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黒角のディエイラ  作者: 若槻風亜
第7話
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第7話-1

 屋敷に戻ると、何故か父と母、そしてクーガルに迎えられる。疑問を抱いたが、すぐに答えはクラウド自身から出された。風の精霊の特性を使って帰ってきたのだ。父が気付かないはずがない。


 初にして激しい親子喧嘩を途中放棄して出てきた身としては少々気まずいところだが、さすがに頭は冷静になっていた。足音高く近付いてくる両親に、クラウドは話は後にするよう口を開く。しかしそれが音になる前に。


「ごめんねぇぇぇぇ」

「ごめんよぉぉぉぉ」


 手が届く範囲まで近付いてきた両親に左右から抱きつかれた。ぎょっとして硬直するクラウド本人のことはお構いなしに、リンダとヴェーチルは周囲の他人も気にせず泣き声交じりに叫びだす。


「そんなに寂しい思いしてるなんて知らなかったのよぉぉ、本家が気付くまでずっとひとりだったなんて思わなかったのぉぉ」

「そんなにディエイラちゃんのこと大切にしてたなんて思わなかったんだよぉぉ、ディエイラちゃんが傷付いてたなんて思ってなかったんだぁぁ」


 声を合わせて謝罪を繰り返す両親から目を逸らし、硬直したままのクラウドはいつの間にか姿を消している執事を思い浮かべた。彼の右目に埋められているのは「真実の目」。文字通りその目が写した真実を記録し、目にしたものに隠された真実を暴くという魔道具である。付随する能力のひとつに得た真実を人に見せるというものもあるので、恐らくかの老執事は彼が四十余年の間に見てきた真実を両親に見せたのだろう。


 すっかり反省した様子の両親に毒気が抜かれたクラウドはひとつ息を吐き出し、ふたりを引き剥がした。傷付いたように名前を呼ばれるが、さすがにこの年になって人前で親子喧嘩をしていたということが分かるようなやり取りを続けるのは気恥ずかしい。


「父上、母上、話はまた後ほど。今は怪我人の治療が先です」


 ショックを受けた様子だったヴェーチルとリンダは父と母という呼びかけにぱっと笑顔を咲かせる。ご機嫌な様子でヴェーチルはそれならと浮き上がった。


「僕が近くの町から医者を呼んでくるよ。ちょっと待ってておくれ」


 言下その姿は掻き消える。風の精霊そのものと気付いた風の精霊術士の少女が感激の声を上げた。


「じゃあ、お母さんは怪我人運ぶわね~」


 同じく鼻歌でも歌いだしそうなリンダが手を振ると、地面に転がっている怪我人達が浮かび上がる。応じるように玄関が開くが、こちらは使用人の女性が手で開けたものだ。


「クラウド様、奥様、一階の広間に簡易の寝床を作っておりますので少々お待ちください」


 クーガルの指示だろう。クラウドは手を上げることでそれに答えると、まだ動ける面々を振り返った。


「すまない、我が家は人手が少ない。動ける者は準備の手伝いをしてくれ」


 ばらばらだが内容は同じ答えがあちこちから返って来ると、ミッツアとディエイラの案内で戦闘に参加しなかった者たちが率先して動き出す。リンダが怪我人を運ぶので、クラウドも寝床の準備に向かおうとした。


「まさか旦那の親がヴェーチルとリンダだとはねぇ」


 小走りのクラウドの横を普通の歩調のナリステアが歩く。名乗っていないはずの両親の名を聞き、クラウドは思わず彼女を見上げた。落ちてきたのは面白がるよう視線だ。


「旅先で会ったことがあるんだ。ムーンスティアって聞いた時におやと思ったんだけど、さすがに旦那と親子とは思わなかったよ。……あんまり似てないねぇ」


 似てない、と言われクラウドは「よく言われる」と苦笑を返す。能力や性質的は両親から間違いなく引き継いでいるが、ヴェーチルが仮初の体のため見た目にはあまり彼の影響を受けていない。かといってリンダのように幼い顔立ちでもないので、そう言われるのも理解出来た。クラウドはリンダの父――クラウドの祖父似だ。


「ま、断言出来るとしたら、旦那の真面目そうな性格で親があのふたりってのは苦労しそうだってことね」


 笑いながらナリステアが告げると、追いついたため聞こえる位置になった周りの者たちが揃いも揃って同意するように頷いてくる。とどめを刺すようにジルヴェスターに「でも親子喧嘩もほどほどにねクラウドさん」と背中を叩かれ、耐え切れなくなったクラウドは顔を片手で覆った。その下で顔が赤く染まると、周囲からは軽い笑い声が漏れる。


 その後の時間はまるで矢が飛び去るようにあっという間に過ぎ去った。


 父に連れられて来た医者たちは各種の術や自らの技術で怪我人たちの治療にあたり、その最中には地元の自警団もやって来た。話を聞いたところ、件の現場を確認した騎士団から連絡が入ったのだという。地域の騎士団はすぐには動けなかったのでひとまず自警団が話を聞き、翌日以降に正式に騎士団が聴取に来るそうだ。それまで捕らわれていた者たちは帰さないようにと言われたので、ナリステアたちはしばらくの間クラウド邸に留まることになる。町に宿を用意することも出来ると言われたが、クラウドが許可したのとその両親が勧めたので結局ここになった。使用人たちは大変かと思ったのだが、特にコックを筆頭に張り切って見せてくれたのでそのまま任せることにした。


 コックの張り切り具合は夕飯に顕著に現れる。治療には一切関わらなかった彼は、ヴェーチルに買い出しを手伝ってもらい、使用人の女性の手を借りながらも屋敷にいた全員分の食事を作り上げたのだ。解放を祝したい気持ちもあったのか、その夜はささやかな宴会のような状況になった。


 皆がそれぞれ解散すると、クラウドも書斎にこもる。両親が話したがっていたが、「お疲れでしょうから」とクーガルがそれを留めてくれた。それに素直に応じているところを見るに、どうやら両親はすっかり彼に反発する気を無くしているようだ。


 ひとりソファに腰かけ何をするでもなくぼんやりしていると、不意に戸を叩く音が聞こえる。返事をすれば、控えめに扉が開いた。そこに立っていたのは寝巻きに着替えたディエイラだ。


「……邪魔をする。眠れないので少しいさせて欲しいのだが、いいだろうか?」


 いつもより落とした声量で問いかけてくるディエイラを手招くことで返答とする。ほっとした様子を見せると、ディエイラはぽてぽてと近付いてきてクラウドの隣に座った。床を見たまま沈黙する彼女を見下ろし、クラウドも何と言ったものかと悩んで口を閉ざす。いっそ黙っていさせてやる方がいいだろうかとクラウドの頭が結論を出しかけた時、ディエイラがぽつりと喋り出した。


「……奴らは自警団に引き取られたと聞いた」


 「奴ら」が示すのがドーロ一家――ゴルヴァ、アビゲイル、トリストだと判断し、クラウドは肯定を口にして頷く。虫の息だったゴルヴァは、神術という回復の本元とも呼ばれる術を使う医者のおかげで一命を取りとめた。その後は自警団に引き取られるまで一家は大人しくしており、回復後一度だけ顔を合わせたもののクラウドも特に会話はしなかった。ただ、部屋から出て行く際追いかけてきたトリストに礼は言われた。



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