対面
瞬時にドーラと目を合わす。
強張った表情で、ゆっくりと頷くドーラを見て、確信する。
魔女だ……
本当にすぐそこにいる。
「さっきから、夢だ何だって、うるさいのよ。
こんな古いボロ城、綺麗になるはずないじゃない。
本当馬鹿馬鹿しい。
まさかこの城自体がそんなモノ持ってるなんて、思ってなかったわ」
はぁ? あんたこそ、何言ってくれるのよっ!
焦って階段を眺めれば、おばばの表情がどんどん曇っていく。
「馬鹿を通り越して愚かだわ。
もっと現実を見なさいよ。
ほら。
そんな馬鹿馬鹿しいモノ、早くなくしちゃいましょう」
たたみかけるように女の声が響き渡った直後。
階段に浮かんでいたおばばの顔はスッと消え去り、後にはおばばの流した涙だけが染みになって残っていた。
「おばば?」
つい、そう呼び掛けてみたものの、階段はもちろん、城のどこからも反応はなく。
「馬鹿馬鹿しい夢と一緒に存在自体消えちゃったんじゃない?
まぁ静かになってよかったじゃないの」
あっけらかんとした声だけが満足気に響いた。
う……そでしょ……?
数秒前に、一緒に笑ったのに。
後で一緒に掃除から始めようねって。
約束したのに。
握りしめた拳が震える。
もぉ。
さっきから、怒りで頭ん中がどうにかなっちゃいそうよ。
「ばっかやろーなのは、アンタのほうだろっ!!」
階段の上に向かって叫んでた。
「どんな馬鹿馬鹿しくみえたって、どんな叶いそうにない夢だって、それぞれ大切な宝物なんだよっ!?
それを。そんな大事な夢を、一つだって、アンタなんかに、笑う権利も奪う権利もないんだからっ!!」
一気に叫び通して、肩で息をする。
再度静まり返った広間。
微かに聞こえ始めた笑い声が、少しずつ大きくなっていく。
「あはははははは……!!
何真面目に話しちゃってんの? 大切な宝物? ふふっ。……馬鹿らしい。そんなものはね、目障りなのよっ!!」
魔女の声が聞こえる。
その声に。
その台詞に。
眩暈と吐気がしそうだ……
「間抜けなばーさんも消えたことだし。早くその階段昇って、ココまできたら?
私に会いに来たんでしょ?」
また……
おばばを間抜けだなんて言わないで。
綺麗にしてもらいたいと願うコトのどこがおかしいの?
真っ暗で。埃と蜘蛛の巣だらけで。誰もいなくて。
明るくて綺麗な想い出を夢見て憧れて、何が悪いの?
アンタに言われなくても行ってやるわよ。
アンタに会って、一発ぶん殴ってやらなきゃ。
私の気がおさまんない。
ドーラと目で合図を送り合って、私たちは階段を一段。また一段。と昇っていく。
昇り切った先には、大きな茶色の扉がそびえ立っていた。
扉に手をかけ、力をこめると、それは難無く開かれていく。
この先に。
魔女がいる。
今は、もう。
恐怖より怒りが勝ってる。
躊躇うことなく、足を踏み入れ、目の前を睨み付けるように見る。
大きな広間の一番奥に。
ゆったりと腰をかけて、脚を組んでる女。
「来てやったわよ……?」
すっぽりとフードを被ってる魔女の顔はよくわからなかったけど。
かろうじて見えた口元はニヤリと笑ってた。
トコトンムカつく女……
「待ってたのよ。あなたに会えるのを。あなたに会って……残されたすべてのユメを消し去れる時を」
まったく。
次から次へとヒトの大事なモン消し去りやがって……
「ユメカ……?」
ドーラが心配そうに私を見つめる。
大丈夫だよ。
大丈夫。
自分にも言い聞かすように。
ココロの中でドーラに伝えた。
大丈夫。
私はユメを信じる。
そして。諦めたりしない。
そんな私の声が届いたらしいドーラは、ホッとしたように微笑んでくれた。
「フフッ。フフフッ」
噴き出したように笑い出す魔女を、さらに睨み付ける。
「ごめんなさい? あなたには私が奪わなくとも信じる夢なんて……もともとなかったわよねぇ?」
さらにニヤリと口角をあげる魔女の唇が見える。
ドクン。
ドクン。
脈が大きな音になって、耳に届く。
私の夢……?
なかった……?
そんなこと。
そんなこと。
ないよね……?
魔女の気持ち悪い台詞を否定したくて。
そんなことないって否定したくて。
必死で頭ん中を探し回った。
けど。
どれだけ探してみても。
私の夢は見付からなかった……
「探しても無駄よ。始めからないんだもの。
忘れちゃったの?
あなたもユメなんて嫌いだったじゃない。」
ニヤニヤと笑いながら話す魔女の撫でるような声が、気持ち悪くて。
吐き気がする。
何も言えないまま立ち尽くしてる私に、魔女は嬉しそうに話し続ける。
「夢の持てないあなたは、叶いもしない夢を持ってる人達のコトも嫌いだったでしょう? 現実に起こり得ない夢をみることも、そんな夢を楽しそうに語らうことも。嫌いだったでしょう?」
ユメ……
キライ ダッタ ?
記憶ガ 交錯シテク。