第6話-3
ディエイラと、それを庇ったクラウドが吹き飛ばされた瞬間を目撃してしまったファラムンドは一瞬で焦りを覚える。どうやら目で追っていたらしいミッツアも引きつった悲鳴のような声で主たちの名を叫んでいた。
「ちょっとおい、これやばくない? あの風使いのお嬢ちゃん、術は使えないって言ってたよね?」
一歩下がってジルヴェスターに肩を合わせる。ザナベザたちの動向から目を離さないままジルヴェスターは軽い調子で肯定した。
「そうだねー。つまり、今のままだと僕たち本当にここをどうにかしないと隙を付いて逃げるとかも出来なくなる」
まずいねぇ、と口調はやはり軽いが、笑顔は少し引きつっている。
「ってことはやっぱりあの旦那を回復させないと駄目ってことか。なーんか呼吸が深いなぁとは思ってたんだよ。吸血鬼って言ってたし、俺の血飲ませれば多分全快になるは――」
「ジルヴェスターさん、ファラムンドさん危ないっ!」
駆け出してその場に向かおうとするが、背後からのミッツアの声にファラムンドは咄嗟に身を引いた。しかし、やや反応が遅かったため屋根から飛び降りてきたザナベザに胸を割かれる。ジルヴェスターも先に落ちてきたザナベザに腕を割かれたようだが、直後逆の手に持っている銃で相手を吹き飛ばした。
「ったく、冗談じゃないっての!」
悪態づいて、ファラムンドは回転し勢いをつけた尻尾でザナベザを殴り倒す。先ほどよりも凶悪な目つきのそれがまだ立ち上がろうとするので、今度は更に力を込めて頭を叩き割った。
「痛いぃ……どうせなら左にしてくれれば痛覚なかったのにぃぃぃ……」
右腕を押さえてジルヴェスターが呻く。ファラムンドはそれに近付き押さえている左手をどかした。即座に回復した自分の胸の辺りを手の平でなぞり血をつけ、露になった傷口にすり込む。一瞬走った痛みに悲鳴を上げるも、その終わりにはすでに感心の言葉に変わった。
「おおお、ファラムンド君の血は本当に凄いね。もう動くや。ありがとう!」
右手でしっかり銃を握り締めジルヴェスターが明るく笑う。だが、その顔色は決してよいとは言えない。
「ファラムンド! そいつらにも溢れた分の血ぃ分けてやりな、回復が間に合ってない」
前線で戦っていたはずのナリステアが片腕に五人抱えてやってくるや否や、その面々をやや乱暴に放り出しまた剣を構える。彼女をはじめとした前線の面々は回復役を含め全部で九人だったが、今無事なものはナリステアと回復役と他二名のみだった。倒れた者の中には腕や足が欠けている者もいる。しかし、共に前線に出ていた回復役の男性を責める声は上がる気配すらない。男性がぜぇぜぇと荒い息を繰り返している姿を見れば、それも当然のことだろう。彼は普通の人間のようなので、魔力量には限界がある。ここまで持たせたのは健闘したと言っていい。
ファラムンドはぐるりと自分の回りを見回す。後方で戦っていたのはファラムンドとジルヴェスターと他六人だったが、今は四人が怪我をして更に後方に下がっていた。つまり、今戦えるものは前線三人と後方四人の計七人。ファラムンドの血を与えれば怪我の回復はするが、疲労は回復しない。もちろん、ファラムンド自身も。奴隷商人たちの手駒だったのかは分からないが、魔獣たちにとっては彼らも攻撃の対象。ただで殺されてなるものかと彼ら側も対抗していたので頭数は減っているが、まだ十数匹いるし、何故か凶暴性を強めているので先ほど以上に倒すのには骨が折れそうだ。
ふと気が付くとザナベザたちがこちらを取り囲もうとしている。奴隷商人側は全滅したようで、死体だけがあちこちに転がっていた。
これやばくない。ファラムンドが苦い表情でもう一度口にしかけたその時、爆発的な魔力が溢れ強風が吹き荒れる。ややあって風がやむと、目を閉じていた一同は慌てて目蓋を持ち上げた。そして、誰もが同じように目を見開く。一体誰が思っただろうか。絶望を抱いた僅か後に、生き残った者たちの目に映るものが希望に塗り換わる、など。