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僕の夏休み  作者: ウナ
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第1話


入学してから早々に行われた中間テストがようやく終わり、五月の爽やかな風を感じる余裕がようやく出てきた頃、クラスメートに誘われて初めて喫茶店に入った。

それが、『街角喫茶』だった。



「絶対ウミは気に入るよ!」

海音の手を引っぱるようにして歩く匠の足取りは軽い。

高校生にしては童顔の匠が、やはり高校生にしては大人びた顔をしている海音の手を引いている姿は、すれ違う人々の気を惹くらしく、ここに来るまでどれくらいの人の視線を浴びただろうか。

特に女子高生を初めとする女性達は視線が外せないらしく、しつこく二人の姿を目で追っていた。

匠は童顔と言っても弟系のアイドル顔をしていたし、海音に至ってはその容貌はあまりに整いすぎていた。

こんな二人が連れ立っていれば、嫌でも人目を引き付ける。

視線を気にして俯き加減の海音に対し、匠はどこまでも屈託ない。

そんな匠の手を無下に払うこともできず、海音はひたすら俯いていた。

一方全く気にする素振りもない匠の方は、今から行く場所がどれほど素晴らしいか、そのことを海音に伝えることで頭が一杯らしい。

「すごい雰囲気あるんだー」

匠が気に入っていて、自分の家から近く、更に学校からも近いというその店は、閑静な住宅街の一角にあった。

学校から徒歩10分。

駅からは徒歩20分。

そして匠のマンションからだと徒歩3分だというこの場所。

いつも学校と駅の往復しかしていない海音にとって、ここは初めて来る場所だった。

高級住宅街が醸し出す雰囲気にいささか圧倒される。

(こいつ・・・こんなとこに住んでんのかよ・・・)

確かに匠は、裕福な家庭に育っただろうと周囲に感じさせる雰囲気をまとっている。

おっとりしていると言うか、どこか世間離れしていると言うのか。

「すごい大きい家ばっかでしょ!」

匠の言葉通り、大きな庭のある大きな家ばかりが建っている静かな住宅街に、人影はない。

子供の声がするわけでもなく、しんと静まり返っている様は異世界に迷い込んだ気分にさせられる。

「ここだよー」

匠はまるで自分の家を紹介するような口ぶりで一軒の洋館風の家を指差した。

この住宅地の中でもひときわ広い土地を占めている。

家、と言うにはいささか大きすぎて、まさに洋館という言葉がぴたりとくる。

喫茶店だというけど、看板は出ていない。

それはまるで常連以外の人間を拒むかのようだ。

こんな場所で、こんな風に人伝にしかその存在を知られなかったら、果たして経営なんて成り立つのだろうか?

「こんなとこ、あったんだ」

『街角喫茶』の目の前に立った海音は、ただただその佇まいに圧倒され、その一言を口から押し出すのが精一杯だった。

そんな海音の反応に気を良くしたのか、「中はもっと素敵だよー」

早く早くと匠に急かされ、重たい扉のノブに手をかけた。

外の明るさと店内の薄暗さのギャップに、一瞬クラッと眩暈がした。

後から入ってきた匠が「大丈夫?」と心配する。

彼は慣れているのだろう。

眩暈を感じた様子はない。

「あ、うん」

目が慣れて、ようやく中を見回す余裕ができた。

店内はたっぷりとした広さがあった。

カウンター席が6つと、4人掛けのテーブル席が2つ。

カウンターはかなり広く、席の間隔も広くとってある。

そして丸い大きなテーブルが店内の真ん中に置いてある。

優に10人くらいは座れそうだ。

「ね、座ろ?」

「ここが俺の指定席〜♪」と無邪気に言いながら、匠はカウンターのスツールに腰掛けた。

カウンターも奥行きがあり、かなり広めだ。

その上にシュガーポットや紙ナプキンなどは一切載っていない。

愛想も素っ気もない、そんな印象だった。

匠が腰を下ろしたのは、一番手前から2番目の席。

海音は自然とその隣、一番端の席に腰を下ろした。

「俺ね、中学生の時から来てるんだよ」

メニューを海音に差し出しながら、足をブラブラさせている。

「おいおい。中学生が喫茶店なんかに入り浸って大丈夫かよ?」

海音が聞くと、「俺の家の近所だもん」と一蹴された。

(そうゆう問題か?)

「最初はおふくろと姉貴と3人で来たんだ」

(なるほどね)

「で、すっかりこの雰囲気が気に入っちゃって、それ以来常連ってわけ」

「ずいぶん渋い店だなぁ」

「でしょ?でも、ウミはこういう雰囲気好きだよね?」

ニッコリ笑ってそう言われると、当たっているだけに「うん」と返すことしかできない。

「俺はいつものにしよっかな。ウミはなんにする?」

「んじゃあ、俺もお前のいつものにしてみようかな」

この雰囲気に圧倒されて、メニューを広げる気も起きなかった。

常連の匠に全てお任せすることに決め、海音は店内をキョロキョロ見回す。

落ち着いたダークブラウン系の家具で統一された店内。

庭に面した大きな窓からは、外の明るい日差しがたっぷりと入るだろうに、木製のブラインドでその陽は遮られている。

厨房は店内からは完全に見えないようになっている。

壁に嵌め込まれたカップボードを背にした、かなり大きなカウンター。

そこには様々なカップやグラスが飾ってあり、食器類が好きな海音には興味をそそられる光景だ。

「いらっしゃい」

低い、けれども通りのよい声がし、慌ててそちらに目を向ける。

背の高い、肩幅もがっしりした体型の男性が、カウンターの向こうに立っていた。

(最初からいたのかな?)

店内に入った時はいなかったよな?と海音は首を傾げた。

彼は海音と目が合うと、ペコンと頭を下げてくる。

「こんにちは」

「あ、こんにちは」

返事をするのに間が空いてしまった。

彼は海音ににこっと笑いかけると、今度は匠に話しかける。

「珍しいね。ショウくんが友達連れてくるのは」

「うん!こいつは特別なんだー」

「特別?」

「そ。俺の恋人なの」

匠はにっこり邪気のないような笑顔で言うと、海音とマスターの顔を交互に見る。

「美人さんでしょ?」

「ショウくんは面食いだからなぁ」

ハハッと軽く笑うマスター。

海音はマスターの言葉に首を傾げた。

(おいおい。本気にしてないだろうな?)

誤解されるから止めろと言ってるのに、一向に止めない匠。

入学以来、海音は匠の知人に対して毎回このように紹介されてきた。

初めて匠の母親に会った時もこんな調子で紹介され、海音は思わず飲んでいた紅茶を噴き出してしまった。

だが、さすが匠の母親と言うべきなのか「あら」と一瞬驚いた様子ではあったが、「この子はとてもわがままだから手を焼くでしょ?よろしくお願いしますね」と続けた。

いわば公認された、と言うべきか。

海音は言葉にならず、ただただ頭を下げるので精一杯だった。

彼としては、あくまでも「友達として」精一杯仲良くさせてもらいます!という意味で。

そんな匠のせいで、学内にはこの冗談を本気にとっている生徒も多数いる。

実害はないから(?)あえて弁解もしないが、たまに「頑張って下さい!」と妙な応援をされることもある。

クラスメートには「嫁さん元気か?」等と聞かれる始末。

からかわれる海音としては「俺が旦那か・・・?」とツッこむのがやっとだ。

あれっ?これってもしかして実害か???

マスターは匠の軽口には慣れているのか、さらっと聞き流した。

海音にとっては非常にありがたい大人の対応だ。

「こんにちは。はじめまして」

そう言いながら、大きな手を海音に差し出す。

匠とマスターの会話を反芻していた海音は、目の前に差し出された手に気付き、ハッと顔を上げ反射的にその手を握った。

(挨拶に握手を求めるのって珍しい)

握手しながらそう思った。

(外国で生活してたのかな?)

「ここのマスターの津行和早です」

「かずさ?」

聞きなれない名前に、思わず口に出してしまう。

「珍しいでしょ?」

「あ、はい・・・」

よく言われるのだろう。

マスターはそう言いながらまたにっこり笑った。

海音も自分の名を名乗ろうとすると、横から匠が口を挟んだ。

「前から話してる勝浦海音くんだよ」

「あ、勝浦海音です。よろしくお願いします」

ペコンと頭を下げる。

匠がてきぱきと注文をし、マスターはひとまずカウンターへと戻った。

匠の『いつもの』はアイスコーヒーらしい。

海音が開かずに戻したメニューを見ながら、「ここはケーキもおいしいんだよ。せっかくだから食べたら?」

(そういやぁこいつはメチャクチャ甘党だったっけ)

よく立ち寄る駅前のカフェの光景がふと頭に浮かんだ。

(キャラメルラテとかなんとかフラペチーノとか、生クリームたっぷりのをふつーに注文するもんなぁ)

2人の間では毎度のように「女子じゃないんだから」「いいじゃん。好きなんだから」と言うやり取りが交わされるのだ。

そんな光景が思い出され、ついクスッと笑ってしまった。

そんな匠の『いつもの』が極々普通の『アイスコーヒー』だったことに、今更ながら海音は驚いた。

「ケーキはいいよ」

海音がそう返すと、匠は「遠慮しなくっていいのに」と言いながらメニューを一瞥し、「じゃあお任せってことで」と1人納得し、マスターに追加注文を伝える。

「喉がかわいているだろうから」とマスターは先にアイスコーヒーを運んできてくれた。

「お冷も出してなかったね」

ごめんごめんといいながら、三日月のレモンが浮かんだお冷も置く。

「ありがと」

匠が2人分受け取り、海音の前にもグラスを置いた。

マスターが再びカウンター内に戻ったので、海音はアイスコーヒーを一口啜った。

匠はガムシロップを入れるのに手間取ってる。

(おいおい。それ、一体いくつめだ?)

匠の手元に視線が釘付けになる。

「ケーキ頼んだのに、コーヒーも甘くするのかよ?」

海音の口からつい言葉が漏れた。

海音のあきれた視線にも気づいたのか、匠がジロリと視線を向ける。

「あきれてるんでしょ?」

図星。

「あきれるって言うか・・・感心してるって言うか・・・」

海音にはとても真似できない芸当。

ガムシロを4つ入れ、更にコンデンスミルクを2つ入れる。

これではもはや、アイスコーヒーとは言えないだろう・・・。

それでようやく満足したのか、おいしそうにストローに口をつける。

見てるこっちはそれだけで胸焼けしそうだ。

「にしても、高校生が入り浸るにはずいぶん渋い喫茶店だな」

匠のアイスコーヒーから視線を外し、海音はそう言った。

「まぁ、喫茶店自体、今はあんまり見かけないよね」

確かに。

最近はチェーン店のカフェは至る所で見かけるけど、こういう個人経営の喫茶店はあまり見かけなくなった。

「で?その行きつけの喫茶店に俺を招待した理由は?」

匠に誘われた時から聞きたいと思ってた事をようやく口にする。

「俺のお気に入りの店にウミを是非招待したいの!」

お得意の天使の笑顔でそう言われ、「面倒くせぇなぁ」と言いつつも邪険にできずついてきた。

「なんで?」と理由を聞こうとも思ったが、きっとその場では答えないだろうと思いその質問はしまっておいた。

チューッと音を立ててコーヒーを啜る匠。

「お得意の推理、してみたら?」

どうやら、中々言い出しづらいことらしい。

(こいつがこうした態度をとる時は、たいてい頼み事の時なんだよなぁ)

入学式から約2ヶ月。

その間に大体匠のことは分かるようになってきた。

なんと言っても裏表のない純粋・素直・単純な性格。

それ故に分かりやすい。

(こいつが俺に頼み事って言ったら・・・)

「追試用の家庭教師?」

「えぇ?」

海音の言葉に心底驚いたと言わんばかりに、匠は思い切り目を見開く。

「テストの出来が悪くって、俺に追試の家庭教師してほしい、とかじゃねーの?」

「ちがうよ!」

むくれて即座に否定する。

こういう態度が同級生ながら幼く感じ、ついついからかってしまう海音だった。

「大体、まだテスト返ってきてないだろ」

確かに。

(ま、追試のための家庭教師なんて頼んでこないだろうな。こいつは)

アイスコーヒーに口をつけながら考える。

追試の心配するような器の小さい奴じゃない、って言ったら褒めすぎかもしれないが、匠の成績だったら追試を受けるまでもないだろう。

「じゃあ、何?」

「ここでバイトしない?っていうスカウト」

えへへ〜と邪気のない顔で笑う。

海音が密かに『天使の笑顔』と名付けている邪気のない笑顔。

「へっ?」

思わず声が裏返った。

そして匠の顔をまじまじと凝視してしまう。

何?突然。

そりゃあ接客業とかって嫌いな方じゃない。

人当たり良くないけど。

この店もいい感じだし。

今バイトもしてないし。

でも、いきなりバイトって・・・。

一体なんで?


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