第2話
「で?店にはもう慣れた?」
カウンターでオレンジジュースを飲みながら、匠がからかうような表情で聞いてくる。
「まぁな」
海音はなるべく音を立てないように気をつけながらカップを洗う。
これもだいぶ上手にできるようになってきた。
あの日から2週間。
初めてこの喫茶店に連れてこられ、のんびりお茶を飲む間もないまま、あれよあれよと言う間にバイトすることに決まったあの日。
その日以来、飽きもせず毎日ここに立ち寄る匠に、暇人はおまえじゃないかと思う。
「板についてきたじゃん」
「そーか?」
手を休めずに相手するのも慣れたものだ。
「楽しい?」
「まぁな」
「怒ってる?」
「まぁな」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・冗談だよ」
本気にすんなって。
だからからかい甲斐があるんだよなぁ、こいつは。
「でもさ、マスターは一体何が知りたいんだろ」
海音が話題を変えると、匠はすぐに乗ってきた。
「さぁ・・・俺にもわかんないんだよねー」
「あ、そろそろだ」
海音は洗剤を洗い流したカップを拭きながら、時計に視線をやった。
視線の先にはアンティークの振り子時計がかかっている。
と同時に、ガチャンとノブが回される音が響く。
重たい扉を開けたのは、背の高い少年。
逆光で顔が見えないけど、海音にはシルエットだけでそれが誰だか分かる。
「いらっしゃいませ」
マスターが浮かべる穏やかな微笑までは行き着いてないだろうけど、にっこり笑顔を向けた。
「こんにちは」
彼は真ん中の大きなテーブル席に腰を下ろした。
「今日も借りるね」
「どーぞ、どーぞ」
お冷とメニューの準備をする。
「しばらくお前の相手はできないけど、拗ねるなよ?」
小声で匠にそう言ったら、「べぇ」とあっかんべえが返ってきた。
「いつも悪いね」
「大丈夫ですよ。ガラガラですから」
彼、桔梗明日佳は海音・匠と同じ高校の1つ先輩だ。
桔梗明日佳。
名前だけ聞くとまるで女の子のようだけど、れっきとした男子生徒。
学内にその名を知らない者はいないだろう。
その整った容姿は、すれ違う人の目を惹かずにはいられない。
明るく屈託ない性格で、学校でも男女の別なく人気は高い。
演劇部、部員。
演劇部員の間では陰の部長と言われている人物。
身長176センチ。体重60キロ。
血液型A型。
匠は生徒手帳に素早く目とペンを走らせる。
(これで顔写真撮れれば完璧なんだけどなぁ)
いつか盗撮でもするか?などと穏やかでないことを考える。
海音は意外に思うだろうが、匠はこう見えて完璧主義のところがあった。
「こんにちは」
桔梗に続き、よく通る声で挨拶をしながら入ってきたのは先矢泉帆。
彼女が演劇部の部長。
スラっとした長い足。
背も高く、舞台映えするその容貌。
顔立ちは整ってはいるけど、どこか人工的で冷たい印象を与える。
サラサラのストレートヘアが肩の辺りまで伸びている。
元々色素が薄いのか、自然な茶髪と茶色の瞳が綺麗だ。
遠慮のない匠は、初めて泉帆を見た時に海音にこそっと耳打ちした。
「整形かなぁ?」
「お前・・・それは言いすぎ」
身長167センチ。体重48キロ。
血液型AB型。
続いて泉帆の親友・森崎奈於が入ってくる。
身長162センチ。体重52キロ。
血液型O型。
彼女は染めた茶髪をポニーテールにしてリボンで結わえている。
奈於はカウンターの方に人懐こい笑顔を向け、「こんにちはー。お疲れ様」と挨拶と共に労いの言葉をかけてくる。
日頃から女の子は愛嬌だと言い切る匠は、奈於に対して好印象を持っているらしい。
「ゆっくりしてって下さい」
女子免疫の低い海音も、奈於にはさらっと言葉を返せる。
彼女には泉帆とは違い親しみやすい雰囲気がある。
「私達だけみたいね」
桔梗の隣の席にかけながら、泉帆が言った。
奈於は並んだ二人を見て、視線を落とす。
「ああ。まだみたいだね」
海音が3人分のお冷とメニューを運ぶ。
「ありがとう」
奈於がグラスを受け取り、桔梗と泉帆の前にも置いてくれた。
こういう気遣いをさらっとできるのが彼女の魅力でもある。
「注文、いいかな?」
桔梗に声をかけられ、メモを取る。
「ホットケーキと紅茶。腹へっちゃった」
海音に向かってクシャッとした笑顔を向ける。
邪気のない、その無防備な笑顔に、一瞬ドキッとした。
明日佳は黙っていれば泉帆に負けず劣らずの容姿端麗ぶりだ。
まさに美少年と言える存在だが、表情がクルクル変わって見ていて飽きない。
「私はクリームソーダお願い」
奈於もお決まりの注文をし、続いて泉帆が「私はレモンスカッシュ」と注文した。
厨房では注文を聞いていたマスターが、既に手際よくホットケーキを作り始めている。
海音はカウンターに下がり、飲み物の準備にかかる。
その間も、耳はしっかり3人の会話をとらえていた。