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V.G ~少女たちの狂宴~  作者: 柊しげる
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1章~彼女からの贈り物~【後編】

1話の後編となります。

「どういうこと?」


「どういうこと、とは?」


「ふざけないで!」


千里の怒号に、木々がざわめく。


「いいのか? そんな声を出して。クラスでは優しい女生徒で通っているのだろう?」


「なにを……っ!」


「その程度のこと、知らずに勝負を受けるとお思いか?」


少女は眉一つ動かさず言う。

呆れも、怒りも、悲しみも、感情というものを捉えられない平坦で無色な声。


全てを捨て、全てを疎み、全てに諦めていそうな、

そんな虚無感をも漂わせていそうだ。


「私はあの丘の上でと伝えたはずよ。怖気づいたの?」

「それを無視した理由か?」

「そうよ! どういうことなのか…」

「簡単だ、『勝負は受けるが場所を指定される筋合いはない』からだ」

「なっ………!」


千里は飛びかかろうとするのを寸前まで我慢して、落ち着かせるように服の中のネックレスを握りしめた。

胸元を中心に淡い白光が周囲を包み、世界がゆっくりと消えていく。

少女も、静かに目を閉じてその光を受け入れていった。



目覚めた先にあったのは、歪んだ景色が並ぶ亜空間だった。




少女たちが戰う、専用の領域。

選ばれし者たちだけが居座ることを許される、この世ではないこの世。

景色がまるで歪んだアートのように揺らめいており、非現実的な情景を醸し出している。


千里が少女を睨みつけて、問う。


「準備はいいわね?」

「構わんよ」

「貴女、名前は?」

「答える必要はない」

(………)


確かに、戰場で名を名乗る規則はない。

それを理解していても、はっきりと即答されるとハラワタの温度が上がっていくのがわかった。


少女は気にせず、何もない空間から得物を現出させた。


刀。


小柄な少女よりも2倍はありそうな長身の日本刀……のようだが、よく見るとそれは刀のようであっても刀とは言い切れない代物だった。

刀身は透明度の高いガラスような風貌で、その中を赤い炎のような渦がシュウシュウと巻いている。

現代アートでありそうな、美しくも妖しいオブジェのようだった。


「……その生意気な口を黙らせてあげるわ」


千里もまた、両手に得物を持った。大きく反り返った、純白の手甲。

その周りには碧色の鱗粉がかすかに羽を形作るように舞っている。


「………」


相変わらず顔を一片も動かさない少女に、千里は構えを取った。


「行くわよ」

「……」


「レディ・バイオレンス!!」


千里の合図が響くと、一気に二人の間合いが縮まった。


仕掛けたのは千里だ。怒りに身を任せて……という愚策ではない。

千里の戦法は、まずこちらが攻めて、相手がどう受けるのかを確認するのが前段行動となる。

人間は咄嗟の動きで、普段の体の捌き方の癖が見えるものだ。

これによって、相手の動きのスキと癖を見つけやすくし、以降の展開を有利にさせるのだ。


(さぁ……避ける? 受ける? 逃げる? 仕掛ける? どんな反応をしても、私が先に動けば貴女は必ず後手になる!)


自信たっぷりの千里の笑みは、すぐに全て壊された。



「っ……」



意識が一瞬吹き飛んだ。

身体がどこかへ放り出された。



「……え」



気づくと、千里はその場から真横に吹き飛ばされていた。

少女はその場から、やはり微動だにしていない。

まるで、車や岩石に自ら当たりにいったような感触だった。


「………っく」

「終わりか?」


ツゥ…と鼻血が垂れるが、それをすぐにぬぐって千里は倒れた身体を起こす。


「………く」

「………」


少女は動かない。ただこちらをじっと見ているだけだ。

刀も抜いただけで構えのようなものは取っていない。

だが、よくよく見れば、



(スキがない……)


真っ直ぐ突っ込もうが、

サイドから回り込もうが、

上空から強襲をしようが、

屈んだ体勢から掻い潜ろうが、


どの方向から攻めても、少女の守りを崩すビジョンが見えなかった。


(……でも、それでもわかったわ)


この程度で悲観するような千里ではない。

この分析から、一つの結論が見えた。


(あの娘は受け手ね。さっきのように攻勢に出たら、その分思い切り返される)


(なら………)


千里は最初よりも少し遅めに前へ出る。

そして、


「……噴っ!! 」


しっかりと重心を据えた上で、少女に打ち掛かる。


強襲が無理ならば、射程内で確実に拳を出しに行けばいい。


千里はそう判断した。そうすれば、カウンターが来ようとも大きなダメージにはなり得ない。

打ち合いになれば、一撃が重い千里の拳が効いてくるはずだ。


「………」


少女は千里の攻撃を刀で受け止める。

一撃、二撃、三撃………

そのままいつまでも、反撃の予兆すらなく、ただただ受け続けるだけだった。


(……もしかして)


千里は三十ほど打ち込んでから、手を止めて距離を取った。

少女は追わない。高く構えていた刀を、再び元の位置に戻す。


(ひたすら受け続けて、私の疲労を狙おうとしたのかしら)


流石に、ハイペースで三十も攻撃を繰り返せば、多少息は乱れる。

息が乱れれば、身体全体の動きが鈍くなり、無理をしようとする動きでその分ムダも多くなる。

そうしていくことでスキが大きくなり、思わぬところで手痛い反撃を受けるものだ。


(だけど、それは防御側も同じじゃないのかしら)


千里の重い攻撃を何度も受けて続ければ、その分身体にかかる負担は大きくなる。

攻撃は大きな動きで身体全体の鈍りを生じさせるが、防御は動きが少なく、「衝撃を受ける」ことで一部の部位に負担がかかる。

少女はひたすら両手で攻撃を受け続けていたから、腕に痺れが起きていてもおかしくはないだろう。


「だったら……っ!」


時間にして数秒程度。

それだけ猶予を与えてから、千里は少女へ立ち向かい、高く跳躍した。


「………」


上空からの攻撃は、どう受け止めようが、必ず腕に衝撃が降りかかる。

避けれればこの上ない反撃の好機だが、


「回避なんてさせないわよ!」


空を舞った千里は、重力よりも素早く落ち始めた。

彼女の持つ手甲の力だ。


「………」


少女は動かない。いや、動けないのか。電車が駆け抜けるよりも速く、そして二人の距離は1mもない。

回避は不可能だ。


守るか、

当たるか、

迎撃するか、


どちらかしかない。

どれになろうと、千里はどうでもよかった。


いけ好かない無愛想な女に、一撃浴びせたかった。



だが、


突き出した手甲は、



少女に触れるよりも前に砕け散った。


「え………」


手甲の破片が顔に触れようとしたとき、鳩尾を何がめり込んだ。


「おっ…ぁっ……」


肺を瞬時に圧迫され、息が止まる。視界がぼやけたと思ったら、今度は身体が少女の頭上を超え、そのまま背中から地面へ落ちた。


「……っ、えほっ!」


何が起きたのか、すぐに呼吸をして脳に酸素を取り込もうとする。


「………」


やがて意識がはっきりして、横っ腹に激痛が走った。


「ぐっ………」


手を添えると、温かい液体が衣服を濡らしていた。


「っ………貴女……」


「何を座っている。生きているのであれば立て」


少女は冷淡に、千里の顔に刃を向ける。


今はっきりと、何が起きたか理解した。



なんてことはない。


ただ単に、空いていた千里の脇腹を峰打ちし、そのままめり込んだ状態で刀だけで背負投をされた。


千里の意外性を狙った奇襲は、全て「正しく防がれ」、そして「迎え撃たれた」のだ。


腕の痺れなんか全くないだろう。

彼女にとって千里の三十の攻撃など、防御をするだけで何の効果も及ぼしてなかったのだ。


「…………」


武器の扱い、

身体の造り、

判断力、

技術、

戦い方、


全てに於いて、少女は千里を上回っていた。


「どうした、来ないのか?」


少女は打ちひしがれた千里に訊く。

攻めに入る前の確認だろう。

答えなければやられる。

答えによっては…すぐにはやられない。


身体と精神は既に大きな創痍が浮かんでいる。

砕かれた脇の痛みが、正常な思考を阻害する。


負ける……?


いや、


勝機は……


「ある」


「なに?」


千里はガタついてきた身体を慣らすようにゆっくり立ち上がった。

両手につけた武器を、信じるように見つめる。


(頼むわよ………)


変わらぬ姿勢で立っている少女を視界に納め、千里は飛び出す。

折れて体内で突き刺さったであろう肋骨の痛みで、今にも気が失いそうだったが、関係ない。


最後まで、自分の力を信じて戰うだけだ。


目に映る景色が、少女の顔で埋まっていく。


腕を伸ばせば届くまで、


唾を飛ばせば当たるまで、


伸ばさずとも指が触れるまで、


今だ。


「はぁぁぁぁぁ!」


千里は両の手甲を胸の前に構えると、その先端を思い切り搗ち合った。


「…っ!」


少女は何かに気づいたのか、後方に大きく飛び退いた。


「捉えたぁぁぁぁ!」


千里の速度が一気に上昇し、空に取り残された少女へ一気に迫る。


--------------------------------------------------------


「な、なに……?」


気を失っていたのか、道端で倒れていた一人の女生徒が身を起こす。


「え、え、なによこれ……?」


異様だった。

先程まで丘の下の下校路を歩いていたと思ったら、急に景色が歪み意識が堕ちた。


気づいて目を開けてみたら、まるで水彩絵の具を垂れ流したような歪んだ景色が周囲を覆っていた。

夢だと思って頬をつねるが、正常な痛みが彼女を襲う。


「うーん、なんか夢日記に迷い込んだみたいけど……ん?」


後頭部を掻きながら歩いていると、何かを踏み出すような音が聞こえた。


「なに? 誰かいるの?」


その音がする方へ走っていくと、声のようなものも耳に入っていく。


「なんなのよ…もう……」


やがて、金属同士がぶつかるような音がして、彼女は思わず歩を止めた。


「あれ……あの子達は………」


彼女の視点には二つの影があった。

刀を持った少女が、空に浮かんでいる。

それを追う少女が、碧い光に身を包みながら凄まじい速度で空の少女へ迫る。


そんな、漫画の見開きにもなりそうな画を見据えたすぐのことだった。


空の少女が刀を振るったかと思うと、迫り来る少女の胴が、鮮血と共に切り裂かれた。


--------------------------------------------------------


「千里ちゃああああああん!」


地面に落ちた千里は、そんな叫び声を聞いた。

血まみれで上半身のみとなった千里を抱き起こしたのは、無二の親友である芽未だった。


(どうして、芽未ちゃんが……?)


そう言いたかったのに、言葉に出来なかった。

やけに身体が軽いな、と思ったら、地平線の先に自らの両足が散らばっているのが見えて、納得した。


「千里ちゃん! 千里ちゃん! なんで!? どうしてこんな……!」

「………」


血に混じって、芽未の涙が千里の顔に降る。

泣き出しそうな……いや、もう泣いてしまっている。


(親友を泣かしちゃうなんて……悪い子だな、私……)


(でも、なんで芽未ちゃん、ここにいるんだろ……ここは…ヴァ…っ)


意識がぼやけてくる。もう千里は、自分の生命が尽きることを覚悟した。


だが、

その前に、

最期だけ、

泣き顔になった、

親友の肌に、

触れたかった。


(それくらい、いいですよね……? ほんとの望みは叶えられなかったけど…)


(いいよね……? 今まで頑張ったんだし、芽未ちゃん……?)


ゆっくりと手を伸ばす。

思えば、芽未はスキンシップが激しかったが、千里から芽未に触れることはあまりなかったかもしれない。

最期が最初になるのは、少し後悔した。


「………ちゃ……ん」


その手は、芽未に触れることなくだらんとぶら下がった。

千里の眼は閉じられ、二度と開くことはなかった。


「せんり…ちゃん………」


「せんりちゃあああああああああああん! 」


「退いてもらおうか」


慟哭する芽未を、銀髪の少女がお構いなく刀で吹き飛ばした。


「んがっ!」

「………」


少女は死に絶えた肉塊の首筋から、ネックレスを取り出してそれを拳で潰した。

拳の中でわずかな光が漏れ出したが、すぐに何も無くなっていた。


「……終わり」

「………あんた……何したの?」


芽未が少女を睨みつけて問う。


「あんた、せんりちゃんになにをしたのよおおおおお!」


飛びかかる芽未を、少女はその首根っこを掴んで片腕で持ち上げた。


「あぐっ……」

「部外者は黙っててもらおう」

「……」

「ん?」


青くなっていく芽未を見て、少女は何か怪訝な目になった。

スルリと手を離し、芽未を解放する。


「げほっげほっ!」

「初真だ」

「え……」


冬見初真ふゆみはつまだ」


初真が芽未に名乗ると、陽炎に揺らめきながらその場からフェードアウトするように掻き消えた。


「………」


何も考えられなくなって、芽未は力なくかつての親友を見た。


「……千里ちゃん!?」


すると、その身体が淡い光に包まれていく光景を目の当たりにした。


「千里ちゃん? 千里ちゃん!」


抱きかかえようとしたが、物理的な感触はなく手が素通りするだけだった。


「ま、待って! まだ、まだ千里ちゃんに言ってないことが……!」


千里だったものは、光の粒子となり、煙のように天に昇っていった。


「行かないで! なんで! なんでなの! 千里ちゃあああああん!!」


芽未の懇願も空しく、やがて光は静かに消えていった。

その場にいるのは、芽未だけとなった。

初真もいない。

親友だったものもいない。

独りになった。



茫然と何も受け止めきれてない焦燥感を味わいながら、

再びあの意識の歪みが襲い、芽未は倒れ込んだ。



1話は終了しました。次回は2話になります。

戦闘描写はありません。

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