第7話-3
自室の扉がノックされる。不機嫌な顔をしたのは、七年前に旅先でナリステアと出会った時の話をクラウドにしていたヴェーチルとリンダだ。クラウドが起きるや否や部屋に押しかけてきたヴェーチルとリンダは「今日は僕らの時間!」と主張を崩さず、言葉通り太陽が姿を消してしばらく経つこの時間まで居座っていた。
「何だいクーガル。僕らは食事は必要ないって言っただろう?」
風の精霊に食事は不要であり、吸血鬼も特に魔力を使ったりしなければ五日は保つ。だが、入って来たクーガルは冷静に否定を返した。
「いえ、騎士団の方から文が届きましたのでお届けにあがりました。明後日こちらにお越しになり皆様から話を聞きたいそうです。つきましては、部屋を三室ほど借りたいと申し出が」
いかがいたしましょう。クーガルが視線を向けて尋ねたのは完全に人事顔をしているヴェーチルとリンダではなく当事者であるクラウドだ。手紙を受け取り視線を流したクラウドは、少し考えてからそれをクーガルに返す。
「連続してない方が都合がいいようだから、一階の応接間と食堂、二階の広間を提供しよう。掃除を頼む。手が足りなければ作るから言ってくれ」
元々土塊の人形を作り出すことは得意だったが、ディエイラとの契約で魔力が上がった今はさらに高度なものを作れるはずだ。主の申し出にクーガルは口ひげを揺らし、「その時はぜひ」と返した。果たして頼んでくれるかは分からないので、クラウドは明日はこの老人の動向に気をつけておこうと心に決める。放っておくと無茶――本人はいたってさらりとこなすのだが――をしかねない。
「では私はこれで」
丁寧に一礼し、クーガルは部屋を退出しようと踵を返す。
「終わったかいクラウド? じゃあ続きを話そうか」
「あ、さっき思い出したんだけどね、その時食べた美味しい――」
「旦那様、奥様」
夫婦ふたりで話していた両親が明るい顔で話を続けようと脱線しかけたその瞬間、再びこちらを向いたクーガルが声をかけてくる。ぎくりとヴェーチルとリンダは口を閉ざし動きを止めた。彼らは見ようとしないが、クーガルはにこにことどこか威圧感の漂う笑みを彼らに向けている。
「もう時間も遅くなってまいりました。どうぞ明日以降改めてお話くださいませ」
「え、でもほら、私とクラウドは吸血鬼だし、ダーリンは精霊だから眠る必要ないし――」
リンダが何とか説得しようとするが、再び「奥様」と呼びかけられ肩を落とした。
「……は~い……。行きましょうダーリン。おやすみなさい、クラウド、クーガル」
「そうだねハニー。おやすみクラウド、クーガル」
クラウドとクーガルが挨拶を返すと、ふたりは名残惜しそうに手を振りながら部屋から出て行く。その足音が小さくなってから、クラウドはちらりとクーガルに視線を向けた。
「……何をした?」
「特に何もしてはございませんよ? ただ、真実をお見せし、少々お話させていただいただけです」
ああ、それか。クラウドは確信する。真実を見せたのが効いたのかと思ったが、本当に効果があったのはどうやら彼の「少々のお話」の方だ。「少々のお話」に覚えのあるクラウドはつい苦い顔をしてしまう。それに気付いたクーガルはふぉっふぉっと髭を揺らして笑った。