第九話「神霊」
俺が侍だというアオの言葉に、俺は思わず固まってしまった。
何を言っているのだ、君は? 俺が侍だなんてそんなことあるわけないじゃないか。
「えー? そうかな? 私が見たところカズトってば、ZINを宿らせる容量がかなり多い気がするんだけどな。それこそ上位の侍くらいに」
だから違うって。君の勘違いだって。
これ以上話には付き合っていられないと、俺は反射的にアオに背中に向けた。すると……、
「あっ! こーら。話をする時は私の顔をみなさい」
宙に浮かんだアオが俺の前に回り込んできた。……って!? 宙に浮かんでいる!?
「このくらいのことで何驚いているの?」
このくらいって……いや、ちょっと待て。
宙に浮かびながらこちらを見つめてくるアオの姿を見て、俺の脳裏に一つの単語が浮かび上がった。
アオ……君はもしかして……。
「んん? なーに?」
……君は、いえ、貴方はもしかして「神霊」……なのですか?
「うん。正解♪ 私は『神霊』で本当の名前は『青火姫』。でも私を呼ぶ時はアオって呼んでね♪ それと話し方も敬語じゃなくて普通にして。じゃないと私の方が疲れちゃうから」
分かりまし……いや、分かったよ。
「よろしい♪」
神霊。
それは自己の意思を持つ高密度のZINの集合体。いわゆるエネルギー生命体だ。
今から千年以上昔に天文帝国にZINの存在と利用法を伝えたのはこの神霊達であり、そのこともあって天文帝国において神霊は文字通りの「神」として崇められていた。俺も話では知っていたが実際に会うのはこれが初めてだ。
それでその神霊がどうしてこんなところに?
「別にここに用があったわけじゃないよ。ただこの辺をフラフラとしていたら、私と波長に合いそうな貴方を見つけて話しかけたってわけ」
波長が合いそう……か。
「あれ? そんなに嬉しそうじゃないんだね? 普通の侍だったら涙を流して喜びそうなものなんだけど」
俺の反応にアオは意外そうな顔をする。
確かに普通の侍だったら今のアオの言葉を聞けば泣いて喜ぶだろう。
神霊もZINの集合体である以上、人に宿ることができるのだが、通常のZINと違って自己の意識を持つ神霊は自分と波長が合う人にしか宿れないのだ。
そして神霊と波長が合う、神霊を体に宿らせることができるということは天文帝国にとって、特に侍にとって二つの大きな意味を持つ。
一つは神霊を宿らせるということが天文帝国で大きな名誉であること。
「神」と崇められている神霊を宿らせた侍は、上位の貴族と同等の権力を認められている。天文帝国は神霊を宿らせていることが分かりしだい即座に、その侍に貴族としての権利と専用の機甲鎧を与える準備があると聞いたことがある。
もう一つは通常のZINを宿せた侍が体内のZINを使い果たしたら超人的な身体能力や絶対操作能力を使えないのに対して、神霊を宿らせた侍は体内のZINが枯渇することがなく常に超人的な身体能力や絶対操作能力を使い続けられることだ。
これはZINを使って機甲鎧を操る侍とってとても重要な要素だ。神霊を宿した侍は半永久的に稼動する大出力のエンジンみたいなもので、戦場においては強大な戦力となる。
つまり神霊を自分の体に宿らせるということは、侍にとって最高の栄誉と力を同時で得るということなのだ。
「……ねぇ、カズト? 貴方、私を宿らせて侍になる気は……」
ない。断る。
「………………………………えっ?」
俺はアオの言葉を遮って、彼女の言おうとした提案を断った。




