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黒角のディエイラ  作者: 若槻風亜
第4話
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第4話-2


 時を遡ること二十分前。気を失っていたミッツアは、引き上げられるように目を覚ました。現状が把握出来ずぼんやりと視線を泳がせると、自分が冷たい石畳に転がされていることに気が付く。


「……何で私……ディエイラ様!? 痛っ」


 思い出そうとした直後に気を失う直前のことを思い出し、ミッツアは勢いよく体を起こした。しかし、いつの間にか体の前で縛られていた手にバランスを崩して転んでしまう。痛みに悶える彼女に、すぐ横から声がかけられた。


「大丈夫?」


 女性の声だ。大丈夫です、と震える声で返しながら何とか顔を上げたミッツアは、しかしすぐに悲鳴を上げる。見上げた先に、とても大きな獣がまるで人のように座っていたから。黄土色の体毛と茶色の目をした獣は、ぴんと立っていた耳を少し曲げ、口輪の下に隠された口元を歪めた。


「やかましいね。あんた自分も三つ目の癖に獣人ぐらいで驚いてるんじゃないよ。ま、元気そうで何よりだけどね」


 声音は少々低いが、本当に気遣ってくれているのだと気付いたミッツアは自分の非礼を気付き慌てて頭を下げる。


「たっ、大変失礼いたしました! ミッツア・バエスと申します。お気遣いただき、誠にありがとうございます」


 再び顔を上げ、ミッツアは改めて獣人――恐らくキツネだろう――の女性を見上げた。座っているのに立った時のミッツアと同じほど大きさがあるように見える。身につけているのははじめてディエイラと会った時彼女が来ていたものと同じ粗末な貫頭衣。両手には先が丸くなっている筒のようなものがつけられて爪を封じられていた。どうやら、彼女も捕まったひとりらしい。こんなに大きな獣人まで、と恐ろしく思った直後、ミッツアは再び大きな声を上げる。


「ディエイラ様! ディエイラ様は!?」

「落ち着きなって。ディエイラってのはあんたと一緒に来た子だね? それならあそこに転がっているよ」


 獣人の女性が口輪の付いた顎で示す先に目を向けると、確かにそこにディエイラが転がされていた。首には壁から伸びる長い鎖がつながっているようだ。


「ディエイラ様! よかった……!」


 何度かバランスを崩しながら何とか立ち上がって駆け寄ったミッツアは、か細い呼吸を繰り返すディエイラの真横に膝をつく。真に良かったとは言えない状況だが、目に付くところに彼女がいたことと大きな怪我をしていないことはミッツアを安堵させるのに十分だった。


「他の奴に聞いたんだけど、その子前にもここにいたんだってね? 折角逃げられたのにまた戻ってきちまうなんて、運のない子だよ」


 元の位置に座ったままの獣人の女性は心底同情するように言い放つ。少しむっとしてミッツアは視線をそちらに向けた。険が取れたのはその直後。離れて気付いたが、彼女の首にはディエイラを捕らえるものと同じ鎖がつなげられている。


「……そんな顔するくらいなら、あたしらの拘束を解いて自由にしてくれていいんだよ? 折角運よく牢が満杯で鎖なしなんだから」


 女性が苦笑した。ミッツアは感情を丸出しにしているだろう額の目を恥ずかしく思いながら牢の中を見回す。牢にいたのはディエイラとミッツアを除いて三人。獣人の女性と、人の姿をしているが肌と生えている太い尻尾が爬虫類のそれである青みがかった銀髪の青年、そして恐らく普通の人間だろう青年だ。最後の青年は顔にかかり気味の濃茶の髪を気にした素振りもなく、同色の目を輝かせてミッツアを見ている。


「おお、今度の子は三つ目なんだね。この地方は本当に亜人や獣人が多いなぁ」


 僕の地元じゃ見ないよ、とやけに明るい。その彼にもうひとりの青年が文句をつけた。


「ちょっとおい、ジルヴェスター。俺前にも言わなかった? 亜人じゃなくてウォルテンスだっつの。亜人って『人に劣る』って意味だろ。ホントに人間ってなーんでこんな傲慢かね」


 歯を剥く彼の手には女性と同じ筒型の拘束具が付けられている。


「あ、ごめんごめん。ほら、僕の住んでる領って機械文化メインだから、こっちの領のことよく知らないんだよ。ウォルテンスね、次は気をつけるよファラムンド君。ナリステアさんとそっちの女の子――えっと、ミッツアちゃん? も、ごめんね」


 突然話を振られたミッツアは戸惑いながらとりあえず返事をし、女性――ナリステアは肩を竦めた。


「あたしはあんまり気にしてないよ」

「あーもう、姐さんはそういうこと言うんだからなー。誇りの問題っしょ誇りのー」


 唇を尖らせ、爬虫類の皮膚と尾を持つ青年・ファラムンドは手をバタバタとさせる。少々呆れてその様子を見ていると、不意に彼の視線がミッツアに向いた。ぎくりと身を強張らせる彼女から目を逸らし、ファラムンドはその視線を流れるようにディエイラにそそぐ。


「ちびっ子、逃げた後あんたのトコいたの?」

「は、はい。私の主の家に迎えられました」


 ふーん、とファラムンドは視線を戻し金の目を目蓋の下にしまった。沈黙が落ちる直前、再びジルヴェスターが口を開く。


「ねえねえ、それ気になってたんだけど、この子どうやって逃げたの? この拘束具って人に合わせて痛いところつく奴なのに。まあ僕はただの人間だからただの手錠だけど」


 じゃら、と音を鳴らして鎖につながった手を持ち上げると、その手には確かに手錠がはめられていた。


「あー、あの時の奴で残ってるのもう俺だけだもんなー。……特別なことしたわけじゃないよ。ただほら、鬼族って肉が主食じゃん? でもここの連中が回復されるとヤバイからってあげなかったわけよ。そしたら飢餓状態になっちゃってさ。拘束具ぶち破って檻壊して逃げてった。まあつまり、火事場の馬鹿力的な?」


 ファラムンドの視線がまたちらりとディエイラに向く。


「俺前はダウンしてたから逃げられなかったんだよなー。あの時みたいになれば今度こそ逃げられるんだけどなー。飢餓状態になるまで今度は待ってくれないだろうしなー」


 だるそうに言ってファラムンドは諦めたように目を瞑りゴロンと横になった。その背を見て諦めなくてはいけないのだろうか、とミッツアはスカートを両手で握り締める。ふと気を抜くと泣いてしまいそうで、その表情は厳しい。


「あ、でも今度はみんな逃げられるかもよ? 上手くいけばだけど」


 そんな中、軽く口を開いたのはジルヴェスターだ。ミッツアと体を起こしたファラムンドが視線を向けた。同じく視線を向けたナリステアは目をすがめる。


「ジルヴェスター、ここにいるやつはすぐにでも逃げ出したいんだ。冗談でしたじゃ済まされないよ?」

「やだな、冗談なんかじゃないよ。僕だって早く帰って開発の続きやりたいんだ。発見は多いけど、売られるのはごめんだからね」


 疑われるなんて心外だと言わんばかりにジルヴェスターは頬を膨らませた。完全に体を起こしたファラムンドがその彼を急かす。


「信じる信じる! で? 何? どうすりゃいい?」


 問われたジルヴェスターはにっと笑うと、ミッツアを手招きした。少し戸惑ったものの、帰りたいのはミッツアも同じ。素直にそちらに向かう。


「ミッツアちゃん、ちょっとさ、この辺り探って貰える? 左のあばらのちょっと下辺り。あ、服の上じゃなくて肌の上からね」

「ええっ? ……えっと、この辺りですか?」


 初対面の男性の肌を触れと言われ戸惑ったものの、こんな時におかしな性癖を出してくることはないだろうと信じて、ミッツアはジルヴェスターの指示のまま彼の肌に触れた。冷たいと思うほど熱のない肌の上で何度か指を行き来させた後、不意に指に引っかかりを感じる。


「あ。それそれ。指で引っ掛けて引っ張って」


 意味が分からないままミッツアは指示の通り指を動かした。すると、人体で有り得てはいけない開閉が服の下で起こる。


「ひぃっ!?」


 悲鳴を上げたミッツアが手を引いて後ずさった。彼女を含めた目を覚ましている三人の視線はあばらの下に生じた服のふくらみに注がれる。


「あれ? ジルヴェスター、君人間じゃなかったっけ?」


 怪訝に問いかけるファラムンドにジルヴェスターは満面の笑みで応じた。


「人間だよ。でも僕機械大好きでさー、装備するのもいいんだけど、やっぱり常に感じていたいじゃない? だからつい自分の体も改造しちゃったんだよね。人工皮膚を被せてるから分かりづらいけど、左側は大体機械だよ!」


 噂に聞くもあまり多くは見ない機械に関する改造というものがどんなものなのか、ミッツアたちには分からない。だが、意味の分かる改造という言葉と異常と分かるジルヴェスターの感性から背筋に冷たいものを感じるには十分である。


「それはさておき、ミッツアちゃんこのスペースに入ってる金切鋸出して」


 そんなもの入れているのか、と呆れ顔をするファラムンドとナリステア。しかし言いつけられたミッツアは動き出したものの非常に引きつった顔をしていた。人体に手を入れる、という抵抗感が拭えないのだ。それでも先に進むため、何とか手をいれ、携帯サイズの鋸を取り出す。


「ありがとー。いやさー、すぐ逃げられるからと思ってたんだけど、手首を拘束されてるとこの位置触れないんだよね。焦っちゃったよ~」


 とても本心とは思えないほど気軽に笑いながら、ジルヴェスターは手際よく自身の手錠を切り落とした。続けて首輪につながる鎖を切ると、ようやく自由を得られた爽快感で大きく伸びをする。


「あー、やっと外せたー。さて、誰を先にする?」


 問いかけられ、先に答えたのはナリステアだ。


「一番簡単なのはミッツアだろうね。次はファラムンドを外してやりな。あたしのは量が多いし硬いから時間がかかるだろう」

「姐さあぁん、マジで男前! 俺も姐さんの口輪とか外すの手伝うかんね。爬虫人の爪は鋭いんだぜ」


 喜びの声を上げるファラムンドにナリステアははいはいと苦笑した。そのやり取りを見て、ミッツアは彼女は地声が低いだけで怒っているから低いわけではないと確信する。


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