アクターズ・スキャンダル
有言実行。これは時と場合による。使ってはいけない言葉を彼女は使って見せた。そして、驚かせた。そんな彼女との出会いは、私がとある養成所に通っていた時だった。
「それで、どうして女優やりたいの?」
どんな養成所、劇団、プロダクションでも聞かれるのは動機。言葉以外でもそれは必ず表さなければいけないこと。歌を歌いたい人は、恥ずかしげも無くその場で声を大にして自分の声を披露するし、芝居で生きていきたいってことなら、パントマイムなり、セリフ覚えなりで審査の人たちを唸らせることを目指す。
私はすでに養成所に所属していて、今回のオーディションの一部を見学させてもらっていた。長い事所属していると、一期生は勿論のこと、二期生、三期生と……いつまでも上がれない苦しみと、出させてもらえない葛藤が生まれて来るもの。私は二期生だった。
日々のレッスンでは日本舞踊をしたり、皆の前で芝居したり、好きでもない人とキスをするなんてことは日常茶飯事にあった。これはあくまでも、自分が目指すべき道のためであってそこに恋だのなんだのといった、余計な感情は無かった。
そんな日々を送っていた自分だったのに、オーディションに現れた彼女の存在で全てが打ち砕かれた。審査員……この場合は上のプロダクションの役員たちが、志望動機を聞いている。
「誰とでも寝られる女優になりたいからです!」
「は!? そ、それが動機?」
「それ以外にありません!」
これにはその場にいる誰もが驚愕した。この世界、業界においてスキャンダルはタブーとされている。ワイドショーや、ネットで騒がれるのは一部の大物女優もしくは、人気俳優や芸人だけ。それも本人が希望しない、意図しない形で世に出て騒がれているものばかりだ。
その根底を覆す様な危険な発言を彼女はしている。そもそも最初からそんな志望動機で女優を目指すなど、到底あり得ない。審査の連中も私たちも言葉を失った。
もちろん、その発言の真意が真実か嘘かなんて、そんなことは大したことじゃない。だけど、間違いなくその場にいる誰もが、彼女に注目した。これもある意味で、カリスマ性があるということなのだろうか。
「え、えーと……結果は後日、メールでお知らせします」
最初からスキャンダルを志望した彼女は、合格したのだろうか。そんな危険な存在を、養成所が面倒を見切れるのだろうか。そんな私の心配を余所に、彼女はいきなり事務所預かりとして仮所属を決めたとのウワサが流れた。
名前も覚えていないけど、業界のどこかで女優として彼女は生きているのかもしれない。それでも、未だに、見覚えのある彼女の姿をスキャンダルという形で見かけてはいない。
どんな形であれ、それが彼女の手段だったかもしれない。それも人を惹きつける手段なのだから。
フィクションです。