消滅
どんどん暗度と湿度を増していく森の中。
時折、赤い瞳をした様々な獣が襲い掛かってくる。
私はそんな獣たちを次々に封じ込めては突き進んだ。
巧みな言葉で魔女に惑わされた生き物たち。
傷なんて付けたくなかったから。
願ったのは、頑丈な檻。
ごめんね。しばらく不自由だと思うけど……
必ず正気に戻してあげるから。
毎回そう声をかけては突き進んだ。
視界の先に一際不気味な空気を纏った古城が見えた時、私はようやく足を止めた。
「あそこだね?」
私の問いにドーラが頷く。
息が切れて。
足が怠くて。
すっごくしんどいんだけど。
まだ休んでる場合じゃない。
やっと。
辿り着ける。
後、数百メートル。
そんな時だった。
「ユメカ? お前何してんだよ?」
聞き間違うはずのない。
大好きな声が。
私の耳に届いた。
咄嗟に声のした方向を見れば。
予想通りの、その人が立っていた。
「アユム……
あんたこそ、何してんのよ?」
突然現れたのは、小学校からのクラスメートであり、サッカー馬鹿であり……
私の片思いの相手でもあるアユムだった。
青と白の綺麗なユニフォームに身を包んだアユムは、相変わらずカッコよくて。
よくわからない登場シーンの意味なんて、どうでもよくなっちゃうくらいドキドキしてきてた。
「俺もよくわかんねーんだよね。気付いたら、その辺歩いてたんだけど。
まぁいいや。お前に会えたし。とりあえず一緒に帰ろうや」
アユムは躊躇いなく、私の手を掴んで歩き始める。
ちょっ!
手っ!
繋いじゃってるんですけどっ!!
動揺する私に構う事なく、古城とは違う方向に向かって歩き始めるアユム。
「ユメカ! 惑わされちゃダメだっ!」
ドーラの声が響き渡る。
ハッと気付いた私が反射的に手を離す。
「どうしたんだよ?」
不愉快そうな顔をするアユムに、ズキンと胸が痛む。
アユムに嫌われたくない。
たとえココが夢でも。
アユムに嫌われるのはイヤだ。
「行こうぜ」
再度差し延べられた指の長い大きな手。
その手を取らずにいられるわけがない。
私は……その手を。
ぎゅっと掴んで言った。
「アンタ、何処へ行く気?」
手を握りしめたまま、アユムを睨み付けるように見つめる。
「は……?」
アユムは怪訝そうな顔をしてる。
「私は夢を取り戻しに行くの。
アンタだって、夢を大切にしてたでしょ?」
夢を大切に追い掛けてたアユムだから。
わかってくれるって。
信じてた。
「お前、何言ってんの?」
アユムの冷たい言葉に、耳を疑った。
「夢って何だよ?」
返された問いに愕然とする。
彼は、今、なんて言った……?
“夢って何だよ?”
う……そでしょ?
「アユム? アンタこそ、何言ってんの?」
握りしめてた手を離して、両手で彼の肩を掴む。
「プロのサッカー選手になるんでしょ?
馬鹿みたいに、ホント夢みたいな夢、本気で追っ掛けてたのは、アンタの方だったよねっ!?」
掴んだ肩をガクガク揺らしながら、吐き捨てる。
額に汗をかきながら、真剣な眼差しを向ける私に向かって、こともあろうにアユムはプッと噴き出して笑い始めた。
「なんだよ。お前、マジで言ってんの?
そんなの無理に決まってんじゃん」
馬鹿じゃねーの?
そう言わんばかりの顔だった。
「それより、早く向こうに行こうぜ。こんなトコ、居心地わりーじゃん」
力の抜けてく私の手を、アユムはもう一度掴んで、にこやかに笑った。
こんなのアユムじゃない。
こんなアユム、知らない。
こんなの、本物のアユムじゃないよ……
「アンタは、アユムじゃない。夢の中だからって、アユムを馬鹿にしないでっ!」
掴まれた手を振り払って、アユムの顔をした男を睨み付けた。
「おい。マジ、いい加減にしろよ? わけわかんねーコト言い始めたかと思ったら、今度は俺を偽物扱いかよっ!」
こんなの、アユムじゃない。
アユムがサッカー絡みで嘘や冗談言うヤツじゃないことくらい、十分すぎるほど知ってる。
「さっきから、おかしいのはお前のほうだよ、ユメカ」
偽物だと思ってても、その姿で呆れ顔を向けられるのは痛くて、私は思わず目を閉じた。
「ダメだよ、ユメカ。
目を開けて。彼は偽物じゃない」
暗闇でドーラの声が聞こえる。
「彼は本物のアユム君なんだよ、きっと……」
そんなハズないよっ。
アユムが夢を忘れるハズないっ!
ココロで拒否する私に、ドーラが続ける。
「ただ。
彼は、夢を奪われてる。
それだけなんだ……」
夢を、奪われてる……?
あの、アユムが?
私がどんだけ馬鹿にしても、笑って「いつか見てろよ」って反論してたアユムが?
夢を奪われてるの……?
目を開けて、もう一度彼の瞳を見つめる。
いつもの優しげな表情なのに、ソコにある二つの瞳から、私の大好きな強い光が……消えてた。
「これも、魔女のせい?」
アユムを見たまま、ドーラに尋ねる。
小さく「うん……」と呟くドーラの返事に、再び苛立ちが高まり始めた。
魔女のやろぅ……っ!!
ヒトの大事な男に、何してくれるんだよっ!!
「なに? やっと正気に返った?」
優しく笑いかけてくるアユムの姿に、さらに胸がズキズキして。
そのズキズキの分だけ、魔女への怒りが増した。
「待っててね。
アンタの夢も、取り戻してくるから」
差し出されてた彼の手をぎゅって掴む。
掴む。
はずだったのに。
握りしめた手の中は、からっぽで。
ソコには、アユムの手も、腕も、体も、頭も……
存在しなくなってた……
つい1秒前まで話してたハズの彼の姿が。
一瞬にして、忽然と消え去っていた……
茫然と。
私は自分の手の平を見つめて。
それから、ドーラをチラリと見た。
「……ユメカ。彼の、名前は……?」
ゆっくりと、そう聞かれた瞬間、私は彼が突然消え去った理由がわかった。
アユムは……歩く夢と書いて、アユム。
大切な大切な夢を奪われて、揚句の果てに存在まるごと消し去られたってわけ?
怒りなんて、通り越してた。
「ドーラ。一気に行くよっ!!」
私は走り始めた。
疲れたなんて言ってる場合じゃない。
もう走れないなんて立ち止まってる場合じゃない。
もう、立ち止まらない。
首洗って待ってなさいよっ!?
私は目前に迫った古城を睨み付けながら、走り続けた。




