表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒角のディエイラ  作者: 若槻風亜
第4話
12/30

第4話-3


 その後、言われた順にまずミッツアの手錠が外され、続けてファラムンドの拘束具と鎖が外された。そして宣言通りファラムンドも協力し、ふたりがかりでナリステアの拘束具と鎖が外される。むくりと起き上がると、ナリステアはこの場にいる誰よりも大きく、二メートルを優に超えているようだった。クラウドより小さいがファラムンドも十分大きいというのに、並ぶと大人と子供のように見える。……ミッツアやディエイラだと巨人と小人のようなサイズ感になりそうだ。


「さて、最後だね。……って言っても、これは金属じゃなくてただの皮みたいだけど。違うの?」


 首を傾げながらジルヴェスターがディエイラの腕の封印具を指で引っ張った。


「他の奴には効果がないだけさ。あんたさっき自分で言ったじゃないか、痛いところをつく奴だ、って。これはこの子――鬼族かな。それ専用の封印具なんだよ」

「そういうのもあるの? いや、僕は牙や爪とか、種族の外的特性に合わせたって意味で言ったんだけど、そうなんだねぇ」


 心底感心したように見下ろしながら、手元は危なげもなく鎖を切り落とす。後は封印具を外せばいいだけなのだが、何故かミッツアはその前で躊躇していた。


「どしたのミッちゃん?」


 ナリステアの首輪を外していたファラムンドが問いかける。ミッちゃんとは私のことなのか、と頭の端で疑問に思いながら、ミッツアは少し引きつった顔をした。


「その、以前のものは外した直後に魔力が爆発したように襲い掛かってきたので、ちょっと心配で……!」


 クラウドは平気だったようだが、魔力がほとんどないミッツアには彼女の魔力の圧に抗う術がない。転ぶ程度で済むだろうが、それでも怖いものは怖い。戸惑っていると、ファラムンドがミッツアの後ろから手を伸ばし、封印具の裏側をちらりと覗く。


「うわっ。……あーびっくりした」


 弾かれるように手を放したファラムンドは熱を払うように手を振った。


「何かあったの?」


 解放されたばかりの首をさすっていたナリステアが見下ろす。鋭い爪を引っ掛けて自分の首輪を落としながら、ファラムンドは肩を竦めた。


「うん。あ、って言っても、痺れたとかじゃなくて魔力持ってかれただけ。前回の失敗から学んだのかねー。これ魔力を抑えるタイプじゃなくて魔力を吸収して周りに垂れ流すタイプだ。ちびっ子魔力空じゃないのこれ」


 人事のような軽い口調。それとは真逆に慌てたのはミッツアとナリステアだ。


「そんな! ディエイラ様今すぐ外します!」

「あんた何そんな悠長に! こんな小さい子なのに死んだらどうするんだ」


 揃って封印具を解きにかかる女性陣に、自分の首輪を鋸で落としていたジルヴェスターは首を傾げる。


「何でこんなに慌ててるんだい? 魔力空だとまずいの?」

「普通はあんまり関係ないかな。でもちびっ子みたいに元の魔力が強くて魂に魔力が深く絡んでる奴は、空になると命に関わる。だから俺は触りたくない。ちびっ子ほどじゃないけど俺もそんな感じだし。姐さんとかミッちゃんみたいに魔力がない同然だと関係ないから触れるけどね。君もいけると思うよ。魔力全然感じないし」


 ここにいる中じゃ最大の売り物だから死ぬことはないだろうけどね、とファラムンドは軽く笑いながら自分の尻尾の先を鋭い爪で切り裂いた。ぷくりと赤い血が浮かんでくる。何をしているのか、とジルヴェスターが問うより早く、封印具を全部外し終わったミッツアが叫ぶようにディエイラを呼びかける方が早かった。


「ディエイラ様! ディエイラ様起きてくださいっ、お願いします!」


 真っ青な顔で硬く目蓋を閉じた姿は、はじめて会った時と同じだ。しかし今は、魔力を回復する手段がない。もしもこのまま本当に空になってしまったらどうしよう。ミッツアは涙目になりながら何度もディエイラに呼びかける。その彼女をファラムンドが軽く押しのけた。


「ファラムンドさん? 何を――」

「俺の一族はねー、ケアキュイア族っていう一族なのよ。知ってる?」


 見下ろしてくる金の目にはどこかからかいの色が含まれている。ミッツア、そしてジルヴェスターが首を振るが、ナリステアだけは心当たりがあった。


「確か爬虫人族の中でも特に回復力の強い一族だった?」

「さっすが姐さん! そうそう、俺らの一族は回復力が超強いの。しかも、俺らの血肉には同じ効果が含まれてる。俺が捕まったままずっとここにいるのはそういう理由ね。切り売りされてんの。んで、俺が何故わざわざこう前に出たかというと、こういうこと」


 ディエイラの隣に膝をつくと、彼は無理やり口を開かせ、そこに尾の先を突っ込む。


「なっ……! 何してるんですか!! そんな無理やり!」


 ぎょっとしたミッツアはファラムンドに飛び掛り彼を引き離そうと腕を引いた。しかし、どれだけ力を入れてもファラムンドの体は動かない。細身に見えるがその内の筋肉はそれこそ爬虫類のように詰め込まれているらしい。


「俺だってどうせなら好みの可愛い女の子の口に突っ込みたいけどさー」


 さらっととんでもない発言が飛び出すが、必死のミッツアには聞こえていないようだ。若い娘が気にしてないので他のふたりも聞こえない振りを決め込む。


「今はそんなどころじゃないっしょ。逃げ出さなきゃいけないんだし、こいつには回復してもらわないと。前は置いてかれたけど、今回はちゃーんと俺も助けてもらうんだから。血を飲ませてある程度回復したら嫌だって言っても肉も食ってもらう――」


 言葉の最中、ぶちり、と鈍い音がした。ミッツアは悲鳴を上げ、彼女に目を向けていたファラムンドも視線を音の先に向ける。見やれば尻尾がない。自切機能があるため痛みはないが、さすがに驚いた。視線を更に動かすと、半身を起こした鬼の子は貪るようにファラムンドの切り落とされた尻尾を食らっている。血を啜る音と肉を咀嚼する音、尻尾を食い破ったせいで一瞬にして満ちた血の臭いに、ミッツアは思わず顔を逸らし口元を覆った。ナリステアがそんな彼女を抱き上げ格子の近くに連れて行く。


 その間に尻尾は完全にディエイラの腹の中に消えた。口元を拭うと手の甲に血がつくが、すでに零れた血で汚れているためか本人は気にした様子を見せず顔を上げる。生気を取り戻した宝石のような赤い双眸がまっすぐにファラムンドを捉えた。


「――その節は、そして今も世話になった、ファラムンド殿。今度は、必ずや此が其を救う。そちらの人間の御仁と獣人の御仁ははじめてだな。此はディエイラ。微力ながら、脱出には此も尽力しよう」


 両膝をつき両手を捧げるようにして頭を下げるディエイラ。かつて捕らわれていた時唯一彼女を気にかけ何かと世話を焼いてくれた恩人であるファラムンドに、自分の意志ではないとはいえ再会出来た幸運。そしてやり残したことをやり切る機会を得られた幸運に、その心は燃えている。強く輝く双眸に最初に答えて頭を下げたのはジルヴェスターだ。


「こちらこそよろしく、ディエイラちゃん。僕はジルヴェスター・ジル。機械の研究者だよ」


 握手を求められ、顔を上げたディエイラはそれに応えようと手を挙げるが、自身のそれが血だらけだと思い出して服でそれを拭う。ディエイラが普段身につけているのはクラウド邸に招かれてからずっと彼のおさがりだ。ただ捨てる機会を失していただけの代物だと聞いているが、進んで汚すのはやはり申し訳なかった。帰ったらクラウドに謝らねば。そう心に決めながら、改めてジルヴェスターの手を握り返す。


「あたしはナリステア。傭兵をやってる獣人だよ。よろしくねディエイラ。……ところで、ファラムンドと前に何かあったのかい?」


 顎をしゃくってナリステアに示されたファラムンドは肩を竦めて「何もない」と笑って答えようとした。それに被るようにディエイラが口を開く。隠すどころか大いに彼の厚意を伝えたかったのだ。


「以前捕らわれていた時に何かと世話になっていた。逃げる時は一緒に、と言っていたのだが、彼が血と肉を取られすぎて寝込んでいた時に此だけ逃げてしまったのだ」

「ちょっとおいちびっ子! そういうの言うなよ、俺がロリコンみたいじゃん」

「それを言わなければ好青年で終わったと思うよファラムンド君?」


 ディエイラの頭を両手で掴んで揺するファラムンドに、ジルヴェスターは笑いながら茶々を入れた。その彼らに一度笑いかけてから、ディエイラは格子に両手で掴まって俯いているミッツアに視線を向ける。一度開きかけた口は躊躇するように閉じられ、少しの逡巡の後、ようやく音を舌に乗せた。


「ミッツア殿、おぞましい姿を見せてしまい申し訳ない。近くにいるのも嫌かもしれないが、どうか其をクラウドの元に連れて帰るまでは耐えて欲し――」

「何言ってるんですか!」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ