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黒角のディエイラ  作者: 若槻風亜
第6話
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第6話-2


 魔獣たちに遅れてゴルヴァたちも地上に戻った。そして、視界に映る限りに血や肉塊が、内臓や骨の飛び出した死体が転がっている光景に背筋を冷やす。黙らせる、ということには間違っていないが、拡大解釈もいいところだ。


「命令のし直しが必要だね……」


 アビゲイルが苦々しく呟いた。この建物の私兵たちの命はどうでもいいが、得るべき商品が壊されてはたまらない。最悪、ここを壊滅させても商品だけ無事ならアビゲイルたちは『目的』を果たせる。


「父ちゃん姉ちゃん、黒角のチビいたぜ」


 父の後ろについて歩いていたトリストが壁に開いた大穴の先を指差した。父のずんぐりむっくりした体と弟の巨体を避けて外を見れば、確かにディエイラが見慣れぬ魔法――人間ではないので魔術か――を使っているのが視界に入る。


「よし、トリスト、これ持ってあのチビに近付くんだ。警戒してるから必ずかかるよ」


 トリストは後ろから姉が差し出した物を素直に受け取ってから首を傾げた。トリストの目にはそれはただの鏡のように見える。何これ、と尋ねると、アビゲイルは口早にかつ簡潔に説明した。


「因果応報の鏡。攻撃には攻撃を、回復には回復をそのまま跳ね返す道具さ。それを前に構えて近付くんだ。さ、行きな」

「分かった」


 力強く頷き、トリストは乱戦の中に飛び出す。姉の命のおかげで近くを通ってもザナベザ達はトリストに興味すら持たない。軽い駆け足で近付くと、腕が触れるまで後数歩、という距離でディエイラが突然振り向き光球による攻撃を行ってきた。鏡を前に出していたトリストは、姉への信頼ゆえ恐れることなくその結果を見据える。結果、鏡の前で光は留まり蠢き、トリストが思わず笑った瞬間放った主に跳ね返った。


「よしっ」


 思わず声を上げるが、それと全く同時に強風が吹き込み、黒い影が光線とディエイラの間に入ってくる。風を避けるべく目を瞑ってしまったトリストがその正体が例の吸血鬼だと気付いたのは彼らが吹き飛んだ後だった。


「あれ、まずいか? でもあいつも捕まえるつもりだったし……いいかな?」


 思いがけぬ状態になってしまいトリストは少し思考を巡らせるが、すぐにそれを放棄する。考えるのは自分の役目ではない。そう結論付け、トリストは来た道を戻ろうと踵を返した。直後、太ももに激痛を覚えて倒れこむ。見やれば足から血が出ていた。しかしそれはザナベザの爪や牙によるものでなければ近くで戦っている者たちの剣によるものでもない。傷の形は小さく丸い。銃だ、と遅れて気付くが、脈打つように伝わる熱と痛みのせいでそれ以上どうしようもなかった。視線を巡らせて見ると、遠巻きにこの騒ぎの直前姉に絡んでいた男たちがこちらをにやにやと見ていることに気付く。


「くっそ、あいつら殺されちまえ」


 憎々しげに睨みつけ呟いた言下、まるでトリストの言うことを聞いたかのように三匹のザナベザが男たちに向かって行った。騒ぎから離れていたのにまさか来られるとは思っていなかったのだろう。何人かは逃げ惑い、男と近くにいた取り巻きたちは銃やナイフで応戦する。だが、結局ザナベザたちの爪と牙の、あるいは毒液の餌食となり全員が倒れた。


 それを見ていると、ザナベザが一匹近付いてくる。何もされないはずと思いながらも不安と緊張を込めてそれを見上げていると、ザナベザはトリストを両手で抱え上げた。そして、硬直している内に父と姉の元に送り届けられる。そこでトリストはようやく、先の男たちを始末したのもトリストを連れてくるのもアビゲイルが命令したことだと気が付いた。


「大丈夫か」


 手にしていた斧を腰につけ直した父が首に巻いていたスカーフを外して止血を始める。痛みに呻くが、トリストは気丈に笑った。


「大丈夫大丈夫、それよりほら、黒角のチビとあの吸血鬼今なら捕まえられる。死んだザナベザの服従の腕輪つければ――」

「その前にお前らは俺にこの状況を説明するのが先じゃあねぇか?」


 問いかけた声はしわがれている。ゴルヴァが、アビゲイルが、トリストが、一斉に声が聞こえた方へと視線を向けた。壊れた壁の穴から厳つい男たちを取り巻きに出てきたのは灰色の髪と同色の口ひげを持つ、鷲鼻が特徴的な老人だ。この建物の主にして奴隷商人たちのボスである男は、老齢を感じさせない眼光でゴルヴァたちを睨みつける。


「ええ? ドーロ一家よ?」


 脅しかける彼に、ゴルヴァは真正面から相対した。


「商品が逃げ出したから捕まえるために借りただけだ。何人か死んでるが、どうせ代わりはいるんだろう? 使っちまった分もちゃんと払う――」

「金はいいぜゴルヴァ。確かにここにいるのもあるのも替えのきく駒だ」


 商談をせんとするゴルヴァを押し留め、ボスは何度か頷く。脇で様子を見ていたトリストは良かったと表情を緩めた。だが、すぐにボスのゴミを見るような視線と、彼の背後の取り巻きが自分に手の平を向けていることに気がつく。ざわりと背筋が冷たくなった。


「お前らもな」


 感情なく言い捨てられた次の瞬間、取り巻きの男が何かの呪文を唱える。そして、まだ転がっているトリスト目掛けて炎が放たれた。咄嗟に頭を手で庇い目を強くつぶる。直後鼻についたのは衣服や肉が焦げる吐き気がする臭い。だが、トリストはどこも熱くない。


 まさか、と慌てて顔を上げ、トリストは当たってしまった予測に一瞬で青ざめた。その視界の先にいるのは父。脂汗の浮かぶ顔は引きつっている。それだけの反応で済んでいることがトリストには信じられなかった。彼の背が放たれた炎を受け止めたのだと、見えないトリストにすら分かるほどだというのに。


「――うちのガキに、何しやがる……っ!」


 首だけ振り返り、ゴルヴァは殺さんばかりの視線をボスに向けるが、ボスは最早彼らに興味を持っていなかった。


「ここは放棄する。娘だけ連れて来い。そう値はつかねぇだろうがゼロよりは」


 ボスの言葉はそこで途切れる。そのまま、二度と続きが音になることはない。何せその頭が胴体から剥ぎ取られてしまったのだから。ボスの頭は二度三度地面を転がってからその先に立っていた異形の足で踏み潰された。骨が砕かれ肉が潰れ脳が地面に同化するほど何度も何度も、踏みつけられる。その残虐な行いが何故起こったか、取り巻きたちはすぐに理解した。そして後悔する。何故彼女を、最初に抑えておかなかったのか、と。


 取り巻きたちの視線の先にいるのは柳眉を逆立てたアビゲイル。その姿はまるで総毛を逆立てた獣。怒りに燃えるその目に冷静さなどなかった。腕にはめた支配の腕輪が燃え滾る感情に呼応するように禍々しく輝く。


「……全員だ」


 アビゲイルがぼそりと呟いた。何を、と聞き返す者はいない。聞くはずだった取り巻きたちはザナベザたちに取り囲まれ一斉に噛み付かれ容易く命を手放し、父は意識を半分失い、弟はその父を案じて泣き出しているから。だが、聞かれなくともアビゲイルは再度同じ言葉を叫んだ。


「あたしたち以外全員だ! 全員殺しちまいな!!」


 冷静さを大いに欠いた命は支配の腕輪を通して全ての服従の腕輪に伝達される。応じて、魔獣たちは抑えられていた元の凶暴性を露にした。



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