最強オバチャンも悪くない
「もっと痩せなくちゃ・・・」
体重計に乗って、数字を睨みながら私は呟いた。
痩せて、キレイになってそしてあの人に告白するんだ‼
食べる量をギリギリまで我慢して、お腹が空いたら水を飲む!
それでもって・・・
あれ?あれれ?
頭がくらくらしてきた・・・足に力が入らない。
ここのところ無理なダイエットしてたからかなぁ?
だ、ダメだ・・・
意識が暗転した。
「おはよう」
かわいい男の子が顔を覗きこんでいる。この子誰だろう?
「ケイちゃんおはよう」
『私』がそう言って、男の子を抱き上げて起き上がった。
あれ?自分の意志と違う『私』の中にいるぞ⁉
「すぐ朝ごはんにするからねぇ」
ひょいと男の子を床に立たせると、『私』は勢いよくベッドから抜け出し、台所まで、のっしのっしと力強く歩いて行った。
手慣れた様子で食材を用意して調理を始める。
ちょっとちょっと!なにこれ?私じゃない『私』って何なの?
私、料理とかまるでやったことないのに、馴れた手さばきでみるみる何品ものおかずが出来上がる。
御飯をお茶碗によそっていると、さっきの男の子が台所まで来て、料理のお皿をリビングに運んで行った。
コップに氷水をくんで、手を洗って、箸やらなにやかやお盆に三人前乗せてリビングへ向かう。
「あなた、御飯よ」
『私』が大声をあげると、ひょろりと背の高い痩せた男の人がリビングへ姿を現した。
三人で朝食を食べる。
私は誰か知らないオバチャンの中にいた。嘘でしょ?何なのこれ。この事態は何?
私はまだ高校生なのよ!なんで恋愛もなにもかもすっ飛ばしていきなり子持ち主婦にならなきゃなんないの?泣きそう!
「ごちそうさま」
「はい。おそーそーさま」
後片付けにさっさと取りかかる『私』。なんかバイタリティーあるなぁ。
ちょっと圧倒されてしまいながら、私は『私』の中にいた。
嫌だなぁ。一番考えたくないパターン。
どうせならもっと、愛しい旦那様とイチャイチャしてる新婚生活とかの方が良かった。
なんでいきなりこのシチュエーションなんだろう?
私の気持ちなんか全く関係なく、『私』は家事をこなしていった。多分この人の日課なんだろう。てきぱき掃除洗濯あっという間に終わっちゃう。
「ケイちゃん、買い物行くよ」
「はーい」
ケイちゃん、を連れて白いライトバンに乗り込む。うわこの人自分で運転して行くんだ。
ハンドルさばきもなかなかで、私は感心してしまっていた。
スーパーに行くともう買い物の品目は全部わかってるみたいで、効率よく店内を移動してかごに品物を積み上げていった。
一抱えある荷物を左手で持ち、右肩に5キロの米を抱えて、ケイちゃんを気づかいながら買い物完了。
ライトバンに戻り、運転して帰宅。買ってきたものを家の要所に納めて、やっと一息。
ケイちゃんが持ってきた絵本を読み聞かせ始める。
ケイちゃん、かわいいなぁ。子どもってこんなにかわいかったっけ?
私は『私』をちょっとだけ羨ましく思った。きっと幸せな人生を送っている人なんだろうな、と思った。
でも、それはこの人の人生であって、断じて私の人生じゃないの。
私はこんななんでもできるオバチャンになりたい訳じゃなくて、リードしてくれるカッコいい旦那様に甘えながらかわいがられて生きていきたいなぁ。
そんな不満を抱えながらそのまま夜を迎えた。
旦那様が仕事から帰宅して、三人で夕食。
テレビを見てくつろいでいる家族をリビングに残してお風呂の準備。
なんて単純な退屈な人生なのよ?
そう思った時だった。
ケイちゃんの叫び声で駆けつけると、旦那様が苦しそうに倒れていた。
『私』は全身の力をふりしぼって旦那様を抱えると、ソファーベッドに寝かせて、救急車を呼んだ。
ネクタイをゆるめて、濡れタオルで顔を拭いてあげる。
私はどうしようどうしようって戸惑っているばかりなのに、この人の頼もしいこと!
救急隊員が駆けつけて、担架に旦那様を乗せて救急車に運ぶ。『私』は家の戸締まりをして、ケイちゃんを連れて救急車の後からライトバンで病院までたどり着いた。
お医者さんに看てもらって、なんとか旦那様の容態が落ち着いた頃には、真夜中になっていた。
「心配かけたな」
旦那様が本当になんともいえない表情で『私』に言った。
私は『私』と一緒に泣いた。
深夜、眠ってしまったケイちゃんと体調の悪い旦那様をライトバンに乗せて暗い夜道を運転して帰った。本当になんて精神力なんだろうと思う。
二人を寝かしつけてからベッドに入る。
明日の朝はどうなるのかしら、と私は思った。
いつの間にか私も眠ってしまった。
「あれ?」
気づくと、私はお風呂場の体重計の上だった。
一日オバチャンになっていたはずなのに、記憶が途切れた時点に戻ったらしかった。
ふらふらする体を動かして自分のベッドに入った。
翌朝、いつものように高校生の自分に戻っていて朝ごはん抜きで学校へ向かった。
親友の朋子が、私の好きな男の子に「どんなタイプが好き?」って聞いてくれた。
「ムチムチボーンってしたグラマーな娘!」
「えっ⁉」
そりゃ私、胸があることはあるけど、洗濯板だし・・・
あまりのことに絶句していると、その男の子は「俺の理想のタイプ」と言って、母親の若い頃の写真を見せてくれた。
私はびっくりした。写真に写っていたのは、『私』だったから。
「圭一君、お母さんからケイちゃんって呼ばれてる?」
「うん。なんで?」
「いやその・・・」
なんか、あの不可思議な出来事が意味があったんだと合点がいった。
「私、料理とか家事とか頑張るし、頼りになる奥さんになるよ?今から努力したら、私でも付き合ってくれる?」
「えっ。・・・いいよ」
よっしゃ!しっかり食べて力つけて精一杯生きてくぞ‼
私はそう決意した。
〈fin.〉