13/12/09-2 急須の魔人
ある日、タカシ君が神社の境内を徘徊していると、奇妙な【急須】をひろいました。
ブラス製で持ち手と注ぎ口が異様に長い。恐らく【ランプ】と呼ばれるものなのでしょうが、タカシ君はそれを頑なに認めなかったので急須なのです。
さて、急須は泥でよごれていたので、タカシ君は水洗いののちアルコール除菌をして、何となくこすってみました。
急須をこする行為には何ら意味などありませんが、タカシ君はこする行為に何ら抵抗がありません。
すると、なんということでしょう!
急須から筋肉モリモリマッチョマンの魔人が現れたではありませんか。
タカシ君はとっさにランドセルの防犯ベルを引きました。急須をこすったらコスった魔人が出てきたのですからパニックに陥っても仕方ありません。
ところが魔人が手をかざすと、防犯ベルは小規模な爆発を起こし鳴り止んでしまいました。
「うわあ大変だおまわりさーん!」
「うるせえ黙れ静かにしろ」
警察を呼べば命はないぞと言わんばかりに凄まれては、タカシ君も黙るしかありません。
こすって出てきた上半身裸の魔人は、腕組みをしてタカシ君を見下ろしました。
「おいガキおい。お前が新しいご主人様かコラ。願い事を三つ叶えてやろうか? あん?」
こすって出てきた中東系ヤクザの魔人は、ちぢこまったタカシ君の脚を軽く蹴りながら言いました。
「何でも叶えてやるぞコラガキコラ。何でもだぞヤイコラ」
「え。ウソ。マジ?」
「こんなカッコしてんだからマジに決まってんだろコラ。あんまナメた口きいてっとお前のお袋犯してシャブ漬けにして売ってやろうかボケコラガキコラボケ」
中年太りは激しいお母さんのそんな姿は見たくもないタカシ君は身の毛がよだち、真剣に考えました。
考えましたがなかなか思い付きません。
「なんかあンだろがオイ。不老不死とか」
「不老不死なんてろくなものじゃないよ。履歴書に何て書くのさ。年々カオスになるじゃん。就職できないじゃん」
「じゃあ億万長者に」
「お金なんて不幸の元だよ。お金ある奴は出して当然みたいな風潮あるし。出所不明のお金なんて国税局が黙ってないし」
「お前めんどくせえな」
タカシ君は悩みました。この問題は一時棚上げしようなどと政治家風に言ったとしても魔人は許しそうにありません。
あ、とタカシ君は手を打ちました。
「学校の水道からオレンジジュースが出るようにして」
「お前マジで言ってんのか」
こすって出てきた白というよりどっちかと言うと黒っぽい魔人は、タカシ君を哀れな生き物を見る目で見詰めました。
「マジだけど何か」
「いやガキだから仕方ねェかなとは思うけどよ、せめてコーラじゃねェかそこは」
「魔神の癖に子供の夢に理解があるんだね。でもダメだ。ぼくは炭酸が苦手だから」
「わかったわかった。オレンジジュースな。じゃあそうすっから、二つ目の願いを思い付いたらまた呼べや」
盛大なため息を吐いて魔人は急須に帰りました。
翌日から本当に、学校の蛇口という蛇口からオレンジジュースが出るようになっていました。タカシ君は、あの魔人はただの変態じゃなかったのかと思い知りました。
学校中が阿鼻叫喚でした。意外にもタカシ君の願いは不評だったのです。
おれコーラがよかった。わたしファンタオレンジ。いや待てそれじゃあ手がベタベタになる。などなど、様々な意見が飛び交いました。
潔癖症の児童は、手を洗っているはずなのに何故か汚している気分になる、と嘆きました。
かしこい児童は、水道局はどうなっているのか、この現象が学校だけのものとして水道管のどの辺りで入れ替わっているのか、と頭を抱えました。
アホの子は、もう飲めん、と腹を叩きました。
国語の先生は、オレンジジュースで墨をすれというのか、とすずりを投げました。
体育の先生は、運動中の児童に水飲み場へ行かせにくくなった、それは体罰だとPTAから苦情がきた、と辞表を提出しました。
保健の先生は、今や擦り剥いたら傷口を洗えという教えもオレンジジュースの泡に帰した、とウィットに富みました。
理科の先生は、これじゃ水上置換ならぬオレンジジュース上置換だわはは、と意味不明なギャグを飛ばしました。
用務員のおじさんは、オレンジオイルなら掃除が捗ったかも知れません、と専門家ならではの感想を述べました。
給食のおばさんは、別に学校内では調理しないからどうでもいい、栄養バランスなんか知らないね、と冷たく言い放ちました。
タカシ君も不満でした。オレンジの種類や産地によって酸味と甘味のバランスが異なり、学校の蛇口から流れ出るものはタカシ君の嫌いなブランドのものだと判明したからです。タカシ君は違いの分かる男でした。
暴動が起きて学校は休校になりましたので、タカシ君は急いで神社へ行きまた魔人を呼びました。
「ちょっとどうなってんの。ダメでしょアレは。アンタしっかりしなさいよ」
結婚から二年目の嫁のように自分の事を棚に上げて魔人を叱ります。
「願いを叶えて怒られたの初めてなんだが。傷付いた。そんな事より次の願いはなんだコラ」
こすって出てきた急須の魔人は結婚三年目の旦那のようにめげません。
「とりあえず水に戻しておいてくれる? それで三つ目の願いなんだけど」
「オイ待てコラオイ。一つ目の願いをなかった事にするのが二つ目の願いだと?」
「だってお願いキャンセルはできないパターンでしょ、絶対。結局二つ目の願いとして計上するつもりだったでしょ」
「嫌に魔人のシステムに理解があるな。わかったよ。ホイ、水に戻した。で、三つ目は何だコラ言ってみろコラ」
「それがまだだから、もうちょっと待ってて」
タカシ君はまた考えました。
綺麗でエロい姉をください、という願いでは戸籍上あるいは倫理規制上の問題が発生します
世界を平和にしてください、という願いでは人類が抹消される結末しか思い付きません。
ぼくを大人にしてください、という願いでは体は大人頭脳は子供のダメ人間ができあがります。薔薇っぽい意味で取られた場合も危険です。
あ、とタカシ君は手を打ちました。
「毎週オレンジジュースを二本届けて貰うってのはどうだろう」
「お前オレンジジュースから離れられないのかよ」
「毎回飲みきれるよう月木に分けて一リットルの紙パック一本ずつね。お届けは夕方六時くらいがいいかな」
「現実的だなオイ」
こすって出てきたソレは思いました。このガキは将来つまらない人間になると。
かくしてタカシ君の願いは聞き届けられ、毎週お家にオレンジジュースが宅配されるようになりました。オレンジジュースが大好きなタカシ君はたいそう喜び、知らぬ内に危うく社会の闇に消えかけていた緑茶大好きなお母さんは、茶こしの入らない魔人の急須をリサイクルショップに売りました。
そして幸せな日々は過ぎていきました。
いつしかタカシ君は大人になり、オレンジジュースに飽きました。そもそもそこまで好きだったかと尋ねられると首を傾げてしまいます。しかしオレンジジュースは送られ続けるので、どんどん溜まっていきます。困ったタカシ君はオレンジジュースを流しにすてる簡単なお仕事を始めました。
こうして川が汚染され環境問題となり、やがて地球は人間が住めないほど深刻なダメージを受けました。
火星に移住を決意した人々は、母なる星を見下ろして言いました。
「地球は黄色かった」
遙かな未来、火星の小学校に通うトシコさんは、一家に伝わる家宝の【ティーポット】あるいは【カレーのルーを入れるアレ】をなんとなくこすってみました。トシコさんはこするのが大好きでした。
すると突然筋肉ムキムキマッシブボディの魔人が現れ、願いを三つ叶えてやろうと言い出します。トシコさんは悩みました。
考えに考え抜いて、あ、と手を叩きました。
「学校の水道からグレープフルーツジュースが出るようにしてちょうだい」
一日二日一話・第三話。
「オレンジジュース」のお題をくれたここあ氏に感謝を。
(マータ・O・マエカ)
三日空けた分を取り返すべく同じ日に二話上げてやったぞ!どうだ!
結果はごらんのありさまよ。お下品。
あんまり考えてないんだね。