第7話-5
「黒角……! 黒角の娘だ!」
「何故こんな所に黒角の娘がいるんだ!?」
「黒角の一族は里に籠もってる連中ばかりじゃないのか?」
「この領に来ているなんて報告聞いてないぞ」
「こんなことを隠してるなんてやっぱりこの吸血鬼やっぱり後ろ暗いことをしてるんじゃ――!」
騎士たちの驚愕と戸惑いが波のように伝播していく。これまでにないほど黒角であることを騒がれたディエイラはこれはまずいことをしただろうかとクラウドの袖を掴んだ。クラウドは彼女を自分の背に下がらせた。直後、空気をびりびりと震わせ大音声が響き渡る。
「静まれぇ!」
怒鳴ったのはフリッツだ。その声の響きがやまぬ内に騎士たちは静まり返り、場に奇妙な沈黙が落ちた。フリッツは部下たちを厳しい目つきで睨みつけた。
「我々は何をしにここに来た?」
問えば騎士たちは背筋を伸ばす。
「先日起こった騒動の事情聴取です」
「そうだ。我々は話をしに来たのだ。決して新たな騒動を起こしに来たのではない」
静かに、低く、フリッツが言い聞かせるように告げる。騎士たちは不満げな顔をしたり浅慮を恥じた様子で視線を下げたり真摯な表情で頷いたりとそれぞれの反応を示した。最後の面々は騒がなかった者たちだな、と一瞬で本来の目的を取り戻した一団を見ながらクラウドは騎士たちを冷静に見分ける。彼らの顔を覚えておくに越したことはない。どうやらディエイラとクーガルも同じことを思ったらしく、ふたりとも視線がクラウドと同じ方向に向いていた。
「クラウド殿、大変申し訳ないことをいたしました。部下たちには後ほど私からよく言い聞かせておきますので、馬はお任せしてよろしいでしょうか?」
腰の後ろで手を組み綺麗な直立を見せるフリッツにクラウドはこくりと頷く。それに頷き返すと、フリッツは部下たちに手で合図を送った。応じて騎士たちが一斉に下馬する。クラウドは玄関横に手をつくと、魔力を流し巨大な檻を作り上げた。土人形の基礎となる土の魔術だ。風の精霊の子にかかわらず土の魔術にも十分明るいのは祖母が優秀な土の魔術師であったからだろう。
「使ってくれ」
人馬が通れるほどの大きさに格子の一部を広げると、まず率先してフリッツが中に入り、続けて他の騎士たちがそれに続き、格子部分に馬をつないだ者から出てきた。先ほどクラウドを疑ってかかってきた騎士はまだ若いのか、クラウドの横を通り過ぎる時ぼそりと「万が一馬が傷付いたら絶対捕まえるからな」と呟いて行く。
ままならないな。ため息をつきたい衝動を必死に耐え、クラウドは騎士たちが全員外に出るのを待って格子を閉じた。
「ではこちらに」
クーガルが先導して歩き始める。そうして騎士団を通したのは食堂だ。中では脱出者たちが揃っており、ファラムンドなど一部の面々は騎士団を値踏みするように横柄な視線を向けていた。何人かの騎士たちは不快そうな顔をしたり戸惑ったりしていたが、フリッツは一切動じず、一同を見渡すとすぐにクラウドに向き直る。
「それではクラウド殿、残り二つの部屋に案内していただけますかな? 出来れば使用人の方に」
頷き、クラウドは使用人の女性二人に命じて応接間と広間に案内させた。それについて騎士たちが出て行く。フリッツに命じられた三人の騎士たちだけが残されていた。
しばらくそのまま待たされてから、先ほど出て行った騎士が一人目を呼びに来る。二人目が呼ばれたのは十分ほど経過してからだが、一人目は帰ってこず、三人目が呼ばれても二人目は帰ってこなかった。
「前の奴らはどうしたの?」
ナリステアが四人目を呼びに来た騎士に尋ねる。ナリステアの巨体に一瞬動じた騎士だが、すぐに胸に拳を当て丁寧に返答した。
「二階の広間に行っていただいております。話の辻褄合わせや情報の隠蔽、改ざんがないかを確認するためですのでご理解ください」
誠意なのかそれとも考えなしなのか。こうもはっきり「疑っています」と言われナリステアは怒りを覚えるより力を抜かれてしまう。仕方なく納得を示してナリステアは引いた。その背後では騎士がほっとした様子を見せていたのだが、彼女は気付かなかったようである。
その後も次々に脱出者たちが呼ばれ、ナリステア、ファラムンド、ジルヴェスター、ミッツアも部屋から出て行った。現在残っているのはディエイラとクラウドのみだ。
「何を訊かれるのだろうな?」
残っていた茶を飲み干し、ディエイラは若干不安そうに呟く。それを眺めていたクラウドはさて、と視線を入り口の騎士に向けた。緊張気味の彼はなるべくこちらを見ないようにしている。
「何を訊かれるにしても素直に答えるのだぞ? 下手に嘘をついて後で分かると面倒だからな」
「分かった」
好んで嘘をつく娘ではないが、変な気を回して誤魔化してしまうことがあるかもしれない。そんな予測を潰すべくクラウドが釘を刺すと、ディエイラは素直に頷いた。その直後、騎士がディエイラを呼びに来る。
「では行って来るクラウド」
「ああ」
騎士に連れられディエイラが出て行くのを見送っていると、見張りの騎士が戻した視線とぶつかった。ぎくりとした彼はすぐにまた視線を戻してしまう。一人になって手持ち無沙汰だが、ああも怖がられていると話しかけるのもまずい気がした。仕方なく、クラウドは目を瞑り呼ばれるのを待つことにする。そのせいで「物音を立てられない」と余計若い騎士が緊張することになるのだが、クラウドには知る由もないことだ。