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黒角のディエイラ  作者: 若槻風亜
第5話
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第5話-2


 壁を壊して現れたのは一言目に「異形」と表現する他ない存在だった。体色はガマガエルを髣髴とさせる。デフォルメして描かれた蛙のように丸く突き出た目はぎょろりと前を向き、突き出た下顎からは大きな二本の牙、その間と上顎には細かな牙がびっしりと並んでいた。目と目の間にある頭頂から長い後頭部には申し訳程度に藻のような色をした体毛が生えている。サイズは人より少し小さいものから人より少し大きいものまで多岐に及んでいるようだ。前傾気味の姿勢で、ひょろりとしているが筋肉が詰まっていることが見て取れる両手足のいずれかには、皆同様の輪がはめられている。また、四肢のいずれの先にも鋭い爪があり、見る者の恐怖をかき立ててきた。


 しかし、恐怖をかき立てる理由はただ鋭い爪を持つが故ではない。ソレらが、クラウドたちが「敵」と認識した奴隷商人たちに襲い掛かっているからだ。しかも、人の体の一部を手に持っているものや口に咥えているものもいる。引きつった表情で固まっている生首を噛み砕いている途中のものが出て来た時には脱出者たちからも悲鳴が上がった。


 ぞろぞろと脱出者を越えるほど連なって出てくるソレらは、最初は逃げ惑う奴隷商人たちを追いかけていたが、すぐに近くにいるクラウド達にも気が付く。何匹かが方向を変えこちらにやってくる。


「やっ、やだやだやだっ、何ですかあれ!? あんな種族知らないんですけど!」

「ちょっとファラムンド君、同じ爬虫類系でしょ!? 話してきてよ敵じゃないって」

「いや無理無理無理、『爬虫類皆兄弟』とか言ってる奴いるけど普通に他人だから! っていうか俺も知らないよあんな種族」


 やや混乱状態のミッツアとジルヴェスターがファラムンドの後ろに隠れながら彼を前に押し出そうとした。ファラムンドは腰を落とし足に力を入れ本気でそれに抵抗している。


「落ち着きな。あれはウォルテンスじゃないし、話が通じる奴じゃないよ」


 大剣を油断なく構えたナリステアが、兜の下から厳しい視線を異形たちに向けつつミッツアたちを宥めた。


「姐さん、あの気持ち悪いの知ってんの?」


 ミッツアとジルヴェスターが止まったことにほっとしながら、ファラムンドは安堵した様子でナリステアを見上げる。


「ああ。ザナベザっていう水陸両生の魔獣だよ。凶暴な性質で、敵だと判断するとその爪や牙で容赦なく相手を攻撃する。――こんな風に、ねっ!」


 説明の最中、ナリステアの説明を証明するためのように現れた通常の人サイズの異形――ザナベザが襲い掛かってきた。ナリステアは突き出された爪を剣を盾にすることで受け、その返しの剣で袈裟懸けに斬りつける。紫色の血飛沫が舞う中、こちらも完全に敵だと判断してさらに多くのザナベザたちが襲いかかってきた。戦える者たちが一斉に前に出る。


「あの、クラウド様、魔獣ってあの、どこからか発生するっていう――?」


 マントに縋りながら尋ねてきたミッツアにクラウドはフードの下で頷いた。この世界には魔族や魔物と呼ばれる存在がおり、彼らの多くもまた異形を持っている。しかし、魔族はそのほぼ全てが、魔物はそこそこの数の種族が、知能を持ったり文化を持ったりしている。その全てではないが、ウォルテンスに数えられる種族もあり、境界は曖昧だ。


 必ず襲ってくる魔獣ほどではないが、彼らの中には人を襲うものも少なからずいる。その点について、普通の人にとって魔族も魔物も魔獣も危険な存在には変わりないだろう。だが、魔族・魔物と魔獣には決定的な違いがある。それは、魔獣は他と違い突然生じる存在であることだ。生殖器も確認されているため子孫を増やすことも可能なようだが、たとえ狩り尽くしても魔獣は再び現れる。彼らが「魔素まそ」から構成されるためだ。


 魔素とは、この世界につながる全ての世界から多少の差をつけながら止め処なく流れてくるものである。専門家からは複雑な説明が返されるが、簡単に言えば「悪意」が変質したものをそう呼ぶ。知性を持つ生き物がいれば絶対的に悪意は生じ、あらゆる世界と平等につながるためこのエスピリトゥ・ムンドは生じて変質した魔素も取り込んでしまう。それが凝り固まったものが生命を得て、魔獣となるのだ。その成り立ちゆえ、魔獣は総じて凶暴な性格をしている。食べるためでも身を守るためでもなく、襲い、殺すために別の生命体に目をつけるのが本質だ。


「数が多いな。よし、此も参戦してくるぞ」


 両拳を握り締め気合を入れたかと思うと、ディエイラは止める間も無く乱戦の中に飛び出してしまった。周囲には先ほど覚えたばかりの光球の魔術が早速展開されている。


「待てディエイラ!」


 慌てたクラウドはミッツアを近くにいたジルヴェスターの腕に託してその後を追いかけた。


「うわ、頭いいと思ってたけどやっぱ馬鹿なのかなあのちびっ子」


 呆れた調子で肩を竦めるファラムンドをミッツアは三つ目でじろりと見上げる。気持ちは分かるがどうもこの男は口が悪い。視線に気付いたファラムンドは間違ったことは言っていないと笑い――直後表情を一変させたかと思うと目の前から姿を消した。何が、とミッツアが思うより早く、その背後で肉を打つ音がする。


「えー、こっちの人たちの方が馬鹿じゃないの? この状況でこっち襲うー?」


 隣で振り返ったジルヴェスターが先のファラムンド以上に呆れた調子で言い捨てた。見れば奴隷商人たちが何人かそこに立っている。いや、立っていた。今、飛び上がって回転したファラムンドの太い尻尾でふたりが同時に打ち倒されたので、もう立っている者は誰もいない。


「あ、ありがとうございます。……え、ファラムンドさんもう尻尾生えたんですか?」


 先ほどディエイラに食われたはずの尻尾が変わらぬ姿でそこにあり、ミッツアは素直に驚きを露にする。


「超回復の一族って言ったでしょ。普通のトカゲと違って何度でも回復するしそのスピードは早いの。それよりマジで戦えない人たちは下がって下がって。何匹か漏れてきてる」


 示された方向を見やれば、言葉通り何匹かのザナベザがこちらに向かってきていた。戦えない者たちは兢々(きょうきょう)しながら建物の壁際に下がる。細すぎて枯れ木のような印象を与える金髪の女性が何事かを唱えると、彼らを包むように半透明の黒いドームが出現した。恐らく防御結界の役割を持つのだろう。


 背後の危険はないと判断し、ファラムンドと残った数人がザナベザたちを迎え撃った。だが、実際に手を合わせる前に二匹の異形たちの頭が吹き飛ぶ。頭の中心が丸々吹き飛んだのが一匹、向かって右側の顔半分が無くなったのが一匹。紫の血を噴きながら倒れるザナベザたちから、ファラムンドたちの視線は背後に向かった。


「調整してないから人相手だと無理だったけど、魔獣相手なら遠慮いらないね。テストも兼ねてエネルギー切れになるまでガンガンやらせてもらうよ」


 こちらが状況を勘違いしそうなほど明るく楽しげな声の主はジルヴェスターだ。その両手には二丁の拳銃が握られている。ファラムンドが以前旅先で見たことがある物と大まかな形は同じだが、ごつい銃身の一部は透明になっており、中では小さな稲妻がぱちりぱちりと走っていた。機械文化というのはいまいちついていけないが、魔法などの能力とは違う意味で「凄い」ものだと改めて認識する。


「よし、来る奴は全部片付けるよー。みんな怪我しないようにね、守るの面倒だから」


 やる気があるのかないのか分からないファラムンドの号令を合図に、後方での戦闘も開始された。



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