遭遇
どれくらい歩いたんだろう。
歩いても、歩いても、同じ景色しか見えない。
でも。着実に。
気持ち悪い空気は、その重さを増していってる気がする。
歩きながら、ドーラにいろんなコトを尋ねた。
どうして魔女はすべてのユメを消し去ろうとしてるのか。
それを止めるために、魔女に会って、それからどうすればいいのか。
もし世界からすべてのユメが消えてしまったら、どうなってしまうのか。
でもドーラがくれた答えはすべて曖昧で、結局のところ、何もわからなかった。
ボクは魔女じゃないから、魔女の考えなんて知らない、とか。
それはキミ自身が見つけ出すコトだ、とか。
結局全然頼りにならないんだから。
ついそう思ってしまってから、ヤバイと思ってドーラを横目に見てみたんだけど、今回ばかりはココロの声が聞こえなかったかのように無反応だった。
無言のまま、足音だけを響かせて私たちは歩いていった。
ユメのない世界って。
どんななんだろう。
余計なモノを見なくなれば、眠りはより深くなるんだろうか。
現になるはずのない幻にココロ捕われて浮されることがなくなるんだろうか。
そんなに悪いコトでもないのかもしれないな……
たとえ私自身が消されてしまうとしても。
つい、そんな想いをはべらしてしまった時だった。
突然、茂みの中から大きめの犬くらいの獣が飛び出してきたのは。
茶色のカンガルーみたいな体つきのくせに、真っ赤な瞳と口から覗く鋭い牙が全く可愛いらしさを感じさせない。
「ねぇ……
こんなのがいるなんて、聞いてないよ……?」
現れた獣から目が逸らせないまま、ドーラに尋ねる。
「何が起こったって不思議じゃないさ。魔女の居座る夢の中なんだから」
そう呟くドーラの声も震えてる。
とりあえず……
逃げるっ!
必死に走り出した私の背後からガサガサと音を立てながら、さっきの獣が近づいてきてるのがわかる。
んも~なんで追い掛けてくるのよっ!
振り返る余裕もなく走り続ける。
そんな私の横を浮かんだままついてきてるドーラが、なんとか落ち着きを取り戻したかのように私に声をかける。
「このままじゃいけないよ」
私だって、このままなんてヤだよっ!
走り続けるなんて体力ないんだからぁ~。
私は落ち着きを取り戻すどころか、ますますパニくってた。
「どんどん魔女から離れていってる」
それが何っ!?
私にとっちゃ、今アレから逃げることのほうが遥かに重要よっ!?
「ユメカ。ココはキミの夢の中だから。
信じて。
強く祈って」
なにをっ!?
さっきから、ずっと祈ってるよ。
アレについてこないでって。
誰か助けてって。
「他人の意志はそう簡単に変えられないよ。魔女のも、あの獣のも」
あ~もぉ!!
毎回アドバイスがわかりにくいっ。
もっと具体的にっ……
もっと具体的に?
強く。
願う。
欲しいのは、盾。
あの鋭い牙をへし折るくらい強固な、盾。
フッと左腕に強い重力を感じた瞬間、突然現れた大きな盾が私の左腕ごと地面に突き刺さるように落ちる。
重っ……
でも。
本当に出てきた。
驚く私に、ドーラは満足そうに微笑む。
「夢と強い意志があれば。それは現実になる」
だけど。
微笑むドーラとは対象的に、私の表情はどんどん強張っていく。
盾が重くて、動けない。
しっかりと固定されたソレは取り外すことも出来なくて。
そんな風に私がモタモタしてる間に、もちろんアレは目の前まで迫ってきてた。
絶対絶命。
ていうのは、こういう状況をいうんだろうな。
死を目前にすると、妙に冷静になれたりするものなのかもしれない。
夢の中でも痛いんだろうなぁ……
てか、私の夢で私が死んだらどうなるんだろう?
このおかしな夢自体終わってくれるのかなぁ?
そんなコトを、考えてた。
「この世界で。キミだけは諦めないで。ユメの存在を信じていて」
すべてを諦めかけた瞬間。
頭に浮かんできたのは、数時間前にドーラに言われた言葉。
この世界で。
私だけは諦めない。
私だけはユメの存在を信じる。
そう、約束したんだ。
まさに真っ赤な瞳をギラつかせた獣が襲い掛かろうとした時。
盾は、重くない。
私は、自由に盾を操れる。
そう。強く思った。
次の瞬間。
そこにいたのは、片膝をついたまま自分を守るように盾をかざす私と。
盾に跳ね飛ばされて、後ろにあった大きな木にたたき付けられた獣の姿。
薄暗い森が静寂につつまれる。
額から汗を垂らしながら、ゆっくり立ち上がると、ふわりふわりとドーラが近寄ってくる。
「ありがとう」
そう言ったのは、同時だった。
「なんでキミが?」
「なんでドーラが?」
そう話した言葉もタイミングも同時で。
お互い目を丸くして、しばらく見つめ合った後、笑い出したタイミングも一緒だった。
笑い声が途絶えた後、ドーラが私に言ってくれたコト。
「ボクの言葉、思い出してくれて。諦めないでいてくれて。信じてくれて。
ありがとう」
照れ臭そうな様子に。
なんだか私まで恥ずかしくなってくる。
諦めずにいられたのは。
強く信じていられたのは。
ドーラの言葉があったから。
ドーラが、いてくれたから。
「どうせ、聞こえてるんでしょ?」
そう尋ねれば、後ろを向いたまま、小さく頷くドーラ。
「でも。自分の声で言うわ。
あなたのおかげよ。
ありがとう」
真っ白な頭が少し横を向いて、垂れ目が半分見えた。
「さっきの言葉も、聞こえてたんでしょ?」
獣が現れるちょっと前。
“結局全然頼りにならないんだから”
確かに私ははっきりとそうココロで呟いた。
さらに体の向きまで反転させたドーラは、私と正面から向き合う形で目の前に浮かんでる。
そのくせ、閉じてしまいそうなくらい目を伏せて、静かに頷いた。
「だって、ホントのことだから。
ボクは無力で。役立たずだ……」
ば……っかじゃないのっ!?
「ドーラのおかげで助かったって言ってるじゃない!!」
ドーラがいてくれたから信じられたし、ドーラの言葉があったから諦めないでいられたのに。
「……ごめんね。
訂正するよ。ドーラは、無力でも役立たずでもない」
自分の安直な発想がつくづく腹立たしく情けない。
俯いたまま、上目使いに私を見たドーラが、また照れ臭そうに笑う。
「ドーラがいてくれてよかった」
もう一度繰り返すと、ドーラはさっきより素直な笑顔で
「ボクもユメカに会えてよかったよ」
と話してくれた。
相変わらず不気味な雰囲気漂う森の中で、私とドーラの周りだけ、ほんわかした優しい空気に溢れた。
つい、忘れてたのよね……
ちょっと気を失ってるだけの恐ろしい獣が、すぐ脇に横たわってたコトを。
背後からのガサリッという物音で、一瞬にして心臓が凍り付いた。
出来ることなら。
振り返りたくなんかなかった。
けど。
見ないわけにもいかなくて……
ゆっくりと振り返れば。
裏切って欲しかった期待通りに、可愛いげのかけらもないカンガルーもどきが立っていた……