その男最強につき
焔の学生時代の荒れてた頃の話です
少年が両手を振り上げた。
一見すると何処にでも居そうな少年だが、実際に会った人間は、全員口をそろえて言う。
「二度と会いたくない」
そう言わすだけの狂った闘気を帯びた少年だった。
『アポロン』
両手が振り下ろされ、両手が組み合うと同時に放たれた絶対的な熱量、それが、眼前に居た少年の父親をうちのめした。
立会いを行っていた八刃の長達が目を疑った。
ただ一人、百母の長、西瓜を除いて。
「見事だ。これからは、お前が白風の長だ」
西瓜の言葉に、他の長達も渋々頷く。
「これで二度と、俺のやる事に口を出すな」
それだけを言い残してその少年、若干十七歳で、八刃の中でも盟主と呼ばれる白風の長になった、白風焔は、その場を去っていく。
その後姿を見て神谷の長、神谷夕一が言う。
「彼は、大丈夫だろうか?」
西瓜が言う。
「あれだけの才能があり、新しい技を生み出そうとする野心家だ、きっと強くなる」
夕一は、首を横に振る。
「そういう意味では、無い。あれは、まるで研ぎすぎた日本刀だ。少しでも強い衝撃を受ければ折れてしまう」
西瓜が肩をすくめて言う。
「そうなったらそうなったらだ、あいつの弟に任せれば良い」
「力こそ全て、それが八刃だ」
萌野の長、萌野勇一が断言して、その場は、解散になった。
焔は、教室に居た。
別に態度が悪いと言うわけでは、無かったが、誰も近づかない。
漏れ出る闘気が人を近づけさせない。
そこにクラスメイトの女子、高峰未知子が来る。
「今日は、来ていたんだ。元気にしていた?」
焔は溜息を吐いて言う。
「またお前か、いい加減、俺の噂知ってるだろう?」
未知子があっさり頷く。
「触れるものを無差別に叩き壊す、クラッシャーエンだったよね?」
焔が呆れた顔をして未知子を見る。
「知っていてどうして近づいてこれる?」
未知子が笑顔で答える。
「それは、あたしが、焔がそんな人間じゃないって知っているからだよ」
焔は、立ち上がり、机を軽く叩く。
それだけで机が粉々になる。
「これを見ても、そんな事を言えるのか?」
他のクラスメイト達が、涙目で避ける中、未知子が驚いた顔をして言う。
「凄いわね。どういう理屈?」
焔が舌打ちして言う。
「お前は、俺が怖くないのか?」
未知子があっさり頷く。
「当たり前だよ、今のだってあたしに直接暴力を振るうのが嫌で、机を壊した。そんな理性的な人間を怖がる必要が何処にあるの?」
本音をずばりと口に出されて焔が戸惑う。
「それより何の用なんだ?」
未知子が頭に手を当てて言う。
「ただ挨拶に来ただけ!」
「だったら、あっち行け!」
焔が怒鳴った。
放課後、焔は、独り図書館での本に目を通していた。
「やっぱり来ていた。今日は、何の本?」
そんな焔に未知子が引っ付いて来た。
焔が邪魔された苛立ちを込めて言う。
「図書館では、静かにするもんだぞ」
未知子は、無言で頭を下げて、小さい声で言う。
「読み終わったら、また白風くんの感想を聞かせてくれる?」
意外そうな顔をする焔。
「またって以前にそんな事をした事があったか?」
未知子が頷く。
「学校の図書室で、受験勉強していた時、武術の本を読んでた白風くんに、面白いか、聞いた時にね」
焔は、相手が聞いてくれるので、珍しく長話をしたのを思い出す。
「お前も変な趣味をしているな。趣味じゃないのに、武術の話を聞いて面白い訳ないだろう」
未知子が少し考えながらいう。
「確かにあたしは、武術に詳しくないけど、でも白風くんの話しは、面白かった。正直、また聞きたいと思ったから白風くんに話しかけてたの。いきなり話しかけて、話を聞かせてって言うのも変でしょ?」
本音トークに焔は、何も言えないで居ると、未知子が顔を近づけてきて言う。
「駄目?」
焔は、慌てて顔を離して言う。
「構わないが、読み終わるのは、遅くなるぞ」
「構わないよ。あたしも家に帰るのが遅いから」
未知子の少し寂しげな表情に焔が不思議に思う。
「家で何かあったのか?」
未知子は、苦笑しながら言う。
「たいした事じゃないの、お姉ちゃんが、難しい試験受けるんで、家中がぴりぴりしてるだけ」
焔が頬をかきながら言う。
「そうか、まあ良い」
焔が本を読んでいる間、未知子は、子供の世話をしたり、老人を手助けしたりと焔からしたら、無駄な事をして時間を潰していた。
そして、焔が本を読み終わり、解説を始める。
「今日の本は、カポエラと言う黒人が使って居る武術だ。この武術には、手技が極端に少ない。それは、奴隷時代に、手枷をつけられていた事に原因がある。武術とは、環境にそった発展をする。今あるような総合格闘技での強さを求めていては、そういった武術の本質が失われる。武術とは、本来、不自由な物である物。それを理解し、もっと、本質にそった鍛錬こそが、更なる高みに導く行為だと考える」
堅苦しい焔の話を笑顔で聞く未知子であった。
「楽しかった。武術って強くなる為の物じゃないんだね?」
未知子の言葉に焔が言う。
「格闘技は、そうかもしれないが、武術は、何かの目的の為の手段でしかない。中国拳法が暴力に対する抵抗方法だった様に」
「勉強になりました。それじゃあ、また明日」
そういって手を振って帰っていく未知子。
焔は、夕闇に消えていく未知子に不安を覚えたが、甘い考えと無視してしまった。
焔は、その判断を大いに後悔し続ける。
教室で、昼休み、途中で買ってきたパンを食べている焔に数人の女子が恐る恐る近づいてくる。
「白風くん、昨日の放課後、高峰さんと一緒に居たよね?」
「居たが、お前等が考えているような、関係じゃないぞ」
釘を刺しておく焔の言葉に、女子達は、怯むが、代わりに一人の男子が言う。
「昨日から高峰さんが行方不明なんだが、何か知らないか?」
焔は、その男子の襟首を掴み言う。
「どういうことだ!」
男子が苦しそうに言う。
「電話連絡を聞いていないのか? 昨日の夜から高峰さんが家に帰ってきていないんで確認の電話があった筈だ」
焔は、留守電を放置していた自分に腹をたてながら、教室を出る。
そして近くの公衆電話を見つけるとテレホンカードを差し込んでダイヤルを押す。
相手が出ると早口でまくし立てる。
「二度は、言わないから一回で覚えろ。俺のクラスメイトの高峰未知子が行方不明になった。直ぐに居場所を確認して俺に知らせろ」
要件を一方的に言うと、切って屋上に移動して、目を閉じる。
気を整える近くで食らうとダメージを食らいそうな気を全体的に撃ち放つ。
帰って来た反応に舌打ちをする焔。
「これだけ強い、異邪をどうしていままで見逃していたんだ!」
その時、影が立ち上がる。
「先代の白風の長は、退治の準備をしておりました。代替わりの際に聞いておりませんか?」
連絡に来た八刃の一家、谷走の男の言葉に苛立ちながら焔が答える。
「もう良い! それより、高峰の方は、どうなってる!」
谷走の男は、即答する。
「その異邪の存在維持の為の糧にされています」
焔の顔が引きつる。
「冗談だろ?」
谷走の男は、首を横に振る。
「問題の異邪の監視は、続けていました。彼女で十人目です」
焔が問題の異邪の居る場所を睨み言う。
「まだ、間に合う筈だ。俺が退治してやる!」
異邪の所に行こうとする焔の手を谷走の男が掴む。
「お止めください。先代の白風の長も、十分な準備をしてから相手をしようとしていた異邪。今の白風の長の力を持ってしても、容易ならざる相手。十分な対策を練ってから退治するのが安全です」
焔は、その手を振り払う。
「俺を止める事は、誰にも出来ない」
駆け出す焔であった。
そこは、少しだけこの世界からずれた空間にある場所。
『お前は、死ぬのは、怖くないのか?』
それは、巨大な雲の塊であった。
雲に纏わりつかれている未知子が言う。
「怖いですよ。でも、怖いと言っても無駄ですよね?」
雲の塊が答える。
『確かにな。しかし、今までの糧は、狂乱して死んでいったぞ』
未知子は、悲しそうに自分の周りにある死体を見る。
「あたしは、信じているんです。あたしを助けに来てくれる人が居ると」
『無駄だ、この世界の人間に私を倒す事は、出来ない』
雲の塊の言葉に未知子が言う。
「それでも信じます」
その時、空間に割れ目が出来て、焔が現れる。
「高峰、大丈夫か!」
「白風くん? 貴方が助けに来てくれたの?」
意外そうな顔をする未知子であった。
「他に誰が助けに来ると思ったんだ!」
焔が怒鳴ると未知子が自信たっぷり言う。
「今まであたしが親切にした人の誰か。情けは、人の為ならずって言うから、絶対に誰かが助けに来てくれると信じてた」
あまりにも意外な言葉に焔が呆然とする。
「そんな事を信じていたのか?」
未知子は、自信たっぷり頷く。
「だって、この広い世界、一人じゃ何にも出来ない。だから予め恩を売っておけば、どこかでその恩が返ってきて、助かる筈だと、あたしは、確信している」
爆笑する焔。
「お前、最高だよ。これもそれだと思え。その言葉は、直接返ってくるって意味じゃなく、巡り巡って戻ってくるって意味だ」
『下らぬ。単独で存在出来ぬ愚かな生物が我に勝てる訳ない!』
雲が焔も覆っていく。
焔が舌打ちする。
「こいつ、雲全部が本体か。『フェニックス』」
炎の鳥を撃ち出す焔。
しかし、雲は、蒸発するだけだった。
『無駄だ、雲を打ち破る事は、出来ない。どんなに熱くなろうとも、気化するだけだ』
雲は、余裕の態度を崩そうとしない。
焔は、未知子の横に移動して言う。
「俺が何とか隙を作るから、俺がさっき入ってきた隙間から逃げろ!」
未知子がその隙間があった場所を指差して言う。
「もう塞がっているよ」
焔が苛立ちながら言う。
「俺がどうしてこんな奴を相手に苦戦しなければいけないんだ!」
未知子が言う。
「白風くんがやっているのって格闘技なの?」
「違う、戦闘術だ!」
焔の答えに未知子が告げる。
「それって、自由な物なの? 武術は、常に不自由な物だって言ってたよね。だからこそ強くなったんだよね?」
焔の顔が一瞬、止まり、苦笑して言う。
「そうだったよな。不自由だから強くなる。俺がこの技を生み出したのは、自由に成る為じゃない。必要性があったからだ。古流は、確かに色んな局面に対応出来るが、所詮は、特定の錠前しか開けられない鍵だ。俺の生み出した撃術は、どんな錠前でもこじ開ける」
一気に中心に突っ込む焔。
『ハーデス』
焔の右手に雲が集まる。
『無駄だ、私には、どんな攻撃も通じない。お前等は、我糧になるしか道が残っていない!』
焔の左手に電気が弾け始める。
『ゼウス』
集まった雲に焔の電撃が篭った左拳が決まる。
『何度も言わせるな、どんな攻撃も無駄にお……』
雲が散り散りに成って消えていく。
膝をつく焔に未知子が近づき言う。
「どうやったの?」
焔が答える。
「あいつの無敵性は、全ての雲が本体で、どんなダメージを食らっても一部があれば復活できるものだった。だから、重力コントロールで全ての雲を集めて、全てにダメージを与えてやった。その性質上、ここは、かなり弱かったから、一発で奴が奴である意識が消滅したって訳だ」
よろめきながらも立ち上がり焔が言う。
「家まで送る」
未知子が手を横に振る。
「悪いよ、疲れてるみたいだし、一人で帰れるよ」
焔が嫌そうな顔をして言う。
「もう一度こんな事をしろって言われても嫌だから、こんな事をしなくても良い様にするだけだ。俺は、巡ってくる恩を当てにしない。そんな恩が必要の無い様に先に動く事にしている」
未知子が苦笑する。
「正反対ですね」
焔も頷く。
「正反対だ。でも悪い気がしない。変な偽善じゃない、お互い自分の為に動いているんだからな」
未知子が笑顔になる。
「意外と似たもの同士って事ですね」
「そうだよ、似た者同士だ」
焔も笑顔になる。
この後、未知子を家に連れて行った焔は、未知子の姉、希代子に散々問い詰められ、どうしてか、責任とって婚約する事になる。
その後、妊娠が発覚し、結婚する事になるのであった。
焔は、武術研究家として本を書き、その裏では、八刃の力の意味を掴む為、バトルという賭け試合に身をおいた。
そんな焔を笑顔で支えた未知子だったが、バトルの相手の卑怯な手段で死に、一人娘、較に深い心の傷を作る。
較だけは、護ると焔は、一緒に行動した。
しかし、較は、バトルと全く関係ない相手に犯され、相手を殺し、一生残るトラウマを作る。
日本の知人に預けられた較も、バトルに参加する、荒んだ生き方をした。
焔は、自分の力を求めるやり方に絶望して困惑する中、養女が出来、娘が親友との関わりの中、変わっていった。
焔は、未知子の墓の前に立つ。
「結局の所、どんなに強くなっても一人じゃ生きられない。お前のやり方の方が正しかったよ。今更、私の生き方は、変えられないが、娘達には、間違えて欲しくない。私は、その手助けをしてやるつもりだ。お前も上から見守ってやってくれ」
焔の言葉に答えるように風が流れていくのであった。
焔は、一番、荒れていたキャラです。
最初で実の父親を平然と倒していますから。
未知子と出会う事で、少しずつ変わって行くが、強さの追求の為に、大切な人を失った後悔を持ち続ける人間だったりします。