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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

忍刀探し 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と、内容についての記録の一編。


あなたもともに、この場に居合わせて、耳を傾けているかのように読んでいただければ、幸いである。

 おーい、どうだ? そっちは収穫あったか?

 ――空き缶と、それの傷んだ中身だけ、ねえ。

 不作も不作なわけなんだが……物書き特有のシックスセンスだかなにかで、どうにかしてくれませんかねえ、つぶらや先生? 占いでも、ダウジングでもいいからさ……無理? ちぇ〜、肝心なところで役に立ちませんな、作家先生は。

 特に後者のダウジングに関しては頑張ってもらえませんかね。庶民の中にもダウジングで優れた成果を出した輩もいるそうだぜ。

 ――そっちの話こそ、知りたい?

 ああ、お前はそういう人間だったもんな。まあ休憩にはちょうどいいだろ。


 江戸時代に入ってしばらく経った、農村にて。

 とある一家が昼飯を食べながら休んでいた時、にわかに雲が湧き出したかと思うと、ゴロゴロと雷鳴がとどろいた。家族は避難しようとしたんだが、次男坊に異変が起こる。

 稲光が辺りを照らすと同時に、ぴくんと頭から伸びた糸を引っ張り上げられたかのごとく姿勢を正したかと思うと、おもむろに地面へ倒れてしまう。その頭頂部は、髪の毛が焼けて真っ赤な皮膚がむき出し、煙が幾筋も立ち上っているという有様。

 雷に打たれた、と大騒ぎになり、町まで家族のひとりが走って医者を呼んできたが、いまだ熱を持っている頭部を冷やし、化膿止めの薬を塗りながら、経過を見るよりなかったという。

 頭をのぞいた彼の身体、衣服はわずかな焦げも見受けられず、脈も呼吸も正常。意識のみが戻らない状態が、五日ほど続いたとか。

 

 その五日目の朝。彼はぱっちりと目を開けた。

 家には看病のために母親が残っていたのみで、他の家族は農作業の最中だったという。

 彼は母親が作った大きい握り飯を三つほど食べると、唐突に、出稼ぎに出たいと申し出たんだ。

 これまでも農閑期になると、収入の足しにという名目で、出かけたことはある。今度もそれだろうと思い、収穫に関するもろもろが終わると、村役に許可をもらった次男は、町へと出発した。

 しかし、ひと月が経過し。昔馴染みで、前々から奉公している彼の友人から、奇妙な話が家族の耳に入る。

 

 決められた日、決められた時間の仕事をしっかりこなす彼だが、仕事の後にそばを一杯かきこみ、住まっている部屋に一度引っ込んだかと思うと、すぐに部屋を出てきて暗さが目立つ町中を歩き始めるんだ。

 彼の両手には、それぞれ長さ一尺(約30センチ)ほどの大きい和釘が握られている。とがっているはずの釘の先端には、これもまた直径一尺を超えるタンポがくっついていて、いかにも重そう、いかにも奇妙な様相だったとか。

 

 友人がそれに気づいたのは、半月ほど前のこと。

 仕事での臨時収入が入り、気持ちよく酒に酔っていた時だったという。ほろ酔い気分だったこともあり、しらふならば感じたであろう、次男の不審な動きに関しても、さほど疑問を思わず声をかけることができた。

 次男は「探し物」とひとことだけ答え、またそろそろと忍び足で歩き始める。釘にくっついたタンポは、彼の足と並行な状態のまま、前方に突き出されている。あやしの動きを見ると、ついその真意を確かめたくなるものだ。

 友人が同行を願ったところ、次男は「あまり音を立てんでくれよ」と条件付きで呑んでくれる。友人としては酔っていてご機嫌なこともあり、べらべらとしゃべりたいのはやまやまだったが、どうにか我慢する。

 

 やがて次男は町中を横切る、川のたもとまでやってきた。探るようにタンポを、右へ左へと動かす横で、友人はいささか酔いが覚めるのを感じている。

 ここの河原は室町時代の頃より、罪人の首をさらす場所として、住んでいる者の間だと少しは知られている場所。中には狐憑きと思しき、精神に異常をきたした者も幾人か始末されたらしい。

 ここ最近でも、過失の殺しをしてしまったものが、死体を埋めたり流したりして、証拠を隠滅しているとも。


「よせよ。危ないし、気味が悪い」


 この時、友人は提灯を持っていて、それなりに足元が見えているのに対し、次男は例の釘タンポを持ったまま、ごつごつした岩がところどころで顔をのぞかせる土手を、ためらいなく下り始める。

 河原に降り立っても、なお釘タンポを揺らしながら、うろうろする次男。その間も平行な状態で突き出されていた釘が、やがてハサミが閉じ合わせるように交差する。

「ここか」と歩みを止め、ポンポンと小さく足踏みをした次男は、そっと釘タンポを置くと、両手で石たちをかき分け、土を掘り出したんだ。


 とうとう気でも触れたのかと、友人が止めにかかったものの、次男の肩に右手を置いたとたん、痛みと共に右手がしびれ、思わず手を引っ込める。ほどなく次男も、土の中からあるものを取り出した。

 鞘に入った小刀。懐に入れて護身用に扱うことのできる、短い刃物だった。

 次男はまず鞘に入れたまま、何度か軽く振る。そして少しだけ刃を引き出してから元に戻し、「外れだったか」とため息をつく。

 だが、ひと目見ただけの友人からすると、家紋を彫った鞘といい、刃こぼれのない刀身といい、ひょっとすると値打ちものではないかと思ったそうだ。それを手にしておいて不服そうな態度とは、いささか贅沢ではないか。

 そう咎めたところ、次男は探し物でなければ、意味がないという。何を探しているのか、と友人が追及すると、次男はあたりをはばかる小声で「忍刀」と答えた。


「世に出ぬ忍びこそ、真の忍び。世に溶け込んだために、正体を失った存在。その持ち物を探している。中でも彼らが任で用いた小刀があると聞く。それが欲しい」


 この釘はそれを探すための道具だ。彼らの記憶を探るのに必要なのだ、と次男は譲らなかったらしい。

 それからも夜半に釘を持って出歩く姿を見つけ、友人は里帰りをしたこの機会に、伝えてくれたそうなんだ。


 次男の家族も、話を聞いていぶかしむ。彼に刀を始めとする美術品をたしなむ趣味など、なかったはずだ。また、得体の知れない釘タンポなるものも、今まで一度も作ったことはなかったはず。それがどうして、今さら目覚める。

 きっかけは、やはりあの日の落雷。本当に雷に打たれたならば、千年を生きた巨木すら、幹が割れて炎に包まれ得る。本来ならば炭になっていた可能性さえある彼が、奇跡的な生還のあとから、しきりに町へ行きたがったことも、「忍刀」探しと関係があるのかも知れない。


 じかに確かめようと、今度は家族のうちの三男が、村役に出稼ぎの許しを請う。ひとつの家から時間差で申告、となると村役も手続きの億劫さからか、嬉しくない顔をする。けれども数日後には、正式な許可が下りた。

 里帰りを終えた友人と共に、町へ向かった三男。町についたのは朝方だったが、往来に人の姿が少なく、今いる者も何人かはある方向へと向かい始める。例の河原の方向だ。

 そのうちの一人を捕まえて事情を尋ねたところ、釘タンポを手にした男に傷つけられた者が出たという話。

 次男のことが浮かび、複雑な感情を抱きながらも、二人は周りの人へ尋ねて回る。整理すると、このような話だった。


 怪我を負わされたのは、同心に雇われていた岡っ引きのひとり。任務としての夜回りの最中、川の近くを通り掛かった時に、和釘の先にタンポを刺した男が土手を降りていくのが見えた。

 左右へタンポを向けながら、土手と河原を行き来する様はいかにも怪しく、岡っ引きは懐の中にしまってあった十手に触りながら、そっと後をつけていったという。

 釘タンポを持つ男は、橋の下もくぐって、いよいよせわしなく動き出す。進んだかと思うと、いきなり振り返ったりして、岡っ引きもいつ感づかれるかと肝を冷やすこと数回。

 やがて男は土手から下りて五町(約500メートル)ほど進んだところで、足を止める。その時、釘タンポの先は×の字に交差していたとのこと。男はその場で地面を掘り始め、岡っ引きはよく見るべく、足音を立てないようにして近づいていく。

 

 やがて地面から男が掘り出したのは、小刀らしき影。男がそれを軽く振ると、影の先からぼうっと細長い光が伸びた。およそ一尺の長さを持つ青白い光は、男が小刀を左右に揺すっても遅れることなくついてくる。その明かりに照らされる男の顔は、うっすらと笑みを浮かべていて、河原の石たちも存分に自分たちの身を輝かせ、青く染まる光の道を作り上げている。

 それゆえに気づいたのだろう。光が岡っ引きの方を向いた時、男は動きを止めたかと思うと、横に刀を薙いだんだ。すると描いた軌跡のままに、光が岡っ引き目がけて飛んできた。

 およそ三間(約5.5メートル)の距離を、瞬く間に渡った横一文字の光。それが視界から消えたかと思うと、岡っ引きは砂利の上にのめって倒れてしまう。

 踏ん張りがきかない。立とうとした先から、均衡が失われ、今度は尻もちをついた。

 見ると、両足首から下が消えている。血は出ておらず、切り口はすっかりすぼまっていた。

「見つけたぞ」と再び微笑む男。


「気をつけて忍べというたのに、愚かな奴。我らの技、まだ渡すわけにはいかぬというに、こんなところに落としよって」


 そうつぶやくと男は、光る小刀を逆手に握り、一気に胸へ刺し通す。

 小刀と一緒に男の身体が消え、残ったのは男が身にまとっていたのは着物のみ。岡っ引きは這いずりながら医者に向かい、治療を受けているという。


 一部始終を聞いた友人と三男は、次男の住まう長屋の部屋を訪れる。

 そこには異様なほど、線香の臭いが立ち込めていた。入り込んだ二人は、例のタンポが畳の上に散らばっているのを確認。ひとつを手に取ると、意外なほどの重さと臭いのきつさに、二人は顔をしかめる。けれども、タンポの中身はそれで済まなかった。


 詰まっていたのは、灰色の液体。三男にはわからなかったが、友人は目にしたことがある。

 とび職の者が、足を踏み外した時。頭が地面に叩きつけられた時、その頭蓋の割れ目から漏れ出したものと同じ。

「脳」であることに気がついたらしいんだ。


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