第7話-4
約束の日を迎える。クラウドが吸血鬼ということを考慮してか、来訪の時間は夕方に入る直前の時刻に設定されていた。その直前、騎士団からの手紙に書かれていた通りクラウドは脱出を共にした者たちを全て食堂に集め始める。ただし、怪我が酷い者もいるため、その者たちは寝泊りしてもらっている広間に留め置いていた。その旨はすでに伝令の蝙蝠を飛ばし、同じ蝙蝠によって許可の返事が来ている。
「お待たせ~」
緩い口調で食堂に入ってきたのはふくれっ面のジルヴェスターの首根っこを掴んで引きずって来たファラムンドだ。
「ジルヴェスター殿はどうしたのだ?」
ミッツアたちの手伝いをして客人たちに茶を出していたディエイラが首を傾げた。問われた対象を食堂の床に転がしたファラムンドはミッツアから茶を貰いながら呆れた様子を見せる。
「持ってた機械の改造中だったんだって。無理やり連れて来たから拗ねてるだけ」
音を立てて茶を飲むファラムンドも機嫌が悪そうだ。その理由をディエイラはすぐに察した。彼はこれから騎士団によって行われる事情聴取が気に食わないらしい。昨日はクラウドから全員に話があってからずっと文句を言っていた。ひと月以上も放っておいたくせに今更偉そうに管理するのが気に食わない、と。
ひと月以上放置。思い出してしまったその言葉に、ディエイラは忘れかけてしまっていた罪悪感がのそりと胸の奥で起き上がる感覚を覚える。空のお盆を持ったまま視線を落とすと、突然後頭部を何かに叩かれた。ゆっくりと首を巡らせながら上向くと、半眼のファラムンドと目が合う。
「約束守ったんだからお前はもういいの。うざいからいつまでも引きずんなって」
「あっ! ファラムンドさんってばまたディエイラ様に乱暴して。やめてくださいって言ってるじゃないですか」
見咎めたミッツアがつかつかと靴音高く近付いてきた。それを笑顔で迎えたファラムンドはのらりくらりとかわしながらミッツアをからかい始める。機嫌が一気に良くなったのが目に見えてわかった。それを見上げながら、ディエイラは叩かれた頭を撫でて視線を落とす。
「……ありがとう」
ぽそりと呟くと、自然と笑みがこぼれた。胸に現れた罪悪感がすっと薄くなり消えていく。
「ちぇー、ファラムンド君ひとりだけ機嫌よくなってー。いいもん、僕はナリステアさんの尻尾で癒されてくるからー」
這いながら隣に来ていたジルヴェスターが更に這いながら壁際のナリステアに近付いていった。少々呆れを抱いて見守っていると、目的地に辿り着いたジルヴェスターは何事かナリステアに話しかける。最初ぎょっとしていたナリステアだが、ため息をついた様子を見せると尻尾をジルヴェスターに向けてやった。途端に満面の笑顔になったジルヴェスターはもふもふの彼女の尻尾に顔を埋め始める。イメージはしていたが実際にその光景を見ると予想以上にそわそわとしてしまう自分に、ディエイラは後で自分もモフらせて貰おうと心で誓った。
「皆集まっているか?」
食堂にやってきたクラウドが開口一番に集合具合を尋ねる。はっとしたディエイラが全員揃っていることを伝えた。
「そうか。あと少しすれば騎士団が到着するだろう。皆すまないがもう少しそのまま――」
「クラウドー、庭まであと少しの所まで騎士近付いてきてるよー」
廊下を歩いていたヴェーチルが通り過ぎざま背後から声をかける。ここに残るつもりはないらしく、さっさと姿を消してしまった。風の精霊が風に聞いたことであるなら正しいだろう。クラウドはもう一度待つよう伝えてから、自身は玄関に向かった。
「クラウド、此も」
ディエイラが後ろからついてくる。止めようかと思ったが、どうせ気付かれるのだから今更いつ会おうが関係ないだろうとクラウドは彼女を伴った。玄関にはすでにクーガルが待機している。彼の隣に立ち庭を眺めていると、父の予告通り、屋敷の入り口の向こうから騎士団の姿見えた。
更に少し待つと、全員が騎馬状態の騎士たちが二十人ほど連なってクラウド邸の門をくぐる。一同が整然と並び馬の足を止めると、先頭にいた群青の髪を後ろに撫で付けた中年の騎士が馬を降り、丁寧に頭を下げた。再び上がった髪と同色の双眸は真っ直ぐにクラウドを射抜く。貫禄のせいか威圧感はあるが、脅すような空気はなかった。
「お待たせいたしました。ラレンフ騎士団第三部隊隊長、フリッツ・バッハです。そちらがクラウド・B・ムーンスティア殿でよろしいでしょうか?」
手の平で示され、クラウドはこくりと頷き手を差し出す。
「クラウド・B・ムーンスティアだ。お忙しい中ご足労いただき感謝する」
「いえ、仕事ですので。こちらこそ慌しい中屋敷を提供いただき感謝いたします」
フリッツが握手に応じ常識的な力で握り返してきた。腰に佩いた剣は伊達ではないようだ。その掌は得物を手に戦う者らしい硬さがある。身長はクラウドと同じほどだが、ガタイがいいので並んで立つと彼の方が大きく見えた。
お互いに手を離すと、クラウドは居並ぶ騎士たちを見回して改めてフリッツに視線を向ける。
「申し訳ないが当家は厩がない。魔術で囲わせて貰って構わないだろうか?」
「ええ、大丈夫で――」
「隊長! 犯罪者とはいえ人間を皆殺しにした凶暴な奴ですよ? 馬を囲わせたりしてそのまま中で殺されたらどうするんですか!」
フリッツが応じようとする言下、後ろに並んでいた騎士が声を上げた。不躾な内容に隊長が振り返り何か怒鳴ろうとするが、それにディエイラが先んじる。
「失敬だぞそこの騎士殿! クラウドは此らを助けるべく戦っただけであり、ほとんど気絶させただけだ。そもそもあの場で奴らを皆殺しにしたのは奴らが放った魔獣であってクラウドではない! 憶測でものを言うのはやめていただこう」
声こそ幼いが落ち着きたどたどしさのない物言いをするディエイラに視線が一気に集中した。それまでは「今回の重要参考人」あるいは「大虐殺の犯人」とそれぞれ認識していたクラウドに視線が向いていたため、彼女の存在は彼らにとって唐突だったようだ。ゆえに、子供がいたのかと視線を向けた者たちの視線は重大なことに気が付くのに遅れる。最初に気付いたのは誰であっただろう。騎士の内の一人が強張った声で叫んだ。