「初恋」
第一話「初恋」
最近、中学校時代の事をよく思い出す。
私は、築地の生まれで、銀座は庭のように路地まで熟知している。
昭和通りから中央通りに抜ける狭い路地に、小さな画廊があり、その窓から見える一枚の絵画、10号ほどの油絵は、金髪の少女の絵で、毎日必ずその路地を通り、その絵を見るのが日課だった。
たぶん、その絵の少女に中学生の私は恋をしていたのだろう。
いつの日か、その画廊は閉め、その絵を目にすことはなくなった。
今は、四十を過ぎて、その絵のことを思い出すことも無くなり記憶から消えかけていた。
その後、私は大学を卒業して、大手企業に就職し地方都市に配属され、東京に戻ることは盆や正月ぐらい、両親が亡くなってからは、ほとんど帰ることは無くなった。
もともと借家だった為、もう帰る場所も無い。
久しぶりに、出張で東京へ、予定より仕事が早く終り生まれた家の近くや、学校などを見に築地まで足を延ばす。
「たしか、この辺だったはず?」と、独り言を云いながら自宅が在った辺りを見渡しても、マンションばかり、景色に記憶が無い「なんとなく、この辺か?」又独り言。
そこから、中学校へ、建て替えられて、きれいになっているが昔の面影は無い。
いつの間にか、自然に足は銀座の方へ、晴海通りから昭和通りへ右折して、気がつくと、あの路地の近くに、まるで、そこに引き寄せられるように、そこは横断歩道を渡り、数メートルのところに在るはず、その路地を抜けて行こう。
路地が近くにつれて、なんとなくドキドキする。
そして、その前に立ち、その狭くて暗い路地に入ると、ちょうど真ん中あたりに、一人の学生が壁の窓を、じっと、覗き込んでいる様子。
私は、ゆっくりと近付くと、その学生は、私を見た。
「俺だ!!」と、私は心の中で叫んだ。
彼は、すぐ反対方向に走って行った。
私は、彼の覗いていた窓を見ると、そこには、あの絵が「やっと会えた!」
私は、ドアを開け、その絵を抱えて、慌てて外へ、中央通りに向かって全力で走った。
「キィーッ」というブレーキの音と、同時に、「ドン」とトラックに跳ね飛ばされた。
「中学生か?」「死んでいる!!」「随分昔の学生服だね?」などと話している。
もう、手遅れ、そこには昭和40年代の学生服を着て、黒いコインローファーを履き、両手で一枚の絵を抱えた少年が、倒れていた。
彼は、初恋の人と、やっと出会えて、幸せの中、命を落とした。
彼の顔は、とても穏やかで、幸せそうに見える。