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魔法書店のフェアリーテイル  作者: 夢咲 雪
序章
4/4

三日月ドリーム

 

 少女漫画で言われる「さわやか系」とはこのことを言うのだろう。

 そこそこ出来上がった副店長の顔立ちはスポーツ選手のように凛としていた。身長も175はあるだろう大きさで突拍子も無くでかいわけではない。悔しいが私よりも清楚感がありそうなオーラが漂う。

 無事誤解を解かれた私は見事な蹴りで九死に一生を助けられた副店長に書店の外までお見送りをしてもらうことになった。浦島太郎も無料で得ることができたので今夜は浮いたバイト代で晩飯を豪華にしようかななんて考えていた


 「本当に申し訳ありませんでした。店長も鉄平も悪い人ではないのでないのですが…こう、スイッチが入るとどうしても…」

「あはは…副店長さんも大変ですね」


 鉄平とは神楽チャラ男のことだろう。苦笑いだが思わず同情してしまうほど激しい現場だった。それを副店長は何回も乗り越えてきているのだろう。想像するだけで恐ろしい。


「そういえば副店長さんっていくつなんですか?そうとう若く見えるんですけど」

「17です」

「なるほど、どうりで若く見えるわけ…ってええっ!?」


 思わず見返してしまう。


「同い年!?ってかタメ!?」

「はい」


 何食わぬ顔で返答を続ける副店長。同じような反応をされすぎて慣れているのだろう。


「タメ口OKです」

「えーっと…じゃあ」


 ちらっと彼の胸元につくネームプレートを見る。


「ゴシキさ…くんはどこ高校なの?」

「あ、えっと…」


 五色は目線を落とした。


「すいません、俺、高校は通ってなくて……」

「あ、ごめん!そうだよね!副店長務めるほどだもんね!……あれかなっ!飛び級?ってやつですでに高校過程が修了しているとか!」

「いえ、中卒です……」


 誤って踏んでしまった地雷を回収しようと持ち返したものも、間に合わなかった。気まずい沈黙が流れる。


 あぁ、完全に悪いのは私だ。

 副店長の肩書きを持つ人が高校に通っているわけが無いじゃん。

 そんなこと容易に考えられたことだ。


「あの…三日月さん」


 意外にも沈黙を破ったのは彼だった。


「魔法書籍のメンテナンサー……興味あるんですか?」

「えっ」


 不意な言葉に落としていた目線を五色に向ける。目線が一致すると誤魔化すように五色は両手を左右に振った。


「いえっ、違うんです!さきほどの盗難騒ぎの時にスクールバックの中身を確認させていただいたのですがメンテナンサー関連の本が多数所持してらっしゃったようで……」


 誰にも話したことがなかったことだ。今日知り合ったばっかりの書店員。そんな彼に話していいかは躊躇った。根拠はない。だけど彼ならって思った。ただの勘だ。


 噛んでいた下唇を離し、そっと口を開いた。


「私ね、将来は魔法書籍のメンテナンサーになりたいって考えてるの」


 歩いていたペースが少し遅くなるのを感じた。


「ただやってみたい、触れてみたいっていうだけで夢なんて言えるレベルじゃないし合格率1%にも満たない国家試験を潜らなきゃならないのも知ってる。それでも目指してみたいって思うんだ。でも、こんなこと本物のメンテナンサーが聞いたら店長の蹴りレベルじゃ怒りが収まらないよね。今度こそ干潟に埋められるかも、いや、もしかしたら東京湾に」


「三日月さん」


 私の名を呼んだその声は何か想いが込められているように聞こえた。


「この後、時間ありますか」


    



    ◇◇◇




関係者以外立ち入り禁止のロープをくぐり、地下一階へ向かった。真っ暗で何も見えず、ただ五色くんに引っ張られる手に身を任せるしかなかった。


「五色くん、ここって」

「夢なんて理由をつけるだけ面倒くさくなるだけです」


 暗闇の道を進みながら彼は言った。


「かつて教えられた先生に恩返しがしたいから、日本一有名な歌手になりたいから、医者になって世界中の人々を救ってあげたいから……将来の夢に理由なんてつけたらその時点で引き返しにくくなって周りが見えなくなる。結果的に家族、友達と言った身近な存在が声援という名の鍵で他の可能性の扉を勢いよく閉めていきます。最後に残る扉は目の前にあるもの一つだけ」

 

 足が止まり、彼は手を離した。そして何かを準備している。


「私も三日月さんもまだ17です。残念ながら私はとある理由で書店員としての扉を開けてしまいましたが、三日月さんにはいまだ沢山の扉が待っています」

 

 真っ暗な地下一階はパチっという音と共に光が灯る。書店のフロアと同サイズの地下一階は壁一体が本で敷き詰められていた。

 

 いや、違う。これはただの本ではない。


「将来の選択はこれからです。将来の夢だって理由だって今はそれぐらいでいい。周りに馬鹿にされるぐらいがちょうど引き返しやすい」


 五色くんの手には一冊の分厚い本…いや

 魔法書籍のすべてを動かす《原本》があった。


「それに、魔法書籍の仕事に関わりたいからって理由で魔法書籍メンテナンサーは冬の東京湾に手をロープで縛り付けて沈める、なんてことはしないですよ」

「五色くん、店長より激しくなってるよ」


 つっこみをいれたが彼の発言はまるで自分がメンテナンサーのような発言だ。


 少々気になった。


「少なくとも、俺は、ですけどね」


 …俺は?


 彼はエプロンのポケットから名刺を一枚取り出し、私にくれた。

 そこには驚愕の事実が書かれていた。


   日本書店連盟 配属先 書店アンシャンテ

   魔法書籍メンテナンサー兼副店長

   五色 社取(17)


「嘘でしょ…」


 高校に通っていないあたりから不思議な経歴とは感じていた。よりによって大人しそうなさわやか系が…

 五色はやってやったりと言わんばかりの笑顔だった。いい顔して意外とドSかもしれない。


「これから《シンデレラ》のメンテナンスに行く予定なのですが俺一人では主人公の「シンデレラ」をイジめる姉妹たちが言うこと聞かないかもしれません。なので」


 左に持ったシンデレラの魔法書籍と反対の右手を私に差し出した。


「ついてきてくれませんか?メンテナンスの仕事へ」


 少し彼について理解ができた。さわやかな顔して比較的おとなしい性格、ちょっぴりSな部分も混じっているが


 きっと、誰よりも気を使えて優しい人


 そう感じた。


「ついてきてくれって言われるならしょうがないなぁ~」


 本音は嬉しい。いつもは一人でやっているはずなのに無理やり屁理屈つけて私が行きやすいように仕向けてくれた。


そんな彼の優しさも胸に染みる。胸、小さいけど


「よろしくね、五色くん」


 ここで交わした握手は忘れない。




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