達には責任がある。セダ、トゥーラ」
セダさんは当時の執事長、トゥーラさんは今でも現役のメイドで、当時メイド長。
「「はい、旦那様」」
「グロリアのフォローを。皆に徹底させろ。グロリア、この家にお前の給金を送る必要なないからな。お前を売った金でどうしようもないなら、自身が奴隷になればいいのだ。自業自得だ。お前が責任を感じる必要はない。向こうに残した子供達は可哀想だが、諦めなさい。おそらく、お前のことはひどく言いくるめられているだろうからな」
「そうね、あなたはお腹の赤ちゃんの事だけを思っていなさい」
母は泣いたそうです。
一生、クレイハート家に尽くそう、家に残した子供達に後ろ髪を引かれなかったわけではなかったそうです。でも、死ぬまで働こうと決めたそうです。今でも、元気に働いてます。
私は母、そして優しいクレイハート家の使用人の皆様に大事に育ててもらいました。本当に感謝です。
お嬢様には、更にご恩があります。この話はまた後日。
で、今の問題は、この無自覚な戦闘狂です。
お嬢様が冒険者になるきっかけになり、なんてことしてくれるんでしょう、こんちきしょう。と、思いましたよ。
ボサッとした髪で、くたびれた服、ちょっと痩せぎみの体に合わないような剣を下げた、ルミナス・コードウェル。浮浪者一歩手前のような風貌でした。だけど、それでも、よくみたら美しい少女です。
子供らしくない落ち着きさ、レベルの高さ、なんでも前世の記憶持ち。まあ、お嬢様もそうらしいですが、驚きません、お嬢様はお嬢様なのです。
ナリミヤ様でのお宅で起きた事は、私は一生忘れません。お嬢様や私を守ろうと血を吐きながら向かっていった姿。今でも目に焼き付いています。
それで、私の中のルミナス様の印象が劇的に変わりました。
いい意味で、悪い意味で。
お嬢様を守る最強のボディーガード、でも敵に回したら恐ろしい。
だけど、お嬢様は、そんなルミナス様を「かわいい」と絶賛。ナリミヤ様関係で知り合いになったリツ様もです。
はじめは、愛想のないガキ、失礼、子供の印象でしたが、とにかく食べるときだけ、かわいい。本当にかわいい。こう、きゅうって、抱き締めたくなる感じです。私の淹れたお茶も、ほわぁって顔で飲むんですよ。悶えました。
でも、顔には出しません。私はメイドなのです。
只今、お嬢様、リツ様、私による連合が結成されました。
なんの連合かって? お嬢様命名『ルナちゃん女子力アップ連合』。
聞いたときは、余計なお世話、と思いましたよ。口にはしませんが。
内容は簡単。ルミナス様を磨いて、嫁の貰い手を。はっきり言います。余計なお世話ですよ。口にはしませんが。
ま、私達の手で可愛くなるルミナス様を見ているのは楽しいですけどね。髪もつやつや、かわいいワンピース、うん、上出来です。我ながら上出来です。しかし、なんでしょう、本人が、当の本人が付いていけてない気がします。
かなり、美少女ですよ。
で、発足のきっかけとなったのは、アルフレッド様です。始めはマリベールで絡まれた時に、次はトウラで絡まれた時。お嬢様曰く、ルミナス様はアルフレッド様に気がある。まあ、確かに、見たことないようなルミナス様でしたけどね。吊り橋効果ではないかと、疑いました。口にはしませんが。
アルフレッド様は、なんと言うか、まあ、いい方ですね。ドワーフのハーフということには驚きましたが。鍛治師として経済力もあるし、なかなか、顔立ちも品がありますし、背筋もぴんとしてますし、ただ、あの、髪、なんとかならないんでしょうか。とりあえず縛っただけで、何度、櫛を握りしめ突撃をかましたかったことか。まあ、それは、おいおい。
ルミナス様が、お嬢様の言うようにアルフレッド様を意識しているようですが、アルフレッド様もルミナス様を悪くは思ってないかと思います。
わざわざ、魔の森から、ルミナス様を抱えて連れて帰ってくださいましたしね。普通はしませんよ。魔の森に入った一人を追いかけ、探して、しかもトレントやグリズリーから守って、眠った子供を片手で抱えて連れて帰る。簡単じゃないですからね。
アルフレッド様の株、急上昇です。お嬢様とリツ様の中ですけど。
ドワーフは身内にいれたものは、たとえ他種族でも、大事にする。まるで家族のように。そう、アルフレッド様の中で、ルミナス様が保護対象の子供では? 言えません、楽しそうな二人を前に。
しかし、その考えは先日変わりました。
ゴブリンの巣の殲滅後、夜営して、夜が明けた時に見たのです。
アルフレッド様がルミナス様に向ける眼差しを。
あれは、現当主、フレデリック様が、奥様、マーガレット様に向ける眼差しです。お二人は有名なおしどり夫婦。マーガレット様は美しい方で、とてもお嬢様のような大きなお子様がいらっしゃるなんて思えません。だけど、さすが、クレイハート先代が選んだ方、懐の深い方です。旦那様はそれはそれは奥様を愛されています。アルフレッド様は、その奥様を見つめる旦那様の眼差しと同じでした。まあ、その後は隠してましたけどね。
見た瞬間、あ、あれは、落ちてるな。みたいな感じです。
確信したのは、今日です。
鍛治師のランクを上げてもらうように、ルミナス様攻撃をしかけ、無事勝利を得た後です。
あの、きゅうって、したくなる顔でパンケーキとパフェを頬張るルミナス様。あ、お口にクリームが。
リツ様がハンカチスタンバイしたしたが、
「ルナ、ついとるぞ」
アルフレッド様が自身の親指で拭いて、ぺろり。
…………はあ?
ルミナス様の白い顔が、リンゴのように赤くなる。
止まってます。お嬢様もリツ様も。
「甘いな」
でしょうね、あんた、何気に何やらかしてくれてるんです?
まあ、すぐに反撃されましたけどね。
ルミナス様が、あ、わかったみたいな顔で。
「アルフさん、イチゴ食べたかったんですね。はい、あーん、です」
イチゴをアルフレッド様に差し出すルナ様。
「あのな、ルナ、儂はな、そういうつもりではな」
「はい、あーんです」
容赦なく、アルフレッド様の口にイチゴを捩じ込むルナ様。
ごくん、と飲み込み、ちょっと可哀想に項垂れるアルフレッド様。
「食べたいなら言ってくださいね。もう一個いります?」
もう、まったく、みたいなルミナス様。
アルフレッド様、撃沈。ぶつぶつ。
「違う。違う。儂はそういうつもりではない。伝わらん、鈍いのか? 儂のやり方おかしいのか? 未成年、ルナは未成年、ダメだ、ならん、ならん。だが、成人したら伝わるか? 儂、もたん」
アルフレッド様、ぶつぶつ、聞こえてますよ。
お嬢様もリツ様も気の毒そうに、見てます。結構なアピールでしたよ、ルミナス様には、どうやら伝わりにくいようです。
しかし、なんて鈍感、いや自覚がないのか。戦闘中では、きれっきれなのに、なぜ、気付かない?
でも、信じてますよアルフレッド様。
ドワーフは一人の相手を愛し抜きます。そして、相手を見つけたらアピールするのです。ほかの誰にも目がいかないくらいに。そう、アルフレッド様なりのアピールなのです。まあそれでも、ルミナス様は未成年ですから、遠慮があるんでしょうね。ダイレクトには言えないのでしょう。そして、ドワーフは誠実なのです。絶対にその相手が嫌がるような事はしません。許しもないのに、婚前交渉なんてもってのほかです。よくて、まあ、キスくらいですかね。これも、相手の許しがあってからです。ただ、じっと相手が答えてくれるまで、耐えて待つ。それが頑固だ、偏屈だと言われるドワーフの誠実さです。
だから、信じてますよ、アルフレッド様。
成人しても、ルミナス様に、手を出しませんよね。アピールだけですよ。一応自称姉のお嬢様、自称保護者のリツ様を納得させて、ルミナス様の許可を得てくださいね。後は、ライドエルにいるルミナス様のご両親の許可もですよ。
わかってますよね、アルフレッド様?
読んでいただきありがとうございます