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黒角のディエイラ  作者: 若槻風亜
第8話
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第8話-1


 食堂から三室分離れた先にある応接室に通されると、正面に座るフリッツと目が合った。壁際には部屋をぐるりと囲むように騎士たちが立っている。最初からこうなのか、それともディエイラだから特別なのか、今のところ真意を測る術は無い。


「どうぞ、かけてください」


 ディエイラはフリッツに勧められるまま机を挟んで彼の正面の席に着いた。一挙手一投足に注目されているような感覚の気持ち悪さを果たしてこの騎士たちは理解しているのだろうか。


「お名前と種族を」

「ディエイラ。黒角の鬼族だ。姓は里に置いて来たのでご容赦願おう」


 玄関口で一度目撃しているとはいえ、見た目に反するディエイラの落ち着きぶりに騎士たちははじめて会った時のクラウドのような反応を見せていた。フリッツも一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐに気を取り直して質問を続ける。


「あなたは黒角の鬼族で間違いないですね?」

「相違ない」

「黒角の一族は里にいるはずですが、何故あなたはここにいるのでしょう?」

「里を少し出た際人攫いに遭った。逃げ出した後クラウド――この屋敷の主に救出され引き取られた」

「何故里に帰らなかったのですか?」

「我が里には黒角を持つ者が一度外に出たら二度と戻るべからずという掟がある。里の者も此のことはすでに追放したものと扱っているはずだ。疑うならヴェーチル殿や他の風の精霊に伺えばよろしい」

「それはのちほど確認いたしましょう。……何故国に保護を求めずこの場に留まったのですか?」

「必要がなかった。この屋敷に迎えられ、不便を強いられることもなく、黒角であることに変に気を遣われないという環境は満足するに十分だ」


 滔々と質問に対する回答を重ねるディエイラ。その弁舌に淀みはなく、視線も真っ直ぐにフリッツに向けられたままだ。しかし、次の質問でディエイラは激昂することになった。


「クラウド殿に上手い具合に言いくるめられてここに留まっているのではないのですか? 吸血鬼は人を誑かすのが上手いと聞く」


 質問の体を取っているが、その口振りは最早断定。玄関口で騒ぎを収束させたことから彼に少なからず信頼を抱いていたディエイラは、赤く染まった頭の中からその信頼を掻き消す。


「口を慎むがよいフリッツ殿! クラウドがいかに穏やかで思いやりのある者か知らぬくせに、その口でクラウドを語るな!」


 机を強く叩き前のめりになると、壁際の騎士たちが一斉に警戒を露にした。フリッツはそれを腕で留め、なおも睨みつけてくるディエイラの視線を変わらぬ表情で真正面から受け止めている。


「ですが、この家の使用人の方のお話ではあなたはひと月以上、ふた月近く前にこの家に来ている。その間、近隣の騎士団や警邏隊、自警団など、どこにもその情報は渡されていなかった。この家の執事殿から誘拐犯が近くにいるかもしれない、という情報は来ていたのにだ。これはあなたの存在を隠すために他ならないのではないですか? 黒角の鬼族たるあなたの存在を」


 クラウドが情報の制限をしていたことには驚いたが、ディエイラは決して怯まず反論した。


「此を隠すため、というのはその通りだろう。だが、決して私欲のためにではなく、此のためだ。知れば奴隷商人どもや其らのように此を連れ去ろうとする者が現れるのを、クラウドは分かっていたのだろうよ」

「何てことを! 王国騎士を奴隷商人と一緒にするとは」


 壁際の騎士がさも心外と言わんばかりに大声を出す。ディエイラはその彼を睨みつけた。


「此にしてみれば同じものだ。どちらも此の意思を無視して連れ去ろうとしているのだから」


 きっぱりと言い切られ騎士が更に言い募ろうとするが、隣の騎士に留められ口を閉ざす。落ち着いてみればこの部屋にいる者たちは皆玄関口で騒ぎに便乗しなかった者たちだ。ディエイラたちにあからさまな敵意や疑念は抱いていないが、それでも先の発言は許容しがたかったらしい。しかし、ディエイラには今それを申し訳なく思う心の余裕はない。


「そもそも、此のことを其らに教える義務がどこにある? 黒角の者が屋敷に来たら国に報告せよと法で決まっているとでも言うのか?」


 完全に挑む姿勢になったディエイラに対し、フリッツはあくまで冷静だ。


「そのような決まりごとはありません」

「ならば文句を言われる筋合いは――」

「だが人々の安全と安心に関わることを黙して隠すを良しとは出来ますまい。我らは民の剣であり盾である。危険の種となるあなたを隠していたことを認めることは出来ません」


 危険の種。まるで魔獣のような扱いにディエイラは思わず目を見開き言葉を失う。


「ディエイラ殿、あなたは里に帰れないのであればこの屋敷ではなく国で保護されるべきだ。あなたの――黒角の力は危険すぎる。現に、今回クラウド殿はあなたの誘拐を見過ごしている」

「それは此が勝手に家を出たからで……クラウドはちゃんと助けてくれたではないか!」

「結果論です。もし間に合わなかったどうなっていました? 悪人に買われ、服従の腕輪をつけられ、命じられるまま町や村を破壊し多くの命を刈り取っていた可能性だって十分ある。そもそも、いついかなる時もあなたのそばにクラウド殿がいるとは限らない。ここでは、クラウド殿では、あなたを守れない」


 フリッツは歪みない主張を繰り返す。ディエイラが騎士たちの最終的な目的が彼女の保護であると認識しているのを理解しているので、一切隠し立てることはしなかった。彼女の賢明さがあれば、道理を説けば理解出来るはずと判断したためである。


 しかしその判断は間違っていた。いかに冷静であろうと、彼女はまだ八つの子供だ。


「何と言われようと此はここにいたいのだ。クラウドやミッツア殿たちと一緒にいたい。クラウドだけで守れないのならば此が強くなればよいだけの話だ。大体そんなことを言って、其らが此を利用しない保障がどこにある? 国に保護されたのだから国のために戦えと一生言われないと魂に誓い宣言出来るというのか?」


 小さな指を突きつけると、フリッツは一度瞑目し、首をゆるりと横に振る。


「それは出来ません。国の判断は私に測れるものではありませんので」

「ならば話にもならない。クラウドは此に戦えとは言わない。今回だって、クラウドは戦いに出ようとする此を止めていた」


 結局話を聞かずに飛び出してしまいクラウドに怪我をさせてしまったのだが。思い出して若干苦い顔をするディエイラをフリッツはじっと見据える。ややあって、瞬きと共に顔を下げると、小さく息を吐き出した。


「このままでも平行線なだけでしょうから、一旦話は終わりにしましょう。……最後にひとつ」


 終わりを告げられ席に座り直していたディエイラは、最後との言葉に警戒した様子でフリッツを睨むように見据える。


「あなたにとってクラウド殿は何ですか?」


 単純だが、重大な質問。ディエイラは真剣な面持ちで淀みなく言い切る。


「我が父。我が兄。我が僕。我が主。我が魂に最も結ばれた存在だ」


 ふわりとディエイラの胸から輪になった鎖が現れ、胸の内では隷属の魔法陣が輝いた。真摯な眼差しを注ぐディエイラを沈黙のまま見返し、ややあって最初にフリッツが目をそらす。


「ありがとうございます。二階広間でお待ちください」


 終了の合図。鎖を消したディエイラは何も言わずに部屋から出て、行きとは違う騎士に引き連れられ二階の広間に向かった。途中廊下を見張る騎士数人とすれ違い、二人の騎士に見張られた広間に入る。中ではすでに事情聴取が終わった面々が、使用人たちが用意してくれた軽食を頬張ってゆったりとしていた。


「あ、ディエイラ様。お疲れ様です」


 ディエイラに気付いたミッツアが席から立ち上がり近付いてくる。どうでしたか、と聞こうと途中まで声に出した彼女にディエイラは抱きついた。首元に埋まるディエイラの顔は見えないが、その様子がおかしいのは明らかだ。ミッツアはディエイラを連れて来た騎士を睨みつける。


「ちょっと騎士様! 幼い子供にどんな訊き方したのですか!」

「い、いえ、私は聴取には関わっておりませんので何とも……。ただ、隊長は子供を泣かすようなことをするような方では」

「泣いておらん! 悔しいだけだ!」


 ミッツアに抱きつきながらディエイラが訂正し、絡まれた騎士は困ったような顔をした。それにナリステアが助け舟を出すように「もう行っていい」と言ってやる。騎士は頭を下げて出て行き、今の騒ぎでしんとなった室内の視線はディエイラに集まっていた。もしかして自分たちが騎士たちに彼女の活躍ぶりを告げたのはまずかっただろうか、とそわそわしている。そんな皆の内心など知らず、ミッツアに慰められているディエイラの頭は悔しさと今後の不安でいっぱいになっていた。



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