書店アンシャンテ
何故だろう。
何故水色のスカートに男らしいワイシャツ姿の私がここにいるのだろう。
数分前まではちょいとオシャレな本屋さんに弟の誕生日プレゼントを求めてやってきた、ごく普通な女子高校生だったはずなのに…
なんでこんな警察の取調べ室みたいな机一つの無機質な部屋に座らされているの!?
「ったく…そろそろ白状したらどうっすか?泥棒さん」
「だから私知りませんってば!」
ホスト感漂わせる綺麗な金髪にイコール化できるちゃらちゃらした態度。書店員であるチャラ男の胸元には「kagura」とローマ字表記で描かれていた。どうせ神様の「神」に楽しいの「楽」で「神楽」なのだろう。そんなどうでもいい連想を浮かべつつ、思わずため息が漏れる。
事の始まりは私も予想外なものだった。
今日も学校の授業を終え、部活をしていない私は弟の誕生日のため電車で10分の津田沼駅へ来ていた。なぜなら、駅から階段を降り交番の前を通過して真っ直ぐ歩いたところに存在する特殊な本屋に弟が求める誕生日プレゼントが取り扱われているからだ。
その名も魔法書籍
本の世界に身体をフルダイブさせて物語の世界を五感で楽しむことのできる不思議な本だ。
最近こそ人気小説を魔法書籍化することが増えてきたが、それでも圧倒的な人気と豊富な量を持ち合わせるのが「昔話」や「御伽話」と老若男女で楽しめる物語だ。特に「マッチ売りの少女」は絶大な人気を誇る。必死にマッチを売る少女の頑張りに思わずマッチを買ってしまう人が後を絶たないのだとか。商品の購入が可能な一種のテーマパークのようなものであり、ゲームのようなものである魔法書籍は見ての通りの超大作なだけにお財布へのダメージが半端ではない。作品によっては諭吉10人持っていかれるものも存在する。両親のいない貧乏家庭の私、三日月家にとっては数ヶ月分の生活費を持っていかれるようなものだ。弟も一週間前にカミングアウトするものなので私は急遽、全くの経験を持たない派遣の引越しバイトで無理やり稼ぎ、弟の欲しい作品「浦島太郎」もまだ安いほうだったので今日の購入する過程まで運ぶことができたのだ。
それがなんだ!?この状況!
レジカウンターで魔法書籍のリスト表を見ていて、「浦島太郎」の商品番号を探していたら急にこのチャラ男に腕掴まれて
「万引きは、ノンノンノンっすよ❤」
最後に投げキッスとかすんじゃねーよ!仮にも万引き犯と思っている相手にすんじゃねーよ!
そのまま裏に連れて行かれた時はぶん殴りそうになったが、まぁ、チャラ男の言い分も筋が通っていた。私がリストを見ている際、床に置いていたスクールバックが開いており、その隙間から他の人が未開封の漫画を発見したという。当然わたしには漫画をバックに入れた記憶など無く、リストを見ているうちに誰かに入れられたとしか考えられないと伝えるとチャラ男は別の書店員に防犯カメラの解析を依頼していた。解析が終わるまでここで待っていろと言われたあげく…
今に至る。
「別に俺はいいんすよ?アルバイトの身だから?ここで泥棒ちゃんの面倒みてよーが、外で接客していよーが970円の時給が株価の如く変動することもないっすから」
「はぁ…」
だからなんだよ
「でもぉ」
カツン、カツンとヒールの音が響く。急にビクンとした神楽は貞子レベルの幽霊にでも呪い殺されるかのように顔色が青ざめていた。ドラえもんのような青ざめた顔を私に近づけ、手招きをして耳を寄せるよう求めてくる。こそこそ話したいようだ。
「うちの店長、マ~ジでやばいんすよ」
「……え?」
「下手すりゃ駅裏でぼこられるっす。冗談抜きで」
「!?!?」
そんな店長、存在するもんなの!?ほぼヤンキーじゃん!
「とにかく素直に認めちゃったほうが身のためっす!」
「だから私は」
「神楽ぁ!」
「はぃい!」
迫力のある女性声に三日月の声はシャットアウトされ、神楽からは裏返った声が発生した。声の先には綺麗な顔立ちに腰まではあろう鮮麗な長髪でモデルのような長身の女性が書店員のエプロンを身に纏い立っていた。かなり若く見えるが20代後半といったところだろう。胸元のネームには「onodera」と書かれており、「店長」の文字も見えた。この人がチャラ男も恐れるヤンキー店長、そして、ご指名をした神楽のもとにずかずかと詰め寄ると、豪快に胸倉を掴んだ。心なしか神楽の顔色は悪化しているように感じた。少なくとも汗の量は多汗症レベルだ。
「てめぇまた仕事サボって女の子口説きやがって!今月で何人目だごらぁ!」
「ち、ちがうっす!勘違いっすぅ!」
「言い訳しようとすんじゃねぇ!」
店長は豪快に投げ飛ばした。
「がはぁ!」
荒すぎる音と共に壁に叩きつけられた神楽はそのまま動くこともなかった。でも人事では無かった。
超絶怖っ…ってか、
次は
私の
番…
「悪かったな、うちの馬鹿が迷惑をかけた」
「え?…い、いえ」
店長はエプロンの上からぱっぱと埃をはらい終えると椅子に座る三日月に目を合わせた。眼力の強さに意識を保つのでさえ疲れる。
「申し訳ないが今日のことは目を瞑って貰えないだろうか」
これはびっくり急展開。店長にはまだ私の情報がまわってないようだ。
「私もまだ28だが一応店長なのでな、店に墨を塗られるのは極力避けたい……そうだな、君が何か要望があれば叶えられる限り一つ叶えよう。それでも不満があれば法的処置も受けよう」
…この人、チャラ男が言うほど怖い人じゃないかも
「そんな……本当にいいんですか?」
「あぁ、君には迷惑をかけたからな。これぐらいの配慮は当然だ」
っていうか、完全にいい人じゃ
「じゃあ、魔法書籍の浦島太郎って貰えますか?弟の誕生日にしたいので」
「浦島太郎か…ホルダーは持っているのか?」
ホルダーとはハードのことであり、ゲームをする際の本体と言われる部分と同じでこのホルダーがなくては魔法書籍を稼働させることはできないのだ。
「えっと…古い型でしたら」
「そうか、まぁ浦島太郎は旧作だし対応しているだろうから大丈夫だな…ふふっ」
店長は軽く笑った。
「?」
「あぁ、すまない、誕生日に魔法書籍とはいい兄妹だなと思ってな。在庫はあったはずだからすぐに準備しよう。無論、誕生日用ラッピングもつけてな」
「あ、ありがとうございます!」
思わず立ち上がって感謝を述べた。店長は優しい笑顔をゆっくりと左右に振った。
「いやいや、むしろこれで済ませてくれるなら感謝すべきは私のほうだ。礼を言うよ」
店長は神楽を片手で摘み上げ、そのまま廊下へ向かった。正直、最初は今年度至上一番恐怖を感じたが案外優しい人だ。あのボーイッシュなスタイルもあってか、かっこよくさえ感じた。
「…なに?あの子が?」
不意に壁の向こうで誰かと話す店長の声が聞こえる。思わず壁に近づいて耳をあてる。
しかし、もう手遅れだった。
ばん!と扉が豪快な音と共に開くと先ほどまでの優しい表情は怒りに満ちたハンニャの顔に変わっていた。三日月の表情には恐れしかなく、一瞬で事を悟った。当然、廊下で話していた店長の相手が神楽の馬鹿野郎だってことも。
「おい貧乳女、胸小さいくせにうちの商品に手をつけるとはいい度胸だな」
「胸関係あります!?」
マズイ!駅裏でボコられる!
「今すぐラムサール条約に登録された谷津の干潟に埋めてやろう」
ぼこられるどころじゃ済まないの!?
じりじりと詰められつつも一定の距離感を保ち続けるが、店長が獣の一撃を食らわせるごとく、一気に詰め寄られる。
誰か!
「きゃあぁぁぁあ!?」
私の叫び声ではない。目の前のヤンキー店長でもない。あからさま売り場から聞こえてくる。チッ、と破壊力満点の舌打ちをかました店長は私の顔2,5cmまで来ていた拳を下ろした。
「次から次へと今日はなんなんだ?太陽でも降るのかっての」
それ言うなら嵐とか雪のほうがいいと思う…
そんな心の声は控えて黙っていたが、店長は走って売り場へ向かった。一人残された汐音は呆然としていたが何があったかつい気になってしまった。そんな感じで足は動き出す。